第6章 化 茶 涙 謎 筍 桃

6―1 【化】


 【化】、「人」と「七」との組み合わせ。

 この「七」が頭と足を逆さまにした人の形で、死者の姿。それが人と背中合わせに横たわっていて、死と生が繰り返していることを表しているとか。

 そして、その繰り返し変化して行くことが【化】だと言う。


 かって京都の嵯峨野さがのに広がる野辺を化野あだしのと呼んでいた。

 そこは野辺送りの風葬、つまり死体を野ざらしのまま風化させる地であり、この世に生まれ変わってくる、すなわち化けてくることを願った地だった。


 しかし、うまく化けられず、魑魅魍魎ちみもうりょうのゾンビばかりとなった。

 これを見かねた弘法大師、空海が人々に土葬を教え、そして化野念仏寺を開き、八千体の石仏/石塔を集め供養した。


 また【化】の熟語で、『化身』(けしん)がある。

 世の人を救うために人の姿となり現れ出てきた仏さまのこと。

 そこから発展し、空想の世界の生き物が人として現れた姿も『化身』だと言う。

 そんな『化身』、神代の時代にもあったようだ。


 木花咲耶姫(コノハナノサクヤビメ)は桜(美しく儚さ)の化身。

 そして姉の岩長姫(イワナガヒメ)は岩(長命)の化身。

 この姫たちは天照大神の孫のニニギに嫁ごうとしたのだが、ゴツゴツした岩長姫は帰される。

 これにより長命の縁は捨てられ、それ以降、命は花のように儚いものになったとか。


 他に愛の化身なるものがある。これは一体どういうこと? と問い詰めたくもなるが。

 まさに【化】、それそのものが、いかようにも【化】けてしまうということだ。


 参考: ニニギは略称、本当は次。これも化身の一種か?

 天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇芸命

 (あめにぎしくににぎしあまつひこひこほのににぎのみこと)とのこと。

 それにしてもえらいこっちゃ、この名前。



6―2 【茶】


 【茶】、この字は古い辞書にはない。

 元は【荼】(ト)、苦い味のするニガナと言う植物のことだとか。

 そんな【茶】は、前に色彩を付け、緑茶/白茶/青茶/紅茶となる。

 これは茶葉に酸化酵素があり、葉を揉んで酸化発酵させる。その程度により、色別されるらしい。

 酸化発酵がないのが緑茶、完全に発酵させたものが紅茶。その間が白茶と青茶。


 そして、ときに【茶】は金色まで着けて、『金茶』(きんちゃ)となる。

 京都の木屋町三条上がった所に、金茶寮という小さな料亭がある。

 夏は鴨川にゆかが出て、東山にポンと上がった月を眺め、伏見の冷酒で一献。情緒があるものだ。


 その金茶寮、土佐勤王党を組織した武市半平太が寓居ぐうきょとし、尊王派の志士たちを集め、激論が交わしたとされている。

 その後、武市は吉田東洋暗殺の嫌疑を掛けられ、切腹する。

 坂本龍馬と同様、波乱の人生だった。

 そんな生涯を少しでも華やかにと、天はその寓居を金茶寮と名付けたのかも知れない。


 そして『金茶』は花にもある。

 それは中国南部原産の『金茶花』(きんちゃか)。世にデビューして50年も経たない珍しい黄色の椿なのだ。

 現在、日本では、マニアたちがもっと黄色にしたいと交配を繰り返しているが、親の金茶色を未だ越えることができない。


 ことほど左様に、【茶】という字、いろいろな色と引っ付いて、面白い話題を作ってくれている。



6―3 【涙】


 【涙】、それは涙腺から分泌され、眼球をうるおし、異物を洗い流す作用がある液体。

 そして、【涙】は人間が排出するものの中で、一番きれいなものだ。

 成分は、98パーセントが水。

 他にナトリウムなどが含まれ、そのために少し塩っぱい。


 外国人は泣くとハンカチを鼻にあてる。なぜなら外国人は鼻水がたくさん出て、それを拭くからだ。

 だからハンカチは鼻水のためにある。

 だが日本人はハンカチを目にあて、【涙】を拭く。

 これからすると、どうも日本人の方が風情がありそうだ。


 しかし、女性の【涙】、これがなかなかのくせもので、それは女性の武器だと言われている。

 それを警戒してか、いくつかのことわざがある。

 例えば、西洋では「女の涙ほど早く乾くものはない」と言われている。

 また、スペインでは「犬の鳴き声と女の涙にはだまされるな」と、とにかく酷評だ。


 そんな【涙】、時として、鬼の目にも涙だ。冷酷な輩でも流れてしまう。

 2011年の東日本大震災。 

 桜花爛漫おうからんまんの時節に入ろうとしていた頃に、桜も雨に濡れ……「桜の花にも涙」だった。


 日本民族の痛みの涙を流していた。

 そんな【涙】、早くハンカチで拭き取って、笑いに変えたいものだ。



6―4 【謎】


 【謎】、「言」の「迷い」と書き、「なぞ」。

 なぜこのような漢字になったのか、字源で調べてみても不明瞭。

 言葉の迷いが【謎】なのかと勝手に解釈してみても、やっぱり、【謎】の字体そのものが――【謎】なのだ。


 そして、そんな【謎】を二つ並べれば、もっと【謎】となり、庶民の間では楽しい「なぞなぞ」となる。

 いにしえの時代のなぞなぞ。

 嵯峨さが天皇は「子」を十二個並べて――『子子子子子子子子子子子子』

 これを読めと言う。


 「子」の読みは、(ね)、(こ)、(し)、(じ)がある。

 だから、「ねこのこ こねこ、ししのこ こじし」だとか。

 漢字を入れて、(猫の子 子猫、獅子の子 子獅子)と読むのがどうも正解らしい。


 しかし、おもしろ~いと感心している場合じゃない。

 【謎】、世界七不思議に始まり身近な謎まで、この世は謎だらけ。

 その中でも一番不可解なのが男女間の【謎】。

 世間で言われている、男にとっての女の三大謎とは。

 (1) なぜ女は、いつも男の嘘を見破ってしまうのか?

 (2) なぜ女は、突然にうまく泣き出せるのか?

 (3) なぜ女は、昔の話をそんなに憶えているのか?


 そして、女にとっての男の三大謎とは。

 (1) なぜ男は、簡単に見破られる嘘を、いつもついてしまうのか?

 (2) なぜ男は、女の話をきちんと聞かず、またすぐに忘れてしまうのか?

 (3) なぜ男は、勘違いしてしまうのか?

 こんな男と女の【謎】。互いに答は見付からず、決して歩み寄れないだろう。


 しかし、【謎】は【謎】として、それでも地球という小さな星で共に暮らしている。

 これこそが――まさに永遠の【謎】なのかも知れない。



6―5 【筍】


 【筍】、「竹」の「旬」(しゅん)で……「たけのこ」。

 「旬」は、龍が尾を巻いた「勹」と「日」の組み合わせの字体。一番味が乗っている10日間を意味する。


 春の旬の食べ物は、竹の旬で【筍】。

 このたけのこ、日本にはおおまかに三種類ある。

 関東方面に多い孟宗竹(モウソウダケ)。そして京都の真竹(マダケ)。5月頃に九州から出回ってくる淡竹(ハチク)がある。

 特に京都の【筍】は、皮に毛が多く、黒い斑点もあり、あくが強くて苦味もある。しかし、味は逸品。


 そんな【筍】の産地は、京都近郊の長岡京。そこに筍料理専門の老舗しにせ料亭がある。

 八条ケ池を眺めながら数寄屋づくりの座敷で、旬の筍づくし。

 木の芽あえ/筍のおさしみ/若竹すまし汁/田楽/むしたけ/てんぷら/焼竹/酢の物/たけのこ飯。何もかもが筍なのだ。

 それらの美味を味わいながら、日本の春を感じる情緒ある一時だ。


 以前、そのお裾分けにと、一度外人を招待したことがある。

 感想は――「ノー・テースト」(No taste)。

 つまり、味なしだとおっしゃる。

 旬はなくとも、どうも神戸牛の方がお好みのようだった。

 うーん、なるほど。



6―6 【桃】


 【桃】は、「木」と「兆」からなる。

 「兆」は左右に離れた様を表した字。よって、【桃】は左右に割れる実がなる木、「もも」だとか。


 また、「もも」の語源は多くある。

 本当の実で「真実」(まみ)、赤い実で「燃実」(もえみ)、多く出来るので「百」(もも)がある。


 そして傑作は、表面に毛が多いので「毛毛」(もうもう)。

 これらから「もも」と呼ばれるようになったとか。ホント、驚き、桃の木、山椒の木だ。

 で、思わず、【桃】が一杯の「すもももももももものうち」、そんなことを早口に言ってみたりして。


 だが、ここで言う「すもも」は「李」と書く。

 「李」と【桃】はどこが違うのか?

 どちらもバラ目バラ科。その次の属で、「李」はサクラ属で、【桃】はモモ属ということらしい。

 なるほど、この程度のことなら、「すもももももももものうち」と語られて当然だ。


 他に【桃】に絡む話しは山ほどある。

 その中でも、物事を成し遂げるには時間がかかるというたとえがある。

  桃栗三年 柿八年

  梅はすいすい 十三年


 発芽から結実まで、桃や栗は三年、柿は八年。【桃】は随分と短い。

 しかし、柿は八年もかかるのかと感心してる場合じゃない。そのたとえに続きがあるのだ。

  梨は大バカ 十八年

  りんごニコニコ 二十五年

  女房の不作は 六十年

  亭主の不作は……これまた 一生


 まあここまでくると、物事の成就は絶望的になってくる。しかし、万葉集にこんな歌があった。

 「むかに 立てる【桃】の木 ならめやと 人ぞささやく が心ゆめ」


 これは切ない恋の歌、それを意訳すると。

 向こうに見える山の【桃】の木、三年が経っても実がならない。そんなことを人が囁いているわ。そんなことに、あなたは心を迷わさせないで下さいね。私たちの恋はきっと実りますから。

 確かに、そう願う通りだ。


 しかし、「桃栗三年」は辛抱できても……、少なくとも「柿八年」では、恋の結実をして欲しいものだ。


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