5「宇宙要塞藻屑と消ゆ」
ああ……なんという男だ。
本当に勝ってしまった。ごくあっさりと。
バラギオンは、プラトーの前口上とは何だったのかと思えてしまうほど無様なやられっぷりで、左右半身ずつに分かれて墜落していった。
奴が弱いのではない。ユウが強過ぎるのだ。
わたしが彼と対峙したとき、彼はいかに力を抑えてくれていたのか。改めて痛感する。
目撃者は二人だけ。あまりにも静かで、あっけない勝利。
だがそんな勝利の余韻に浸る暇もなかった。
振り返ったユウは、涼しい顔をしてもう次の一手を考えていた。
「これであとは、残る三機のコンピュータだけか」
「もうやってしまうつもりなのか……?」
プラトーが息を呑む。
あれほどの技を放って、なお余裕というのが恐ろしい。
百機議会と共におぞましい計画を指揮してきた、三機の大型コンピュータ。
元凶のこいつらを破壊すれば、本当に平和が戻るかもしれない。
ユウは当然という調子で頷いた。
「根本を絶ってしまえば、さすがにもう何もできないだろう」
ユウの提案に、プラトーも覚悟を決めたようだった。
「一つは百機議会のほぼ真下……中央工場の地下深くにある。一つはティア大陸の雪の中に。そして最後の一つは……この星にはない」
この星にはない? ということは、まさか。
予想される答えを、ユウはすぐに言った。
「上か」
「そうだ。宇宙要塞エストケージ。そこには……かつての宇宙戦争敗北の責の一切を負わされ、二千年もの間、要塞の管理者を無理にさせられた憐れな男――オルテッド・リアランスが、ただ一人幽閉されている」
「オルテッド・リアランスだと……?」
聞いたことのない名だ。
我々にはずっと真実を伏せられていたのだから、当然なのだが。
「旧人類ただ一人の生き残りだ……。脳以外の身体を機械化されていて、一人だけコールドスリープに就かせてもらえなかったのさ」
おかげで生き残ってしまった。
自身と同じく。バラギオンという武力を脅しに、計画の駒として使われるだけの存在として。
プラトーはそう自嘲して語る。
それは、何とも言えないが……可哀想ではないか?
見たことも聞いたこともなかった男。犯した罪の深いことには違いないのだろうが、同情してしまう。
プラトーもその男も、二千年間ずっと脅されながら駒として生き続けて。
どれほどの辛さだったのだろう。どれほどの孤独だったのだろう。
わたしもオーバーテクノロジーによって約二千年前に創られた存在らしいが、関係はあったのだろうか。
わたしも二人と同じで、本当は何か役割を持たされて、二千年を生きることになるはずだったのか。
今となっては知る術もない。
事実として、わたしは結局二千年のほとんどを孤独に眠り続け、今から二十年ほど前、プラトーに起こされた。
彼にディーレバッツを紹介されたわたしは、それからは孤独ではなかった。
わたしは、幸せ者なのかもしれないな。
そして……ユウ。
この男も、孤独なのだろうか。
闇を湛える瞳からは、海よりも深い哀しみを感じてならない。
「そいつごと破壊してしまおうと思うが、不都合はないか」
口が開いて、塞がらなくなりそうだった。
今の話を聞いて、即答とは。
だがどんな事情があれ、ユウにとっては敵なのだ。
敵ならば倒す。殺す。
なんと単純で、強い考えだろう。
殺意に衝き動かされ、操られていたわたしと同じことを、この男は自分の意志でやってしまえるのだ。
プラトーもユウの性格はもうわかってきたのか、特に否定はしなかった。
「あの男も、どこか死にたがっている節があったからな……。ユウ。お前の力で引導を渡されるのなら、奴も諦めが付くだろう」
それもそうか……。
そもそも人間は、ナトゥラほど永い時を生きられるようにできていないと聞く。
精々百年と少しがいいところだ。二千年も生きていれば、とっくに精神が参ってしまっていてもおかしくはないのかもしれない。
死が救いとは。哀しいものだな。
ふと、似たような境遇で生きてきたプラトーのことが気になった。
「プラトー。お前はどうなんだ? 死にたいとは、思わないのか?」
「オレは大丈夫だ。オレにはお前と……仲間たちがいる。死ぬのがもったいないくらいさ」
「そうか」
それを聞いて安心する。
わたしが気の良いあいつらとお前に救われたように、プラトーもまた救われていたのだな。
ユウは黙ってわたしとプラトーの会話を聞いていた。
小さく、一つだけ溜息を吐く。何を考えていたのだろうか。
「よし。やるぞ。本当に問題はないな?」
「そうだった。大事な注意点を忘れていた……」
プラトーは、自身の記憶を頼りに述べる。
「コンピュータは残る一つになった段階で、全ナトゥラ強制停止措置を発動可能になる。そいつをやってくるかもしれない。そうなると……面倒なことになる。コンピュータをすべて破壊しても、ナトゥラが再起動してくれる保証はない」
「そいつは厄介だな……」
ナトゥラの命が人質にかけられているというわけか。どうする。
「だったら、三つ同時に破壊すればいいだろう」
ユウは事もなげに言った。
「そんなことが可能なのか?」
可能なのだ。この男ができると言ったらできる。
聞くまでもないことなのに、わたしはまだ常識的な感覚が抜けていないらしい。
ユウは問うたわたしに反応する素振りも見せなかった。
「コンピュータの正確な位置はわかるか」
「わかるが……。待て。ザックレイがいないと、映像情報として出力できない。あいつはまだ眠ったままだ」
ディーレバッツの一人、ザックレイは情報処理を得意とする特別なナトゥラだ。
探索に長けていて、わたしたちはいつもよく彼の世話になっている。
だがユウには関係ないようだった。
「問題ない。頭を出せ。目を瞑り、お前の知る位置をはっきり思い浮かべていればいい」
言われた通り、プラトーが頭を出して目を瞑ると。
ユウは彼の頭上に左手を当てた。そのまま黙って、何かを読み取っているようだ。
「もういいぞ」
彼がそう告げて、プラトーから手を放す。それだけで位置がわかったというのだろうか。
果たしてそのようだった。
ユウは迷いなく左右の手を突き出して、各々別方向に構えた。
左手は下方に、右手は南の方角に。コンピュータがあるとされる場所。
濃緑色の輝きが、それぞれの掌に集まっていく。
見たこともないタイプの光だ。ビームライフルともまた違う。
間もなく、エメラルド色の光線が二本同時に放たれた。
下方に向けては極めて遅く、南方に向けてはそれよりかは相当速いスピードで飛んでいく。
完璧に速度調整がなされている。
しかも下方にはディースナトゥラがあることを考慮して、威力もごく控えめにしてくれている。
最後の一つ。
上を向いたユウは、再度左手を構えて、また不思議な濃緑色の力を集めていく。
生命エネルギーとは異なる力。感じ取ることはできないが、視覚効果だけで凄まじい力が集まっているのがわかる。
そして、撃った。
視界を塗り込めるほどの光が襲ってきて、目が眩む。
ようやく物が見えるようになったとき。
先に放った二本の光より遥かに巨大な攻撃が打ち上げられているのが、目に映った。
わたしの最大光線兵器《セルファノン》と、どこか似ている。
しかしやはりというか、威力が桁違いだ!
上空に向かって放たれた極大の光線は、濁った空を穿つように、何者にも一切憚られることなく突き上がっていく。
みるみるうちに遠ざかっていくジェット音と、どでかい穴のこじ開けられた暗雲にかすかな余韻を残して――。
下方に放たれた光線の炸裂する音が、そのとき耳に届いた。
「終わったぞ」
汗一つかかないユウが、さらりと告げる。
「終わった、のか……?」
あまりにもあっけなくて、実感がない。
「……そのよう、だな」
プラトーが、とても信じられないと驚いた顔で頷く。
しかし事実は事実のようで、長い長い溜息をしていた。
はは、は。
わたしも変な笑いが出た。肩の力が抜けた。
もう敵の姿さえ見ることなく。人工生命と旧人類の戦いは、終わりに向かおうとしていた。
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