間話2「動き出す仮面の者たち」
ユウの気剣術指南の日から、時は少し遡る。
サークリスの地下深く。
街の喧騒など一切届かぬところに、仮面の集団の極秘施設はあった。
そこには数々のいにしえなる魔法書が収められ、怪しげな機械装置がいくつも存在していた。中には違法な物すらあった。
施設の奥にある一部屋で、怪しげな仮面を被った者が二人、会話をしていた。
一人は以前ユウに接触した仮面の女。そしてもう一人は。
「状況は進んでいるのかね」
「はい。もちろんです。マスター」
「よろしい。この調子で頼むよ」
マスターと呼ばれた男は、満足気な声でそう言った。
「はっ」
女の方はずっと畏まった調子である。彼女はどうやら彼の部下に当たる人物のようだ。
マスターは「ふむ」と一つ頷いてから、話を続ける。
「さて。あの場所に、我々の計画を一歩進めるものが眠っているらしいことがわかった。なんとしても押さえねばならない」
「しかしあそこは……」
「そうだな。あの場所はエデルの遺産。少々警備が厳重だ。応援を呼ばれては厄介なことになる。強引にやってしまってもどうにかなるだろうが、派手に動けば首都に目を付けられる危険性がある。今はまだ目立つときではないのだ」
「それならば、一つ良い手がございます」
「ほう。言ってみたまえ」
女は、仮面の奥で静かに嗤った。
「星屑祭。そのときは、魔法隊および剣士隊に属する人員の大半が町の警備に回されます」
「ほう。して」
「そこで、ヴェスターらをけしかけ騒ぎを起こし、奴らが戦力をそちらに回している隙にこっそりやってしまうというのは」
「ふむ。それは良い案だね」
マスターは感心を示していた。
それに幾分気を良くした仮面の女は、早速提案の詳細を詰めていく。
「騒ぎを起こす場所、そして規模は、どのようにいたしましょうか」
「ほどほどで良いだろう。あまり規模を大きくして、やはり首都から戦力を呼ばれてはまずい」
「おっしゃる通りです」
「場所は……そうだな。コロシアムはどうかね」
場所を聞いた段階で、仮面の下にある彼女の顔が曇った。
「コロシアムですか?」
「ああ。最終日、三日目というのはどうだ。魔闘技の決勝トーナメントが行われる日だ。人も多く集まることだろう。そこでテロ紛いのことをすれば良い」
彼女は少々思い悩み、結局は具申することにした。
「あそこは町の中心地ですよ。警備も厳しい。さしものヴェスターでも、逃げ切れないのでは」
あの粗暴なだけの男はいけ好かないのだが、さすがに危険な任務になり過ぎることに対しては気が咎めたのだ。
だがマスターは一向に構わないという調子だった。
「考えたのだがな。あれは少々尖りすぎだ。思慮も足りん」
「確かにそうですが……いえ」
彼女にはもう、次の言葉が予想できてしまった。
マスターは冷酷にして残忍だからだ。
「正直、今回のことが上手くいけばもう要らん駒だよ。あれが上手くやって引き揚げられればそれでよし。さもなくば――ここで始末しようと思う」
「なるほど……。そういうお考えでしたか。彼に頼むのですね」
「そのつもりだよ」
すべてを言わずとも察した聡明な彼女に、男は機嫌が良さそうに頷く。
彼は仮面をわずかに外し、コーヒーのような黒い飲み物を飲んだ。
そして、世間話でもするかのような体で言った。
「ところで、今期の魔法学校には、まさに黄金世代と言っても良いほど、素質を持った学生が集まっているな」
「そのようです」
「彼らの素質は、実に素晴らしいものだ。アーガス・オズバインは有名だが、特に今年入学したユウ・ホシミ。あれは別格だよ」
「ユウ・ホシミ……」
あの日のことを思い出して、彼女は震え上がった。
あの男は、その気になればいつでも自分を始末することができるのだ。
ただ今は取るに足らない存在として、放置されているに過ぎない。
そしてあの日のことを、未だにマスターには話せずにいた。
「どうだね。こちらに引き込めそうな者はいるかね」
「何人かは。しかし、ユウ・ホシミ。あ、あいつだけはダメです」
突然の必死な訴えに、マスターは首を傾げた。
「ほう。なぜかね?」
「とにかくダメなんですっ! 勧誘しましたが、返り討ちにされました。あの男を敵に回してはいけません! 恐ろしいことになりますよ」
「そ、それほどの奴なのか……」
あまりの必死さに、マスター・メギルも少し引いてしまうほどだった。
「はい。幸いこちらから手出ししなければ、何もするつもりはないそうですので。下手に刺激せず放っておくのが一番かと」
彼女はきっぱりとそう断言する。
「ふむ……だが、所詮はまだ学生に過ぎない。学生一人ごときに怯えていて、天下の仮面の集団が務まるのかね」
「ですが……」
恐ろしさをわかっていない。
仮面の奥で、女は唇を噛んだ。
男はしかし、そんな彼女の機微には気付いていないようだった。
そこに、部屋の扉が開く。
「私も彼女の提案には賛成だな」
「おお! クラム」
「セレンバーグ様!」
現れたのは、頬に傷を持つ銀髪の男。英雄クラム・セレンバーグだった。
英雄とは表の顔。裏では仮面の集団の用心棒として、数々の汚れ仕事に手を染めていた。
マスターも、仮面の集団の切り札として、彼だけは他の部下とは一線違う扱いをしているのだった。
「あのユウという男は、気剣術のイネアとも繋がりがあるらしい。この繋がり自体が厄介の上、魔法だけでなく気剣術も扱えるとすれば、相当の強者に間違いないだろう。下手をすれば、私に肉薄するほどの実力は持っているかもしれない」
「なに。それほどなのか!?」
マスターが初めて大きな動揺を見せた。
一介の学生がそれほどの力を持つとは、到底信じがたかったのだ。
「ああ。だが私にはアレがある。いざ勝負になれば、負けることはないさ」
「そ、そうだな」
クラムには、自他共に認める最強の時空魔法がある。
これをもってすれば、黒龍でさえ一撃で仕留められたほどのものだ。
どんな相手だろうと、勝てるはずがない。それほどの自信が彼にはあった。
それから、仮面の女が立てた襲撃計画を聞いたクラムは、万事を期して提案した。
「今度ユウとイネアには軍事演習の話を持ち掛けて、星屑祭の際には遠ざけておこう。私はこことの繋がりについては痕跡を完璧に消してきたし、まず露呈することはあるまい」
「それならば……!」
仮面の女は、やっと胸を撫で下ろした。理解者がいてくれて助かったと、心から思った。
「向こうでは『事故』を起こしておくさ。二人が手間取っている間に、安全に事を進めればいいだろう」
クラムの提案を聞いたマスター・メギルは、実に満足気に手を叩いた。
「よし。決まりだ。それでいこう。我々の目的のため、お互い励もうではないか」
「はっ。必ずや、マスターの御意志のままに」
「私は自らの野望のために」
「うむ。これからもよろしく頼むよ」
マスターの高笑いが、無機質な部屋に響き渡った。
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