11「ユウ、仮面の集団と接触する」

 アーガスとの魔闘技対決から、数週間が経った。

 あの戦い以来、否が応でも注目の的になってしまっていた。ちょっと出歩けば、畏怖の念を持って見られたり、逆に目を輝かせる奴もいた。

 自分が怖い目つき以外は甘い顔をしているせいで、女子のファンまで付く始末だ。さすがにアーガスの奴ほどではないが。

 たった一戦でまさかこんなことになってしまうなんてな。アーガス・オズバインというのは、よほどすごい天才だったらしい。

 ミリアはあれ以来、俺のことをどこか別世界の人のように扱ってくるようになった。

 言葉遣いも妙にたどたどしいままだし、目を合わせようとしてもすぐに逸らすし。

 感情を読む限り、嫌われてはいないようだけど。

 ……まったく。自分で友達なんかいらないと言っておいて、何を気にしているんだか。

 結局、普段と何も変わらずに接してくれるのはアリスだけだった。

 というか、この女だけは変わらなさ過ぎだ。もっと遠慮してくれてもいいぞ。

 アーガスもアーガスだ。

 あれから俺のことをすっかりライバルと認めて、日々戦いを挑んでくるようになった。その度に返り討ちにしてやっているが。

 名前を聞いたときは才能を鼻にかけただけの奴かと思っていたが、裏では凄まじい努力家だということがわかった。

 こちらに挑む度に、一つずつ着実に成長を見せてくる。見上げた根性だと思う。少しだけ気に入ったよ。


 さて。注目が集まって色々と面倒も増えたのだが。

 何より煩わしかったのは、俺のことをこそこそ嗅ぎ回る連中が出てきたことだ。予想以上に反響が大きかった。

 一つは、首都ダンダーマの連中だ。

 宮廷魔術師の一派が、いきなり頭角を現した俺の素性を調べているらしい。

 魔力測定時に魔力値を見られた女には一応口止めしてあるが、公権力の調査となればさすがに口を割ってしまうかもしれない。

 魔力値のことがばれてしまうのも、時間の問題かもな……。

 そして、もう一つは――。



 ***



 夜も暮れる頃。

 町外れの人気のない裏路地までわざわざ歩いて尾行を誘導し、俺はいい加減連中を迎え受けることにした。

 いつまでもちょろちょろされると鬱陶しくて敵わないからな。


「出て来いよ。ここなら人目も付かない」


 やや戸惑ったような沈黙の後、俺を取り囲むようにしてぞろぞろと現れたのは、五人ほどの影。

 全員が奇妙な仮面を付けている。仮面にはどれも、まるで何かの儀式にでも使えそうな、煌びやかな意匠が施されていた。

 仮面の集団。どういう風の吹き回しなのか。

 五人のうち四人は男性だったが、一人だけ女性がいた。

 胸に膨らみがあり、仮面の後ろ側にまとめた茶髪が覗いている。

 他の者を手で制する立ち振る舞いから、どうやらこいつがリーダー格のようだが……。

 この女――そうか。なるほど。そういうことだったか。


「この機会を待っていたわ。ユウ・ホシミ」


 どこかで聞いたような台詞だな。

 どうやら仮面には声の質を変える魔法がかかっているらしく、話し声は機械音声のような無機質なものだった。


「俺は別に待ってない。用件を言え」


 仮面の女は、くすくすと笑う。どこか面白そうに。


「せっかちさんなのね」

「あいにく誰かのせいで機嫌が悪いんでね」


 皮肉は無視し、彼女は提案した。


「どう? あなた、うちに入ってみない?」

「断る」


 まさかそんな下らない用件で何日も付け狙ってきていたとはね。

 期待外れの即答に、仮面の女はぴくりときたらしい。だがあくまで冷静を取り繕っていた。


「力を貪欲に求めていると聞いたわよ。さらなる魔法をね」

「そうだな」

「図書館では限界があるでしょう。わたしたちなら、好きなだけ提供してあげられるわよ。なぜならわたしたちは――」

「ロスト・マジックの研究と、失われし魔法大国エデルの復活だったか」


 さらりと活動目的を言ってやると、五人は大きな動揺を隠せないようだった。


「どうしてそれを!?」

「少し調べればわかることだ」


 お前らに付けられている間、俺が何もしていないとでも思っていたのか。

 高度に情報化された現代地球の裏社会で生き抜くため、命懸けで情報収集をしていたんだ。それに比べれば、お粗末も良い所だったよ。

 こいつらの野望は、一言で言ってしまえば、例の魔法実験で地中へと沈んだ魔法大国の再浮上、復活である。

 強力な魔法の宝庫にして、非常に高度な文明が栄えたという空中都市エデル。それを手中に収めれば、世界を支配することも容易いだろう。


「なら話が早いわ! あなたの望むだけの魔法も、報酬も。世界を統べるほどの力も! すべては思いのままよ!」

「興味ないな」


 声高に主張する彼女に対し、俺はわざと冷たく吐き捨てるように言った。


「あんたらの悪い噂なら知っている。テロ紛いの事件に人体実験。極悪非道の所業の数々。俺もそこまでしようとは思わない」


 エデル復活に必要なものは、都市を浮かべるために必要なロスト・アイテム――特殊なオーブ――と、都市を維持する魔力を循環させるために必要な大量の血液――人の命だ。

 既に当時の技術が失われてしまった以上、血みどろの代替手段が必要となる。

 自らの野心と利益。ただそれだけのために各地の遺跡を荒らし、数え切れないほどの人を殺し、命を絞り続けている。

 三百年もの間、脈々と受け継がれてきた悪意。

 愚かなものだ。そういう連中を俺は地球で何人も見てきた。みんな下らない奴ばかりだったよ。


「……へえ。だったら。どうしようと言うのかしら?」


 一気に脅しめいた調子に変わる。そうやって無理矢理人材を引き入れて、洗脳でもしてきたのだろうが。

 これだから面倒なんだ。自分が正しいと信じて疑わないカルト教団は。

 こいつらには、敵と味方しかいない。

 俺はやれやれと首を振った。


「大体、無駄な正義感なんてものは持ち合わせていない。好きにすればいいさ」


 この返答は意外だったのだろうか。一触即発だったムードが、明らかに和らいだ。

 仮面の女は額に手を当て、溜め息を吐いた。

 お前はわからず屋だと言いたげだ。悪かったな。


「ふーん。勿体ないわね。それほどの魔法の才があれば、すぐにでも幹部になれるでしょうに」

「幹部だと?」


 さすがに聞き捨てならないな。


「マスター・メギルとやらに伝えてやれ。お前は器を測り損ねているってな」


 その瞬間、一人の男が――よほどマスターに心酔しているのだろう――逆上し、いきなり飛び掛かってきた。

 仮面の女が、慌てた様子で止めに入る。


「やめなさい! あなたの敵う相手じゃ……!」


 しかし男はまるで聞く耳を持たない。

 既に掌に魔力を集中させ、闇魔法をこちらに向けている。

 俺を殺すつもりらしい。


 ――身の程知らずが。


 俺は左手を奴の正面に向けて、かざした。


《気断掌》


 衝撃音が轟く。

 同時に、男の身体が宙へ投げ出され、目にも留まらぬ速さですっ飛んでいった。

 頭から強く住居の壁に叩き付けられた男は、ぐたりと地に身を投げ出して、ぴくりとも動かなくなった。

 死んだかもしれないな。


「追加だ。俺の邪魔をすれば、こうなる」


 戦慄が走った。四人には、明確な恐れと動揺が見える。

 さすがにもう襲って来ようという勇気のある奴はいなかった。いや賢明と言うべきか。

 黙り返った四人に、告げる。静かに、そして厳しい声で。


「二度と俺の周りに近寄るな」


 答えは返って来なかった。情けないことに、何も言えないらしい。

 沈黙をもって回答とみなす。

 これでもう用はない。立場をはっきりさせたかっただけだ。


「いいな。わかったら道を開けろ」


 足を踏み出そうとしたが、俺を取り囲む連中はいつまでもその場から動こうとしない。

 語気を強める。


「聞こえなかったのか? 道を開けろと言ったんだ」


 威圧も込めてやると、彼らははっと我に返ったようにぞろぞろと立ち退いた。

 そうさせたとはいえ、ここまで素直に引き下がるようだと、かえって組織の今後が心配になってくる。

 去り際、女の横を通り過ぎるとき、俺は一つばかり仕返しをすることにした。


「仮面の女だったな」

「なに。気でも変わったのかしら?」


 懸命に気張ってはいるが、声が震えている。

 トンと彼女の肩に手を置いた。びくりと肩が竦む。


「この間は楽しかったよ」


 仮面の奥からでも、彼女が愕然とする様子が手に取るようにわかった。


「まさか……そんな! うそよっ! どうして……っ!?」


 もはや演技をすることはできなかった。

 その場で崩れ落ちる彼女に、俺はあえてもう何も言わず、寮へ向けて歩き去っていった。


 どんな仮面を被ってみたところで。心に嘘は吐けない。


 その後、連中は懲りたのか、しばらく関わってくることはなかった。

 首都の連中を適当にはぐらかしつつ、俺は概ね平穏な日常を過ごすことができた。

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