15「ユウ、星屑祭に参加する」

 季節は巡り、冬。

 サークリスで毎年三日に渡って催される最大のお祭り、星屑祭が始まった。

 初日の朝から、町は冬の冷たい空気を忘れさせてしまいそうなほどの熱気と活気に包まれていた。

 祭に参加するのは、この町の住民だけではない。首都などから観光目的でやって来る人たちも多い。

 大通りには所狭しと屋台が立ち並んで、あちこちで客を寄せては取り合っている。大小、色共に様々な星飾りが至るところに散りばめられており、見る者を楽しませてくれる。

 特に町の名物、時計塔には豪華な装飾が施されていた。定時には鐘の音とともに、祭りの日だけの特別なメロディーが流されるらしい。

 ところで星屑祭では、魔法学校の学生による魔闘技が大きな見せ物になっている。

 コロシアムで開催され、一日目がタッグ戦、二日目と三日目がそれぞれ個人戦の予選と決勝トーナメントだ。

 今日のタッグ戦には、妙にやる気を出したアリスとミリアが出場するらしい。

 二人は説明を受けるために、朝から既にコロシアムに向かっていた。アーガスもスター選手として、個人戦に出るようだ。

 俺はというと。今さら学生の魔闘技に参加しても得るものがないので、のんびり見物に回るつもりだった。

 そもそも明日からはイネアとオーリル大森林での軍事演習がある。祭りに参加できるのも今日だけだ。

 これも転移魔法があるおかげで、本来は今日から現地に向かっているはずだった。

 あれから少し探りを入れてみたが、結局クラムの奴が何を仕掛けてくるつもりなのかまではわからなかった。

 聞こえてくるのは華々しい活躍の話ばかり。

 もう少し情報検索手段が発達していれば、色々とやりようもあったのだが。ITのIの字もないこの世界では、できることは少ない。

 突けばぼろぼろと零れてくるその辺りの間抜けと違って、中々ガードの硬い男のようだ。

 まあ仮に何が待ち受けていたとしても、正面から迎え撃てるだけの力はある。どうにでもなるだろう。

 魔闘技が始まるまでは暇なので、ぶらぶらと歩きながら祭の雰囲気を眺めていることにした。

 すれ違う人々を何となく観察していたが、観光客と思われる人を含めて、茶髪や赤髪の人がほとんどだった。時折金髪や銀髪、青髪の者も見かけることがあるが、数はさほど多くない。

 そう言えば、アリスもアーガスもカルラも、みんな赤髪か茶髪だ。どうやらこの国には、そういう髪色の人が多いらしい。

 俺を除けば、黒髪の人間は誰一人としていなかった。それは珍しがられるわけだな。

 しかし、お祭りというのはただ人が多いだけで、大して面白くもないな。

 小さいときはスリの絶好の機会だったから、よく目を光らせていたものだけど。

 寮に帰ってしばらく寝ていようかと思ったところで、ばったり顔見知りに出くわした。

 そわそわした様子で辺りを見回しながら歩くケティだった。カルラの親友の。

 彼女は俺を見つけると、気さくに声をかけてきた。


「あ! あなた、ユウよね」

「そうだけど」

「ねえ。カルラの奴、見かけなかった? 一緒にタッグ戦に参加するはずだったのに、朝から姿が見当たらなくて」

「さあ。急に野暮用でもできたんじゃないのか」

「そんなはずは……。あんなに楽しみにしてたのに。もう。見つけたらたっぷり叱ってやるんだから!」


 息巻く彼女に他意は感じられない。

 この様子だと何も知らないらしいな。


「あ、手間取らせてごめんね。もしあいつ見つけたら、コロシアムに行くように言ってちょうだい。じゃ!」

「ああ」


 この後、結局カルラは見つからなかったらしい。

 優勝候補のカルラ&ケティペアが棄権したことにより、アリスとミリアはタッグ戦を順調に勝ち上がっていった。

 そして見事、新入生にして優勝を手にしたのだった。


「いえーい! 優勝しちゃった!」

「勝っちゃいました」

「おめでとう。よく頑張ったな」


 賞賛の言葉を贈ると、ミリアは顔を赤くして照れている。


「ふふ。ありがとう、ございます」

「でしょ! ほら、もっとほめてほめて!」


 アリスは相変わらずだが。


「わかった。わかったから寄るな!」


 すっかり気分を良くした二人は、夕食のレストランまで戦いぶりの話題で持ち切りだった。

 ただ聞いているだけで疲れてしまうほどだった。それほど嬉しかったのだろう。



 ***



 夕食を終えた頃、空は既に暗くなっていた。

 今日の魔法灯は、普段とは違ってそれぞれ一色ずつ、合計で七色の光を灯している。目を少し遠くへ向ければ、それらが協力して幻想的な虹の道を作っているように映る。


「ねえ、ユウ。ミリア。もう少ししたら星屑の空が始まるよ!」

「ああ」

「はい」


 アリスはよほど楽しみらしく、いつもよりはしゃいでいた。

 星屑の空。星屑祭の代名詞であるイベントだ。

 一日目の夜に、サークリスの上空に大規模な魔法がかかる。すると空にある無数の星々が、その日だけはいつもよりずっと鮮明に輝くという。


「人が、混んでますね」


 ミリアが疲れたような顔で呟いた。

 年に一度、星屑祭初日限りのこのイベントは、大変ロマンチックなこともあって、特に若い男女に大人気だ。各々の通りは、輝く夜空を一目見ようと、たくさんの人でごった返しているのであった。


「そこでよ! あたしは考えたのよ! 誰にも邪魔されず、ゆったりと星空を楽しめる場所はどこかってね!」


 なんか当たり前のように俺を連れて行こうとしているので、俺はきっぱりと自分の立場を明確にした。


「別に星空くらいみんなでぞろぞろ眺めなくたっていいだろ。俺は一人で楽しむよ。二人は二人で楽しむといい」


 そう言って、背を向けた。


「あ! ちょっと! 待ちなさいよー!」

「ユウ……」


 ハイテンション過ぎてうるさいアリスと、ちょっと寂しそうなミリアをスルーしつつ。

 人ごみを押し分けるようにして、俺は静かに星空を楽しめそうな所へ一人で向かった。

 その場所とは。

 サークリス魔法学校の第一校舎の屋上だった。

 この学校、現代日本の学校ほどはセキュリティが厳しくなく、警備員がいるわけでもない。実験器具が多くて管理が厳重な第二校舎はともかく、主に講義室が占める第一校舎ならば、実は入ろうと思えば簡単に入れてしまう。

 だが、学生の他にわざわざ入ろうと考える人などいないわけで。絶好の穴場スポットと化していたのだった。

 やれやれ。夕方から武勇伝を聞き飽きるほど聞いて、さすがに疲れていたんだよな。

 素敵な夜空を眺めながら、一人で黄昏れてみるのもいいだろう。

 ところがである。


「どうよ。学校の屋上は中々の穴場でしょ!」

「空いていて、いいですね」


 あっと思ったときには、既に遅かった。

 二人とばっちり目が合っていた。


「……よう。また会ったな」


 アリスが勝ち誇ったようにほくそ笑む。

 ミリアは笑いを堪えようとして、吹き出していた。


「あらあ。ユウ、さっきぶりね。どうしたのかしら。一人で楽しむんじゃなかったのかしら~」


 くっ。この女。

 気持ち悪いくらいの笑顔でにやにや嘲りやがって。むかつくな。


「ふっふっふ。考えることは一緒だったってわけね。気が合うじゃないの」

「確かに気が合うな」


 答えたのは俺ではない。

 振り返ると、そこにいたのは意外な人物だった。


「イネア先生か」

「あ、イネアさん。こんばんは」

「こんばんはです」

「ああ。こんばんは」


 アリスとミリアが、それぞれつつがなく挨拶する。

 イネアは挨拶を返すと、俺に近付いて話しかけてきた。


「明日から演習だが、準備はできているか」

「問題ない。荷物は全部まとめてある」

「ならいい」


 さらに近づいて、耳打ちしてくる。


「何か懸念点は見つかったか」


 俺も小声で返す。


「結局わからなかった。思い過ごしかもしれないが、念のため常に気を張っていて欲しい」

「そうか。わかった」


 今の話を横から聞いていたアリスが言った。


「そう言えば、ユウとイネアさんは、明日から軍事演習なのよね。気を付けて行ってきて下さいね」

「うむ」

「気を付けるよ」

「お土産、よろしくお願いしますね」

「忘れなかったらな」


 ミリアは何気にちゃっかりしてるよな。


「そうだ。忘れなかったらで思い出した。ちょっとだけいいか」


 アリスに買ったブレスレットと、ミリアに買ったペンダントを一旦借り受けた。

 深く念じると、二つに魔法がかかる。それをまた二人へ返して言った。


「もし俺がいない間に何かあったら、そいつをしばらく強く握ってくれ。それでこれに連絡が行くようになってる」


 懐から何の変哲もない銀の鉱石を取り出す。

 実際これ自体はただの石だが、同じ魔法がかかっている。連絡があったときに震えるようになっている。

 まあ受信機のようなものだ。電話に似たことができないかと色々試していたらできた。


「うん。わかったわ」

「わかりました」


 それから少し経ったところで、今度は一人の男が現れた。

 またしても、俺がよく知っている人物だった。


「おいおい。せっかく一人で楽しめると思ったのに、こんなに人がいるのかよ。あーあ。今から別の場所探すのはだるいしな」

「よう。アーガス。久しぶり」

「ん? おう。誰かと思ったらユウじゃないか! また今度挑ませてくれよな!」

「時間のあるときにな」

「へへ。楽しみだぜ。明日からの魔闘技なんて、張り合いないだろうしな」

「だろうな」


 こいつは本当に魔法馬鹿というか何と言うか。まあ嫌いじゃないな。



 ***



 適当に雑談しているうちに、ついに星屑の空が始まる時間がやってきた。


「はいはーい! 間もなく始まる時間だよー!」


 アリスが大はしゃぎでそう宣言すると、それまで好きなように話していた各人は、ぴたりと話を止めた。

 しばらくすると、上空にオーロラのような光がかかった。きっと星を輝かせる魔法だろう。

 それは少しの間だけ夜空を七色に照らし、やがて霞むように消えていった。

 すると、黄色い光がぽつぽつとあるだけだった夜空は、その姿を大きく変えたのだった。

 たくさんの星屑たちが、夜空という黒いキャンバスをびっしりと埋め尽くしていた。

 まるで、宇宙望遠鏡をそこに持ってきて眺めているような感じだった。

 普段は明るさが足りずに見えない星たちも協力して、所々はキラキラと粒状に、また所々は淡く輝いて、混然一体とした美しいアートを描いていた。

 少し心が動くものがあった。確かに星屑祭の代名詞に相応しい、素晴らしい景色には違いないと感じた。


 ふと、この星空のどこかに、地球はあるのだろうかと思った。

 もう振り返らないと思っていたのに、どうしてそんなことを考えてしまったのか。

 何となく空を見ていたくなくなって、周りの人物に目を移すことにした。


 みんながみんな、思い思いに空を眺めていた。

 俺の視線に気付いたアリスが、振り返る。


「あのね。ユウ」


 彼女は何やら楽しそうににこにこし出した。


「なんだ」

「星屑の空に願い事をすると、それが叶うって言われてるのよ」


 流れ星の類いか。この世界にもそういうのがあるんだな。


「へえ。そんな迷信があるのか」

「迷信ってね! ほんとに叶う人もいるんだよ!」

「まさか」

「ほんとなの! ほら。ユウも祈ってみようよ。みんなもやってるよ!」


 言われて見ると、確かにみんな何やら願いの祈りを捧げているみたいだった。

 あまりこういうのやらなさそうなイネアとかアーガスもやってる辺り、結構普通に行われていることなのかもしれない。


「わかったよ。で、アリスは何を願うんだ」

「ふふ。それは言っちゃいけないことになってるの! 願いを言うと願い事が逃げて行っちゃうからねー」


 いたずらっぽくそう言うと、アリスは目を閉じて熱心に祈り始めた。


「そっか」


 俺は、空を見上げた。

 星空はどこまでも輝いていて、永遠に続いていくように思われた。

 願い事、か。

 ただ一つだけ、あるとすれば――やり直してみたいかもな。

 あのときも。あのときも。

 俺は殺した。殺すしかなかった。殺せてしまった。

 もし殺さない選択をしていれば。それができていたなら、今は違っていたのだろうか。

 違う可能性。別の未来。

 そんなものがあるなら、この目で見てみたい。

 そんなものがあるなら、この手で掴んでみたい。

 ……ふっ。何を真面目に考えているんだかな。

 アリスのせいで馬鹿が移ったかな。

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