12「ユウ、少し過去を話す」
『わたしを、殺して』
どうして。
『ユウ。お前だ。お前さえ、いなければ……っ! ヒカリが死ぬことはなかった!』
どうして。
『俺は……っ……こんな、つもりじゃ……!』
どうして。
『運命だからさ』
お前は。
『僕は少しばかり手を貸したに過ぎない』
お前だけは。
『友の命を選ぶか。他のすべてを選ぶか。簡単な二択だ』
許さない。
『そうだな――アルとでも名乗っておこうか』
***
「…………」
……またか。最悪の目覚めだ。
身体中がべたついている。寝汗をびっしょりと掻いていた。
いつの間にか布団を蹴飛ばしていたらしい。が、そんなことはどうでもよかった。
窓から差し込む陽光が眩しくて、腕で目を覆う。
何となく、このままずっとそうしていたい気分だった。
だがこういうときに限って。窓ガラスをとんとんと叩く音が聞こえる。
外から呼びかける女の声がした。
「おい。ユウ。起きろ」
「……なんだ。イネア先生か。ここは男子寮だぞ」
しかも、あんたが叩いてるのは三階の窓だ。
「なんだじゃない。まったくお前は。せっかく人が誘いに来たと言うのに、つれないな」
「デートの誘いならお断りだ」
「あいにくだが、私には想い人がいる」
「初耳だな」
動く気になれなかったので、魔力を使い窓の鍵を開ける。
遠慮もせずに入ってきた。気怠いが、どうにか身体だけは起こす。
ほとんど物を置いていない殺風景な部屋を見回してから、彼女は俺に向き合った。
ふとこちらを心配するような表情に変わる。
「どうした? 顔色が悪いようだが」
「何でもない。寝起きはいつものことだ」
するとイネアは、呆れたように小さく笑った。
「お前は他人の心を読むのは得意でも、自分の心を隠すのは苦手なようだな」
「そうらしい。得意なつもりだったが、近頃は土足でずかずか入り込んでくるのが多くてね」
お前とかアリスとかな。
「もっと素直になればいいじゃないか」
「これでも十分素直にやってるつもりだけど」
イネアは溜め息を吐いて、ベッドの隣に腰かけてきた。
手を膝の上に乗せて、顔を見つめてくる。
「師には頼るものだぞ」
あまり見つめられるのは苦手だ。つい顔を背けた。
「大体、あんたを師と認めたことなんてないし」
「お前はもう少し甘え方を勉強した方がいいな」
「甘え方なんて忘れたよ」
「思い出させてやろうか?」
不意に肩を抱いて、引き寄せられた。
胸に顔が埋まる。
人肌の温もりと。女の匂いに混じって、微かに森の香りがする。
彼女に触れていると、不思議と荒れた心が落ち着いてくるようだった。
ずるいよな。女って生き物は。これだけで安らぎを与えられるのだから。
「……何のつもりだ」
「言ってみろ。壁にでも話しかけてると思えばいい」
「随分お節介な壁だな」
「何とでも言え」
ここで突っぱねるのも、かえって情けないな。
顔は上げずに、そのままの状態で話し始めた。
「ちょっとね。昔のことを思い出してた」
「ほう」
「俺には、二人の親友がいた」
ミライとヒカリ。
「どんなときも一緒だった。家族や親戚はもう誰もいなかったが、この二人といるときは幸せだった」
二人とならどこまでもやっていける。そう思っていた。
だが。
「二人とも死んだ。俺が殺したんだ」
「言っていたな。なぜだ?」
「殺すしかなかった。殺さなければ……死んでいたのは、俺の方だった」
イネアは何も言わなかった。
代わりに顔を俺の肩に寄せて、両腕で抱え込んでくる。
俺は、力強く拳を握り締めた。
「運命を弄んだ奴がいる」
改めて自分の気持ちを確かめるように、言った。
「どうしても復讐したい奴がいる」
「ユウ……お前は……」
自嘲気味に笑みを作る。
「過ぎたことだ。あれからあいつには会えてないし――もう会える機会もなくなった」
と言いながら、俺はある可能性に思い当たっていた。
「かもしれない」
「かもしれない?」
「いや。もしかしたら、あいつもフェバルなのかもしれないと思ってね」
極めて常人離れした雰囲気。残酷で冷徹な心。
アル。
あいつは、普通の人間ではあり得ない。そう思わせるだけの何かがあった。
「そうか……。ならば、お前が力を求めるのは……」
俺は首を曖昧に振った。
「怖いのかもしれないな」
いつだって。どうにもならない力が。運命が。
俺の掴もうとする手をすり抜けてきた。
「フェバルになったこともそうだが。何か大きな運命が俺を支配している。そんな気がする」
きっと、ろくでもない運命がな。
俺はイネアを引き離した。
「このくらいにしておこう。あんたも俺にあまり関わらない方がいい。巻き込まれるぞ」
「だとして、私の意志だ。お前が気に病むことはないさ」
「俺は気にするんだよ」
ぼそっと出てしまった言葉だったが、彼女は聞き逃さなかった。
心なしか嬉しそうに微笑む。
「ふふ。お前のこと、少しだけわかった気がする」
勝手にわかった気になられても困るけどな。やれやれ。
「私のことも、少し話してもいいか?」
「勝手にしろ」
「私はな。ネスラと人間のハーフ。忌み子なのだ」
本で読んだことがある。
ネスラは閉鎖性と純血性を重んじる種族。
森の声を感じ取ることが出来ないハーフは、忌み子として嫌われると。
「幼くして里を追放され。大自然の中、一人でどうしようもなく死ぬはずだった。そんなところに現れ、私を一から鍛え育ててくれたのが師だった」
彼女はやや伏し目がちに、当時のことを思い返しているようだ。
能力のせいか、ぼんやりとしたイメージが伝わってくる。
黒髪の大男。ジルフ・アーライズ。
彼の硬くごつごつした手に引かれて世界各地を巡る、三つ編みのあどけない彼女の姿が。
少しずつ成長して、健康的な少女になっていく。
『ししょう! おさかなつかまえてきました! いっしょにたべましょう!』
『師匠! 素振り一万回、終えました! 次は何をすればいいですか?』
『師匠。この服、どうですか? 似合ってるかな……』
『師匠。お料理作ってみたんですけど、食べてみませんか?』
……というかあんた、こんなに可愛かったんだな。今はなぜこうも逞しく。
……黙っておこう。
「だが師は、沈みゆくエデルと共に行方知れずとなり――また一人になってしまった」
「なるほど。想い人というのは」
「ふっ。所詮は生き遅れた女だ。だがそんな私でも、この町に居場所ができた。時間はかかったがな」
そう言った彼女には、自らの実体験に基づく自負があった。
「ユウ。もっと人と触れ合ってみろ。時間が解決することもあるだろう」
「かもしれないな」
この傷が果たして癒えることがあるのか。わからないが。
「私の胸ならいつでも貸してやるぞ」
「ほっとけ」
いつの間にか、かなり話が脱線してしまったような気がする。
「ところで、用件はなんだ」
「ああ。そうだったな。サークリス剣士隊のことは、お前も知っているだろう」
「まあな」
サークリスには、古くから自警団のようなものが存在する。
魔法隊と剣士隊。それぞれ、サークリス魔法学校と剣術学校の卒業生の就職先として人気だ。
平時は市中のパトロールに当たったり、日々訓練を欠かさず行っている。
この町で毎年催される星屑祭のような大きなイベントのときには、警備に就いたりもしている。もちろん有事の際には率先して事に当たる。
さすがに首都の総軍勢ほどではないが、アーガスの生家、オズバイン家を始めとして数々の貴族が人材や資金提供を行っており、一つの町が抱えるものとしては相当な規模になる。
「実はな。時々剣士隊に教えを請われて、気剣術の指南に行っているのだ」
「へえ」
「物覚えはあまり良くないが、中々やる気のある連中でな。可愛いぞ」
物覚えが良くないというよりは、仕方ない気もするけどな。
気剣術は魔法と比べても見劣りしない力ではあるが、しかし習得難易度は相当に高い。
サークリス剣術学校も昔は気剣術学校だったそうだが、あまりの難しさゆえ、手軽に覚えられる魔法に人気が集中してしまった。
結局今はほとんど廃れてしまって、イネアの気剣術科のみが残っているような有り様だ。
「それで」
「それでな。今日がその指導日なのだが。せっかくだからお前にも、気剣術の指南に来て欲しいと思ってな」
「は?」
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