10「魔闘技対決 ユウ VS アーガス」

「さてと。まずは小手調べから行こうか」


 相手はよほど自信があるようだ。

 両手を広げ、何でも撃って来いと言わんばかりの不敵な笑みをこちらに向けている。

 随分舐められたものだ。こちらが完璧に抑えているとはいえ、保有する魔力の差も見抜けないとは。

 いや、こいつは確かめてもいない。自分よりできる奴がそうそういるはずがないと信じ切っている。そんな顔だ。

 少し驚かしてやるか。

 俺は黙って、指を一本だけ突き出した。


《ボルケット》


 最初にアリスから学び取った魔法だが、もはや同じ魔法と呼べる代物ではない。

 通常の《ボルケット》で発生するような赤い炎ではない。生じさせたのは、完全燃焼の青い炎である。

 最初は指先のサイズからみるみるうちに大きくなり、人体ほどの大きさへと炎は成長した。

 そいつを、目の前で余裕な面を見せている奴目掛けてぶっ放す。速度も元の魔法の比ではない。

 さあ、この距離ではかわせないぞ。どう捌く。

 すると、アーガスの表面を水の膜が覆い始めた。


 水の守護魔法《ティルアーラ》。


 火魔法から身を守る強力なオーラをかける魔法だ。

 あの魔法はかなり上位の使い手でなければ、満足に扱うことはできないはず。

 《ボルケット》の青い炎が、水のバリアに激突する。

 炎は吸い込まれるようにして消えていった。

 並の防御ならぶち破ってしまうところを。見事な精度、そして強度だ。

 なるほど。周りから言われるだけのことはあるな。


「小手調べは済んだか」


 皮肉を言ってやると、アーガスの顔つきが楽しそうなものに変わった。

 この一瞬の攻防に、観客の熱も大いに上がる。

 ちらりと横目で見ると、アリスが腕を振り上げて応援していた。


「ほんとに面白いじゃないか。お前のようなぶっ飛んだ奴、中々いないぜ」

「かもな」


 アーガスはにっと口角を上げて、両手を突き出す。

 そして言った。


「火、雷、水、風、土、氷、光、闇。代表的な八つの魔法の属性だ」

「それがどうした」


 そんなものは最初から知っている。


「ユウ。今からお前に、上位魔法の素敵な八重奏をお見舞いしてやるよ」


 八重奏、ね。

 俺は冷静に身構えた。

 彼はさっき言った順番通りに上位魔法を次々と唱え、待機状態にさせていく。

 まだ何も発現していない、各属性の特徴的な色を持ったシンプルな大球が、一つずつ現れていく。

 そこから魔法が飛び出す仕組みになっている。

 その隙のない流れるような詠唱速度と、各属性魔法の完璧と言っても良いほどの精度に、その場の誰もが驚嘆していた――俺以外は。


《ボルアーク》

《デルバルト》

《ティルオーム》

《ファルヴァーン》

《ケルマスカ》

《ヒルオーム》

《アールリオン》

《キルベイル》


 間もなく、上位魔法八属性の球が揃い踏みする。

 それらは主であるアーガスの周りを取り囲むようにして、くるくると浮かんでいた。

 まるで見せ物のようだ。実際そのつもりなのかもしれない。

 俺は拍子抜けしていた。もっと言えば、呆れていた。


「下らない見せ物だ」

「へっ。よく言うぜ。いくぞ」


 魔法の八重奏が、俺に迫る。

 即座に切り返す。


《ボルクナ》

《デルスラ》

《ティルミオ》

《ファルアクター》

《ケルタッカ》

《ヒルミオ》

《アールリット》

《キルビー》


 今度は指一つ動かす必要もなかった。

 同じ系統の魔法の下位である中位魔法を計八発、寸分のタイミングのずれもなく同時に放つ。

 相手の放った魔法に対して、同じ属性同士、真っ向からぶつけてやった。

 激しい衝撃音が、炸裂する。

 打ち勝ったのは奴の上位魔法ではなく、俺の中位魔法だ。

 八つの魔法が絡み合いまとまり、勢いを増してアーガスを襲う。

 この完璧な意趣返しに、アーガスは一瞬ぎょっとした顔を見せた。

 だがすぐに冷静な顔つきに戻り、急いで回避に移る。

 そのとき、彼のスピードが突然跳ね上がった。

 どうやら素の状態ではかわせないとみて、加速の時空魔法を使ったらしい。

《クロルエンス》というロスト・マジックだ。あいつも使えるのか。

 観客からわーっと悲鳴が上がる。

 確かにこのままでは、俺の魔法がぶつかってしまうところだな。

 さっと指を払うと、魔法の構成は解けて霧のように消えた。

 ほっと胸を撫で下ろす観衆の声が聞こえる。

 そのうちにアーガスは、ちょうど俺から見て真横の位置まで移動していた。

 向き直ると、顔から余裕の色がすっかり消えていた。

 すかさず指摘してやる。


「あまり舐めた真似をして魔力の浪費をするなよ。どこの奴とも知れない新入生に無様を晒したくはないだろう?」


 この切り返しには、さすがの天才もむっときたようだった。

 言っとくけど。俺だって二回も舐められたら、さすがにむっときてるからな。

 あんなショーみたいな実戦性に欠ける魔法。何も互いに反する属性を同時に放つ理由も必要もない。

 ……確かに盛り上がりはしたようだけど。


「やり返したーっ! 謎の新入生ユウ・ホシミ! あの天才に、あの天才に! 真っ向から撃ち合っています! 信じられません!」


 大興奮でまくし立てる司会のカルラを、無視しろと言う方が無理だった。

 これはもうどうあれ目立つことは確定だな……。

 諦めの心境になる。


「本当にやるじゃないか」

「一歩くらい俺を動かしてみたらどうなんだ」

「ちっ。よーし。今度こそ本気だ。後悔するなよ」

「望むところだ」


 だが今の攻防で、既に奴の底は見えつつあった。

 歴戦の戦士であるイネアに比べれば、いかに天才と言えど若いものだ。

 それに魔力値15000では、この程度か。


《グランセルビット》


 奴が手をかざし、そう宣言した途端。

 急激に身体が重くなった。まるで重力がかかったような。


「身体が重いだろう? 重力魔法というやつだ。こいつを使ったのは久しぶりだぜ」


 その通りだった。身体が鉛のように重い。

 くっ。この感覚。

 やっと面白くなってきた。

 新しい魔法だ。これを待っていた。


「いいな。もっと使わせてみたくなった」

「やってみろよ」


 さらに強烈な荷重がかかる。素の状態では、立っているのがやっとだった。

 ここで俺はあえて魔法を使わず、気力のみで対抗することにした。

 加重下でも平気なふりをして、普通に歩いてみせる。

 一歩、また一歩と。アーガスに歩み寄り、挑発をかけていく。


「なっ!? おまっ!」

「こんなものか? いいんだぞ。さらに重くしても」


 意地の張り合いだった。

 アーガスが重力を強めれば、俺はさらに気力を強化する。

 俺の化け物じみた気力の強さがあって初めて為せる荒業だった。

 ついに根負けしたアーガスは、新たな魔法を使用する。


《グランセルロット》


 うっ。

 今度は、引力か!

 俺の身体が宙を舞い、みるみる引き寄せられていく。逆らいようもない。

 空中で身動きが効かない体勢に、闇の刃が撃ちこまれる。

 あれは、《キルバッシュ》だ。


《アールリオン》


 光弾の上位魔法を撃ち返す。

 光魔法には、時空魔法に対する特効がある。

 この重力下でも問題なく届くはずだ。行け。

 魔力を込めた光弾は、動きを鈍らせることなくアーガスの放つ闇の刃を打ち砕き、彼に向かって前進した。

 しかしそこで、見たこともない光の壁が彼の前に現れる。

 同時に、俺の心に彼の声――魔法の名を叫ぶ心の声が届く。


《アールレクト》


 光弾が壁にぶつかった。

 すると、驚くべきことにだ。

 威力はそのままに、こちらに向かって真っ直ぐに跳ね返ってくるではないか。

 なに。カウンター!?

 知らない魔法だ。だが。


《アールレクト》


 咄嗟に同じ魔法をやり返す。

 一度でも見た魔法ならば、すぐに使うことができる。

 俺の目の前に作り出した壁によって、再び光弾が跳ね返る。それはまたアーガスの壁に当たり、さらに跳ね返る。

 光弾は二つの光の壁の間を延々と反射し続けた。

 まるでテニスのラリーのように、行ったり来たりを繰り返し。


「おお。すげえ……」


 どこからか感嘆の溜め息が漏れる。

 観客は目まぐるしい展開に付いていくのがやっとのようだ。


《グランセルビット》


 加重魔法で強引に着地した俺は、即座に左手で風の連射魔法を放つ。


《ファルレンサー》

《ケルダスリム》


 アーガスも対抗し、土の連射魔法を撃ち込んでくる。

 おびただしい数の刃が、互いに相手を切り裂かんと襲い掛かる。

 風が土を削り、土が風を殺し。損耗し合う。

 ならば、もう一発。

 右手も使い、火の連射魔法《ボルノックス》を追加する。

 数の優位に任せ、前進して相手との距離を詰めていく。

 あと少しで手が届く。魔法使いであるお前の距離ではない。さあどうする。

 アーガスは《ケルダスリム》を解除した。

 ダメージを受けても、強引にこちらへ手を伸ばしたのだ。


《グランセルパース》


「うわっ!」


 今度は弾き飛ばす力が働き、俺はトラックにでも跳ねられたような勢いで吹っ飛ばされた。

 奴の頭上に強力な光の球が見える。これまで見た中で一番の威力だ。

 なるほど。一気にカタを付けようというつもりか。勝負に出たな。

 だが――。

 加重、引力、斥力。

 重力魔法の基礎となる要素は、一通り覚えさせてもらった。

 後は自分でどうとでもなる。


 ――楽しかったよ。お前はもう用済みだ。


 加速魔法。


《クロルエンス》


 吹っ飛ばされたはずの俺は、瞬間的に加速した。

 奴の視界からは、まるで消えたように映ったことだろう。


「お前は、確かに才能がある」


 俺は一瞬にして、彼の背後を取っていた。

 アーガスは、はっと肩を震わせた。振り返ろうとするも、動きがろくに追いついていない。

 俺は右手を振り上げつつ、続けた。


「だが、技の派手さに目移りしている。惜しいな」


 そして、首に手刀を振り下ろす。

 驚いた彼の、綺麗な茶色の瞳を見据えて――。


「勝敗を決めるのは――」


 何も小綺麗な魔法ばかりじゃないということさ。

 右手を帯電させ、手刀と同時に強烈な電気ショックを叩き込む。

 加える魔力の強さは、並の上位魔法と同程度。

 それで十分だった。

 意識の隙――急所を突いて、人を気絶させるには。

 白目を剥いて崩れ落ちる天才を見下ろしながら、俺は健闘した彼にアドバイスを贈る。

 聞こえてはいないだろうが。


「もっと勉強するといい。実戦をね。さらに強くなれるはずだ」


 言い終わるとほぼ同時に、アーガスは倒れた。


「え……? え?」


 あまりに突然であっけない決着に、周りは波を打ったようにしーんと静まり返ってしまった。

 カルラも拡声器を持ったまま、何を言えば良いのかわからず固まっている。

 俺は「ふう」と一息ついてから、観衆の輪に戻っていく。心なしか、みんな引いているようにも見える。

 実際、引いている。まいったな。

 主にアリスを見つめながら、俺は言った。


「誰かアーガスの手当てをしてやってくれ。俺は満足したから、寮に帰って寝る」


 良い運動したら疲れたしね。


「はっ……えーと……あの、あれ、あの、アーガス、だよね?」


 我に返ったアリスが、恐る恐る尋ねてくる。まるで信じられないといった顔だ。

 俺の実力を知ってはいたが、まさかここまでとは思っていなかったのだろう。


「そうじゃないのか?」


 普通にそう名乗っていたし。周りもそういう認識だっただろう。

 あと、そうだ。


「ミリア」

「あ……」


 アリスの隣でぽかんとしているミリアに向き直り、声をかける。


「その、色々と悪かったな」


 ぽんぽんと優しく頭を叩く。


「でもな。俺は――」

「ふぇ……あ……」


 なんだ。上の空になったままで。トリップしてるみたいだぞ。大丈夫か。

 ……まあそのうち直るだろう。


「じゃあ。ごゆっくり」


 俺が歩み出すと、勝手にそそくさと列が割れていく。

 こういうのは、あんまり気分が良いものじゃないな。慣れたものではあるけれど。 


「「ええええええええええええーーーーっ!?」」


 やや遅れて、みんなの叫び声が後ろから聞こえた。


『号外! 超新星現る!』


 俺とアーガスの戦いを描いた学校新聞は、即完売したらしい。

 色々と尾ひれが付いて、いつの間にか「伝説の戦い」になっていた。むしろこっちが引いたよ。

 まあそんなこんなでいきなり目立ってしまい、良くない虫も付いてしまうことになるのだが……。

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