第22章 神 沈 円 呂 怖 諜

22―1 【神】


 【神】、シンと音読みするが、元々の字は「申」だとか。


 「申」は稲妻の形。そして天の神の威光をあらわす。

 そんな【神】、四つ集まれば「四神」となる。そんな神たちが今も京都を守ってる。


 1200百年前、桓武天皇は長岡京へ遷都したが、疫病が流行り失敗した。

 その後、起死回生でもっと吉相の地はないかと探し、やっと見つけた。

 それは「四神相応の地」、つまり三方が山で囲まれ、南に大きく開けた山背国やましろこくだった。

 西暦794年、桓武天皇は長岡京から遷都。そして平安京、今の京都を開いた。


 この四神とは、青龍/白虎/朱雀/玄武(亀のようなやつ)。

 そして配置は次の通り。

  東:青龍 … 鴨川

  西:白虎 … 山陽道、山陰道

  南:朱雀 … 巨椋池(おぐら池:今は埋め立てられて存在しない)

  北:玄武 … 船岡山、鞍馬山


 その上に、貴船神社/比叡山/御所と結んで作った三角形で結界を張った。

 要は、結界の中は……洛中となり、そこは聖なる地となる。

 さらに念には念を入れて、鬼門は東北の位置。そこに比叡山の延暦寺を建立した。


 平安京の国会議事堂にあたる「大極殿だいごくでん 」。そこから朱雀大路(道幅85m)が羅城門らじょうもんまで一直線に貫かせた。

 その羅城門は、いわゆる芥川龍之介の「羅生門」。

 この羅城門が結界けっかいの一つとなっていた。


 当時の常識としては、その外は……今風に言えば、ゾンビが彷徨う魑魅魍魎の世界。魔物、妖怪たちが好き放題にうじゃうじゃといた。

 都を守るため四神を配し、万全を期して結界を張り、都は守られるはずだった。


 しかしだ、──抜け穴があった。

 その一つが「一条戻り橋」。結界の外と中を繋ぐ橋だ。そのためか安倍清明とか、他の陰陽師たちが活躍し、やたらと神社が造られてきた。


 京都は魔界都市。

 今も抜け穴を通って、魔物/鬼/怨霊がウロウロしている。だから京都は――魑魅魍魎と共存共栄の町なのだ。


 【神】、とにかく語り尽くせない漢字なのかも知れない。



22―2 【沈】


 【沈】は水の中の牛や羊の象形だとか。

 そう言われてみてもイメージが湧かない。

 だが、かって洪水の時に、生け贄として牛や羊を沈めて祭った。そこから「沈む」の意味になったようだ。


 この【沈】、今から100年前に悲劇は起こった。

 1912年4月10日、イギリスの客船タイタニック号 (Titanic)はイギリスのサザンプトンからニューヨークに向けて処女航海に出た。


 だが不幸にも、4月14日の真夜中に、北大西洋のニューファウンドランド沖で氷山に衝突し、豪華客船は沈没した。

 それに要した時間は2時間40分とされている。

 そして乗船者2、208名中、1、517人が死亡した。


 この世界最大の海難事故を題材にした映画は、現在に至るまで20本くらいはあるとか。

 その中でも一番感動を呼んだのが、1997年に公開された「タイタニック」。

 ジャック・ドーソン(Jack Dawson レオナルド・ディカプリオ)と、ローズ・デウィット・ブケイター(Rose Dewitt Bukater ケイト・ウィンスレット)の名演だった。


 浮き板に乗るローズと、冷たい海へと沈み行くジャック、その会話が忘れられない。

(ジャック)

  Promise me, you will survive

    約束してくれ、ずっと生きて行くことを

  that you will never give up.

    絶対に諦めないって

  No matter what happens.

    何が起こっても

  No matter how hopeless.

    どんなに希望がなくなっても

  Promise me now,

    今、約束して欲しい

  and never let go of that promise.

    生きて行くことを、絶対に諦めないと


(ローズ)

  I promise.

    約束するわ


(ジャック)

  Never let go.

    諦めるなよ!


(ローズ)

  I promise.

  I will never let go、Jack.

  …… I will never let go.

    約束するわ、決して諦めないって、ジャック……

    諦めないわ。 


【沈】という漢字、そこにはこんなドラマがあったのだ。



22―3 【円】


 【円】は「員」から「圓」に、そして【円】に変わって行ったようだ。

 「員」は元々煮炊き用の青銅器器であり、その口は丸かった。その字を○で囲んで「圓」となったとか。

 いろいろと変遷するものだ。


 しかし、【円】、日本のお金であり、一番身に付いて欲しい漢字だ。

 18世紀頃の中国、メキシコから円形の銀貨が入って来ていた。それを「銀圓」と呼んでいた。

 その後中国では、この「圓」の字数が多いため使いづらいのか、同じ読みの「元」に変えた。


 しかし、日本は「圓」を同じ丸い意味を持つ易しい漢字【円】に変えた。

 つまり素材の味は残し、新たな漢字を産み出したことになる。


 ヤッター!

 日本の方が工夫がある……と叫んでみても、【円】が財布の中になければ意味がない。



22―4 【呂】


 【呂】という漢字、「ロ」は脊椎の骨、それが並んだ形だとか。

 そして「語」が連なって「語呂」となる。


 7月22日は円周率πの日。なぜなら22÷7=で、円周率πに近いから……だって。

 電卓を叩いてみると、3.14……、ホー、なるほどとなるが、


 πの詳細は 3.14159265 358979 3238462643 383279 502884197 …

 これを語呂合わせで

  産医師  異国に向こう     3.14    159265

  産後薬なく           358979    

  産に産婆四郎次郎死産      32384 6264

  産婆産に泣く          383279  

  御礼には早よ行くな       502884197   


 あ~あ、もう結構。

 1192年――「いい国」つくる鎌倉幕府、語呂合わせもこれくらい単純にして欲しいものだ。

 そんな【呂】、みんながウンザリとなる漢字なのだ。



22―5 【怖】


 【怖】、中国語では「bu」と発し、恐怖心を持った時の心の状況を音として発したものらしい。


 英語では「fear」だろう。

 かってTシャツによく「No fear」(怖くなんかない)と書かれてあったものだ。

 その根元は、1986年公開のアメリカ映画「Stand by Me」だろう。


 アメリカ人にとって、少年時代に一度、そして大人になってもう一度、このように生涯において二度観る映画の一番らしい。


 4人の少年たちが好奇心から、線路づたいに「死体探し」の旅に出る。そんな夏の冒険、誰しもの郷愁を誘う。

  When the night has come

  And the land is dark

  And the moon is the only light we see

    夜になって

    あたりは暗く

    月明かりしか見えなくても


 あとは

    いや 怖くない

    ああ 怖くないさ

    君がいてくれさえすれば

    君がそばに いてくれさえすれば

    だからダーリン ダーリン 

    そばにいてほしい

 と続く。


 とにかく【怖】という漢字、意外にノスタルジックな字なのかも知れない。



22―6 【諜】


 【諜】、右の「某」は祝詞の入った器を木の上に置き、神に捧げることとか。

 そして神意を問いはかる意味で、神聖な字だ。しかし、謀反/陰謀とか良い意味には使われていない。

 その中でも諜報部員、スパイとなり、洋画の007の世界だ。


 だが日本にもいた、女スパイが。

 それは幕末暗躍した――村山たか女。


 しかし、たか女がいかにも悪女かと思いきや、その生涯は壮絶で、一途に愛に生きた女性なのだ。

 簡単にその生涯を年表で追ってみよう。


 1809年 近江国犬上郡多賀町に生まれる。(巳年)

 1815年 六つ年下の長野主膳と井伊直弼が生まれる。

 たか女・17歳は、直弼の兄・直亮の侍女となる。


 そして21歳の時に、京都祇園の花柳界にデビュー。その後金閣寺の僧に囲われるが、寺侍・多田一郎と結婚し、多田帯刀たくわきを産む。そして離縁。


 1834四年 たか女・25才は彦根藩に戻る。

 1839年 埋木舎で悶々と暮らす直弼・24歳とたか女・30歳は相通じるようになる。


 1842年 伊勢国から流れてきた長野主膳は国学塾を開く。そしてたか女と長野は出会う。

 さらに11月20日、たか女は直弼に長野を紹介し、ここに三人がまるで導かれた三つ星のように出会う。


 1844年5月 たか女・35歳は長野・29才に誘われ、琵琶湖湖畔の宿にいた。熱く抱かれる。


 1846年2月 直弼・31歳は公務駐在で江戸へと旅立つ。長野主膳と村山たか女は大垣までついて行き、見送る。

 1850年 兄の急死により、直弼は藩主となり彦根に戻る。


 1858年 井伊直弼・43歳は大老に任じられる。

 長野を側近に抜擢し、将軍の後継問題と日米修好通商条約問題で尊壌派弾圧の行使を開始。


 たか女は京都で女スパイとして活動し、そして世は安政の大獄へと向かう。


 1860年3月3日 水戸藩による桜田門外の変で、直弼は暗殺される。

 1861年2月7日 逃げていた長野主膳・46歳は処刑される。

 1862年 たか女・53歳は隠れ屋で息子と潜んでいたが、発見され、息子が一刀両断で殺される。

 そしてたか女は三条河原で「生き晒しの刑」。三日三晩晒される。


『この女、長野主膳妾にして、主膳奸計を助けたる者。女子の身なれば死罪一等を減ず』

 村山たか女は女スパイらしく毅然と「生き晒しの刑」に耐え、三日目に助けられる。


 その後、金福寺こんぷくじに入り、妙寿みょうじゅと名乗る。

 ここで14年の歳月を過ごし、そして1876年、村山たか女・67歳は女の一生を終えた。近くの圓光寺で眠る。


 約180年後の今、彦根の城下町を一望できる天寧寺てんねいじ、その高台に……

  長野主膳義言よしときの墓

  桜田門外の変の血染めの土を埋めた井伊直弼の供養塔

  圓光寺の村山たか女の墓から移されて来た土の上に建つ碑

 彦根城を背に、三人は仲良く並ぶ


 【諜】とは、こんなドラムを生んでしまう漢字なのだろう、多分。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る