間話6「エデルへの道が開く」
ヴィッターヴァイツは、燃ゆるサークリスの街並みを悠々と歩いていた。
自らが巻き起こした阿鼻叫喚の地獄絵図も、彼にとっては耳心地の良い音楽に過ぎない。
「飽きてしまった」
あれ以上の「戦い」はもうこの世界にはないだろう。
あれが戦いと呼べるものか。ほんの軽い余興、運動程度のものだったが。
あの小僧は、放っておいてもそのうち出て来るに違いない。わざわざ殺されるためだけに。
少々不可解な点――なぜあの女は動けたのか――があるとは言え、既に格の差ははっきりしてしまった。
期待外れ。結局はほんの一捻りすれば潰れてしまう、取るに足らない存在だった。
自分を愉しませるにはほど遠い。ここで無様に転げ回っている人間共と同じ、矮小な存在だ。
終わりにしよう。ヴィッターヴァイツは頷いた。
この世界に来た目的。究極の時空魔法《クロルエンダー》。
さすがの彼にも、時間を超える力はない。新たな力だ。
もしそんな魔法があるとすれば――彼にとっても眉唾ものだが――より大規模な「遊び」ができるだろう。
あるいは、自分をこんな風にしてしまった運命とも対峙できるのかもしれないが。
もはやどうでもいいことだった。
あまりにも昔の話だ。
目星はとっくに付いていた。
かつて大規模な時空魔法の実験で滅びてしまったという魔法大国エデル。
今は地中深くに眠っているというが。
造作もないこと。やる気の問題だけだった。
自分で動くのはつまらない。
なにせ、あらゆることが一瞬で終わってしまうのだから。
だがもう未練もない。
【支配】。この力をもってすれば、すべては思いのままだった。
「ざっと二百人ほどと言ったところか。多過ぎてもまずい」
それが必要経費だった。
独り言ちて、手をかざす。
無差別に二百人もの憐れな生贄が選ばれた。悲鳴すら上がらなかった。
彼らは空へと吊り上げられ、一点に寄せ集められる。
【支配】が及ぶのは、人の意志に留まらない。
物質、時間、空間――あらゆる世界要素に対する絶対的な支配力を持つ。まさに無敵の能力だ。
唯一無条件に効力を及ぼせないのは、同じ特異な力を持つ者たち――フェバル、星級生命体、異常生存体――彼らのみである。
仮にそいつらを相手にしたとしても、彼は互角以上の実力を持っているという自負があった。
凡百の下らない力とは違う。【支配】とは、まさにこの世のすべてを統べる圧倒的な力なのだから。
指先に力を込める。
それだけで、空に浮かぶ彼らに秘められた魔力は急激に暴走を起こし、膨れ上がる。
肉体のすべてを人ならざる異形、球体の爆弾そのものへと変じさせていく。
ぶつけて、混ぜる。
グチュグチュと、グロテスクな音と共に幾多の肉が混ざる。
男も女も、老人も子供も。
集められた者たちは丸め潰されて、一つの形に形成されていく。
出来上がったのは、薄黒いエメラルドの光を湛える巨大な人間爆弾だった。
一人一人が、原子爆弾にも匹敵するほどのエネルギーを持つ肉塊だ。
それが二百も集まれば。
彼はそいつを一瞥してにやりと笑い、指揮者のように指を振り下ろした。
爆弾はサークリスを離れ――隣のラシール大平原へと向かって落ちていく。
そして――。
カッ、と強烈な閃光が走った。
轟音。想像を絶するほどの大爆発。
原子爆弾二百発分の威力を、ただ一点のみに集中させて。
濃緑色のきのこ雲が、天高く突き上げた。
視界を埋め尽くすほどの土煙が巻き上がり。熱風を伴った衝撃波が、町の建物を次々と破壊していく。
まるで何が起こったかわからない住民たちは、泣き喚くことしかできない。
愉快である。ヴィッターヴァイツは仁王立ちしたまま、情景を愉しそうに眺めていた。
やがて、衝撃が収まった。
これほど収束が早いのは、自分に被害が及ばぬよう、爆発の範囲をコントロールしていたからである。
再び彼が手をかざすと、邪魔な土煙が晴れていく。
草原の大地は、跡形もなく消し飛び。ラシール大平原は、抉り取られていた。
そして、地中深くからゆっくり浮かび上がるものがある。
巨大な建造物、いや島だろうか。
まず見えたのは、立派な城だった。王宮殿のようだ。
そこを始めとして、頂点から徐々に全体の姿が露になってくる。
高層ビルが。時計塔が。町中に張り巡らされた、宙に浮かぶチューブ状の何かが。そして丸いドーム状の形をした数多くの民家が。
全体として見れば、サークリスを優に超えるほどの巨大な都市。
それが、地中から忽然と現れたのだ。
まさにそれこそ、魔法大国エデルの姿だった。
故マスター・メギルがあらゆる手を尽くし、数百年の時をかけてなお果たせなかった宿願。
それは、たった一人の男がほんの軽く指先を動かしただけで、いとも簡単に成し遂げられてしまった。
しかも。この野望に関わった誰もが一度は考えて、馬鹿らしいと投げ捨てた方法――直接掘り起こすという力業によって。
彼には小手先の手段など必要ない。世界を超越する圧倒的なパワーに、不可能はない。
「では行くとしよう」
事もなげに呟き、彼はまた悠然と歩みを進め始めた。
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