7「ユウ、サークリス魔法学校に推薦される」

「は?」


 翌々日。いきなりアリスの家にやってきたイネアが告げたのは、あまりにも意外な言葉だった。


「だから、私の権限でお前に入学許可を出したと言ったのだ。男子寮からいつでも通えるようにしてある」

「いや。でもなんであんたが」


 俺がみるみるうちに力を付けていくのを、あんなに警戒してたじゃないか。

 俺だって弱いままが嫌で手っ取り早く強くなろうと、かなり手酷いことをした自覚はある。

 正直、もう関わって来ないかと思っていたんだがな。


「少し気が変わったのだ。どの道、私から気の扱いを吸収した時点でもう十分化け物のレベルなんだ。加えて魔法を身に付けたとしても変わらんさ」


 それはそうかもしれないが。

 次の言葉で、やっと意図がわかった。


「それより、お前は目の届く所で見てやった方が良いと思ってな」

「なるほど。俺を学校に縛り付けて監視しておきたいってわけか」

「一々哀しい言い方をする奴だな、お前は。良いじゃないか。私の生徒になってくれるんだろう?」


 挑発的な笑みを浮かべた彼女に、すっかりやり返されてしまったと思った。


「ちぇっ。言ってくれるなあ」


 その場の勢いで安い挑発はするものじゃなかったな。


「いいよ。乗ってやる。入学できるならしたいとは思っていたしな」


 昨日市立図書館に行ってはきたのだが、結局のところ、魔法学校が誇る蔵書量には遥かに敵わないことがわかっただけだった。

 それに、本という形で残っていない魔法もあるだろう。

 そういうものを学ぶのには、やはりそういうものを専門にやっている所が手っ取り早い。


「どうせあまりに馬鹿でかい魔力値だったから、鑑定書を発行しないことにしたんだろう」

「すっかりお見通しかよ」

「ふっ。改めて。イネアだ」


 差し出された二本の指に、戸惑いを覚えて身が固まった。

 まさか一昨日されたことを忘れたわけじゃあるまいに。


「年上にはちゃんと挨拶するものだぞ」

「……ああ。よろしく」

 

 指を絡める。武人らしい力強い感触だった。

 まったく。どいつもこいつも。調子狂うよな。


「あれ、ユウ。お客さん?」


 そこに、ドタドタと部屋着のままでアリスがやってきた。

 彼女の姿を認めたイネアは、ぺこりと丁寧な物腰で頭を下げた。


「イネアという。サークリス剣術学校気剣術科の講師をしている」

「剣術学校の先生なんですか! あたし、アリスって言います」


 そのまま流れるように握指を交わしてから、アリスが尋ねた。


「それで。どんな御用でしょうか」

「うむ。今しがたユウに魔法学校への入学許可を出したところだ」

「え!? それって!」


 ばっとこちらに明るい顔を向ける。

 そんなに期待を込めた目で見つめられては、俺は素直に頷くしかなかった。


「ああ。やっぱり入ることにしたよ」

「それはよかったわ! やっと一安心ね!」


 我が事のように喜びはしゃぐアリスを、またかと半分諦めたような気持ちで見ていると。

 彼女はふと思い出したように、手を叩いた。


「あ、イネアさん。こんなところで立ち話もなんですから、ぜひお家上がってって下さい。大したおもてなしはできませんけど」

「では、お邪魔するとしよう」


 イネアの用件は本当に俺のことだけだったらしく、家に上がってからは他愛も無い雑談ばかりに花を咲かせていた。

 と言っても、二人で勝手に盛り上がっているのを俺はただ聞いているだけという形だが。

 アリスは元々誰にでも人当たりが良い人間だから、イネアともすぐに打ち解けたようだった。

 ふと、イネアとばっちり目が合った。

 彼女はすぐに目をそらすと、アリスに耳打ちする。


(なあ。いつもあんな感じなのか)

(そうなんですよ。もうちょっとにこにこしてたら可愛いのに)

(だよな。素材は良いのに色々と損しているよな)

(ですよねー)


「おい。聞こえてるぞ」


 突っ込みを入れると、二人は曖昧な笑みを浮かべて誤魔化した。

 すぐにひそひそ話に戻る。


(あれは根っこは素直なタイプと見たぞ)

(きっと育った環境が悪かったんでしょうね。歪んでしまったの)

(かわいそうにな)

(ええ。かわいそうに)


 はあ……。なんだろう。

 今すぐここから飛び出していきたい。


 相手にするのも疲れるので徹底的に聞き流していたが、そのうち話題が別のことに移った。


「そう言えば最近、また仮面の集団の動きが活発になっていますよね」

「物騒なものだ。私も時折頼まれて退治することがあるのだが、ひどい連中だよ」

「へえ。そんなことをされているんですね!」


 仮面の集団。

 あちこちで遺跡を荒らし回っては、そこに眠るロスト・マジックを掘り出して、また色んなところで悪用している連中だ。

 構成員の数も目的も正体もまったくもって不明。彼らが人前で常に被っている特徴的な仮面から、そのまま仮面の集団と呼ばれている。

 大昔からずっといる奴らで、殺された人間は数知れず。中には捕えられ、実験体にされてしまった者もいるという。

 ロスト・マジックには俺も少し興味があるけどな。さすがに少々やり過ぎだろう。

 そうだ。魔法と言えば。

 これで俺も晴れて入学できるわけだから、一度男子寮でも見に行ってみるか。

 ここで二人の話を聞いてるのも飽きてきたしな。


「イネア。魔法図書館はもう利用できるのか?」

「そう言うだろうと思って、お前の利用許可はもらってある」

「助かる。寮の部屋番号は」

「302だ。もう入居できるぞ」

「了解」


 俺は席を立ち、アリスに言った。


「暇潰しに行ってくるよ」

「学校に行くの? 夕飯の時間までには帰ってくるのよ」

「何も起こらなければね」


 ひらひらと手を振って、俺は出かけた。

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