9「ユウ、新入生歓迎会に参加する」
あれから数日かけて魔法図書館にぶっ通しで通い続け、入学までに図書館にある本はすべて制覇した。
時空魔法と光魔法を一部、それ以外の七つの属性については初等から上位まで一通りの魔法と、さらに超上位魔法をいくつか習得することができた。あとは実学を通してさらに磨きをかけていくしかないだろう。
俺の魔力が莫大なせいか、初等魔法でさえ何も考えずに使うと上位を超えるほどの威力を出せてしまうので、制御には注意を払わなくてはならない。
アリスの使う魔法を見ていたおかげで、大体の感覚はわかる。気を付ければ変に目立ち過ぎることもないかな。
入学式は特にこれといって変わったこともなく終わり。
数日後、新入生歓迎会が催された。
アリスによると、非公式なものが女子寮ではもう行われたらしいのだが、こちらは公式のイベントである。
新入生の男女と先輩たちの一部が集まって、レクリエーションやパーティーが行われる。
「はいはい! こんにちはーっ! 司会進行はわたし、カルラ・リングラッドが務めさせていただきます!」
「隣でこの爆弾女の抑え役を務めます。ケティ・ハーネです。いつもながら大変です」
前に立って注目を集めているのは、三年のカルラ・リングラッドとケティ・ハーネのコンビだ。
カルラは少し赤みがかったキューティクルな茶髪を持つ美人で、生徒会長をしている。
ケティはカルラの親友で、よく調子に乗り過ぎてしまう彼女を度々抑える役をしているらしい。
聞いてもいないのに、アリスから聞かされた。
「そうなのよ~、って誰が爆弾女ですってえ!?」
「そうよ。誰のせいで毎度苦労してると思ってんの。こないだもこのアホはね、寮で一人――」
「ああ、まって! 今はダメよ、ケティ。新入生見てるから! わたしの尊厳があぁ!」
カルラが必死になってケティの口を塞ぐと、小さな笑いが起こる。
彼女は持ち前の明るさで場を盛り上げるのが得意なようだ。
しかし……カルラの振る舞いにどこか無理を感じるのは、自分だけだろうか。
心の読める俺にはわかってしまう。
彼女の心の奥底は、深い悲しみに沈んでいる。それが何故ゆえかまではわからないが。
聞き流しているうちに、先輩たちの挨拶が終わった。
その後は魔法の実演とか研究紹介だとか適当なイベントがいくつかあって、昼食休憩になる。
軽食のサンドイッチのようなものが配られ、自由にグループを作って雑談し、親睦を深めるという流れになった。
俺はこういうとき、どうも自分から声をかけるのは苦手だ。
というより、こんなに近い歳の人間ばかりが集まる環境にいたことがほとんどない。
馴染まない感じがするというのが正直なところか。
いつも年上の怖い連中ばかり相手にしてきたからな。
まさか今さらになって、こんなのんびりした学生生活を送ることになるとは思わなかったのだ。
まあ放っておいてもそのうちアリスが声をかけて誘ってくれるだろう。超の付くほどお節介焼きだからな。
気楽に構えていると、隅っこの方でぽつんと立っている銀髪の少女が目に付いた。
彼女はつまらなさそうに俯いている。
よく見れば、この前図書館で逃げて行った子じゃないか。
別に無視してもよかったが、逃げられたままというのはどうも寝覚めが悪いので、声をかける。
「君はこの間の」
「……っ」
銀髪の少女は、びくりと肩を小さくして震えさせた。口は堅く閉ざしたままである。
俺が何かしたとでも言うのか。
まいったな。すっかり怖がられているらしい。
困ってしまい、手持ち無沙汰に後ろ頭を掻いていると。
目敏くこちらの様子に気付いたアリスが、他の子との立ち話を中断してやってきてくれた。
「はじめまして」
「……あ」
アリスに声をかけられた少女は、きょどりながらも嬉しそうに表情を柔らかくした。
まあ俺なんかよりは大分話しやすいだろう。俺なんかよりは。
「あたしはアリス。アリス・ラックインよ。あなたの名前を聞いてもいいかしら?」
「ミリア・レマク、です……」
「ミリアって言うのね。可愛い名前じゃない。ミリア、よろしくね」
親しげに微笑んで、さっと右手の指を出す。
アリスの明るさには、さしものミリアも心を解されたようだ。
おどおどと指を伸ばし、二人が握指を結ぶ。
この世界の言葉ではシミングというらしい。右手ですると親愛を示し、左手ですると求愛を示すとか。
俺は左利きなので、うっかり手を間違えるとまずいことになりそうだ。
この調子だと二人は仲良くなれそうな雰囲気だ。
良かったなと眺めていると、アリスがこちらを指し示してきた。
「この人は、ユウっていうの。ユウ・ホシミ。異国の人でね。だから変わった名前なのよ」
俺のことを紹介されたミリアは、不安気にこちらとアリスの顔との間で目を泳がせている。
アリスは察して、いたずらっぽく言った。
「見た感じはちょっとアレだけどね。思ってるほどは怖くないわよ」
「アレってなんだよ。アレって」
すかさず突っ込みを入れると、アリスは誤魔化すようにぺろっと舌を出して笑った。
こいつめ。
くすりと笑い声が耳に入った。
何かと思えば、ミリアが口元を押えて笑いを堪えている。
何が面白いのかは知らないが。
「なんだ。笑ったら可愛いじゃないか」
指摘してやると、ミリアは顔を赤くして、恥ずかしそうに顔を背けた。
アリスが茶々を入れてくる。
「それ人のこと言えるのかしら」
「うるさい。この顔は生まれつきなんだよ」
しょうがないだろ。
ミリアがますます笑い出しそうなのを堪えている。
俺は溜め息を吐いて、一歩迫った。
「あのな。漫才やってるんじゃないんだぞ」
「こら。怖がらせるようなこと言わないの」
「うっ。ああわかったよ。わかった悪かった」
アリスといると本当に調子狂うな。
「ね。意外と話せるでしょ?」
「そう、ですね」
ミリアと目が合う。
ともあれ、彼女は俺に対する警戒心を薄めてくれたようだ。
肩の震えが止まっている。
「よーし! じゃあシミング結んじゃいましょう!」
「えっ……」「え?」
アリスが俺とミリアの腕を取って、引き寄せる。
急なことに動揺した。
「私、あの……」「なにを」
彼女は俺とミリアを交互に見つめる。顔は笑っているけど、目は笑っていない。
「こういうのちゃんとしないと、友達できないわよ」
「俺は別に友達なんか」
「嘘言わないの」
軽い一言だったが、心を抉られたようだった。
はっとして声が止まってしまう。
それを見ていたのだろう。弱みを見られてしまったのだろう。
ミリアが――最初は、あんなに怖がっていたミリアが――穏やかに目元を和らげた。
同情の気持ちだった。
俺の指にか細く白い指が届く。拒むことはできなかった。
指と指が、絡み合う。
同時にミリアの心が伝わってきた。事情を理解した。
この子は長い間まともに喋ることができず、友達ができなかった。ずっと苦しんでいたのだ。
そして、そうなってしまったきっかけまで――。
俺の能力は、時に知らなくて良いことまでわかってしまう。
走馬灯のように彼女のトラウマが脳裏に映り込んだ。
快活な少女だった彼女は昔、目の前で親戚を仮面の集団に殺されて――。
そうだったのか。俺が人殺しの目をしているから、怖かったんだな。
「うん。ちゃんと結べたね」
アリスが嬉しそうに微笑む。
俺はつい顔を背けてしまった。
「そうだな。でも知り合いで十分だ」
言ってしまうと気まずくなって、いったん二人から離れる。呼び止める声も聞かなかった。
友達か……。今さらだよな。それに俺は……。
指の感覚が、ほんのりとこびり付いていた。
***
結局アリスたちとは別のグループに混じって、適当に雑談をこなした。
そのうち、魔法演習場に移動して、魔闘技の見せ物が行われることとなった。
魔闘技というのはその名の通り、魔法を使った戦いの競技である。
ルールは単純で、降参させるか打ち倒せば勝ち。ただし、殺すのは反則負けとなる。
今回のルールは自由参加方式の一対一だった。
基本的に先輩たちが魔法の実戦というものを新入生に披露する場であり、俺たち一年は観客に努めていればいい。
はずだったのだが。
「誰か挑戦者はいないのかー!」
この日は調子の良い男の先輩が、三人を連続で打ち倒していた。
それで尻込んでしまったのか、中々次の挑戦者が現れない事態となっていた。
「せっかくだから行ってみたら?」
最前列で眺めていた俺に、背後からアリスの声が聞こえる。
振り返ると、彼女はウインクしていた。
「こういうお祭りみたいなのはどうもね」
「ま、いいからいいから」
「わっと!」
ドンと背中を押されて、よろめく。
気が付けば、試合を行う位置に出て来てしまっていた。
「おっ。見ない顔だな。一年か?」
後ろの犯人をじろっと睨むと、彼女はあまり悪気もなさそうに笑っている。
やれやれ。どうも今日はさっきから調子狂いっぱなしだ。
「ほう。活きの良い子が来たわね。名前を言ってもらえるかしら?」
カルラの呼びかけに、静かに答える。
「ユウ。ユウ・ホシミ」
「ユウね。一年だからって、痛くて泣いちゃダメよ~♪」
周囲から笑い声が起こる。
小馬鹿にするような笑いと、温かい笑いと、半々だ。
「ユウか。心意気は認めよう!」
相手が不敵に笑って、両手を構える。
すっかり油断している。身の程も知らない一年坊主だと思っているから、当然か。
面倒臭い。さっさと終わらせるか。
「では、始め!」
開始の合図と同時、相手の両手から水流が放たれる。人体を呑み込むほどの太さを誇っていた。
中位の水魔法《ティルミオ》。
しかし大した錬度ではない。構成に揺らぎが見える。
その程度の攻撃で、俺をどうにかできるとでも。
魔法が目前まで迫った瞬間、俺は直立不動の姿勢から片手で魔法を放った。
《ファルアクター》
荒れ狂う猛風が巻き起こる。
本来は風の中位魔法なのであるが、俺の手にかかれば上位を超える威力を持つ。
それは相手の水魔法ごと巻き込んで、盤面を一手で引っくり返した。
水の入り混じった強烈な風が相手に命中し、勢い良く吹き飛ばす。
周りからどよめきのような歓声が上がる。
そして風が収まったとき、相手は白目を剥いて倒れていた。
ただの強風魔法だ。さして殺傷力のある魔法でもないし、命に別状はないだろう。
「勝者! ユウ・ホシミ!」
カルラが宣言すると、周りから一際大きな歓声が上がった。
ちょっとやり過ぎたかな。これじゃ大目立ちだ。
その場に留まっているのが恥ずかしい気分だったので、アリスとミリアの所へ戻る。
「わーお。ノリで出してみたら、あっさり勝っちゃった……」
「すごい、です」
二人とも、すっかり感心した顔で出迎えてくれた。
ミリアの方は、心なしか尊敬の念も混じっているような気がするな。
そのとき、背後から声がかかった。
「おもしれえ。見所のある奴が出てきたじゃないか」
ただならぬ気配に振り返ると。
燃えるような赤髪を持つイケメンが、正面に飛び出してきた。
「うおお!」「アーガスだ!」「きゃー!」
黄色い歓声が湧き上がる。一目で好感の持てる甘いルックスからか、女子からの人気も高いようだ。
歓声に混じる名前で理解した。
確かアリスが言ってた天才魔法使いだったか。
「え、アーガスってあの!?」
「本物……」
「なるほど。お前がアーガス・オズバインか」
俺は口元が愉悦に歪むのを感じていた。
一歩前へと進み出る。
彼も自信満々な面構えで前へ踏み出す。
試合場の真ん中で、睨み合う形となった。
「おーっと! これは大変なことになってまいりました!」
司会進行を務めるカルラが、大興奮で声を張り上げる。
それすらオーバーテンションに感じさせないほど、場の空気は白熱していた。
一度手合せしてみたかったんだよな。
天才魔法使いとやら。どんな魔法を持っている。
ちょっと俺に見せてくれないか。
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