25「サークリスに迫る脅威」
ミリアに事情を説明した俺は、次はイネアにも同じことを言いに道場へ向かったのだが。
「いない……。どこに行ったんだ」
道場に彼女の姿はなかった。
イネアが道場を開けることは、あると言えばあるが。
嫌な予感がする。
だがいないものは仕方がない。学校にいるはずのアリスとアーガスの元へひとまず向かうことにした。
転移魔法を使い、まずアーガスの気を探る。
嫌な予感が焦りを生み、動きは逸っていた。
アリスを後回しにしたのは、あいつの説得には手間取りそうだと思ったからだ。
あのお人好しのことだ。事情を説明すれば、一緒に戦おうとか手伝えることはないかとか言い出すに決まっている。
ただ今回ばかりはまずい。アリスが出て来てどうにかなるレベルの戦いじゃない。危険なだけだ。
ところがどういうわけか、彼の反応も見つからない。彼女はいるようだが。
演習場で魔法の練習をしているアリスを、先に見つけてしまった。
彼女が視界に入ったとき、まずいと思う自分と、それよりもほっと一安心している自分がいた。
仕方ない。こっちを先にしよう。声をかける。
「アリス。無事だったか」
俺の声に気付いた彼女は、ぱっと顔を明るくした。
が、すぐに物言いたげな顔で、
「ユウ! それはこっちの台詞よ!」
つかつかと歩み寄ってくる。
目前まで迫られて、泣きそうな目でぴっと指を突きつけられた。
「あたしがどれだけ心配したと思ってるの! 黙ってずっと顔見せないんだから。ミリアに聞いても、イネアさんに聞いても知らないって。あなたのことだから、何かあったんじゃないかって……」
「悪かった。まあ色々あってね」
「もう。とにかく無事でよかったわ。あまり心配させないでね」
「ああ。本当に心配かけたな」
もう一度詫びると、やっと彼女の表情が柔らかくなった。
「それで。何があったの?」
「ちょっとな。そのことに関連して、話が――」
話題を遮るように、緊迫した男の叫び声が聞こえてきた。
「大変だああああーーーーっ! 丘の向こうから、大軍がやってくるぞおおおおおーーーー!」
「首都だ! 首都の大軍だあああーーーー!」
戸惑いと緊張が、一気にその場を包み上げる。
くそ。早い。もう仕掛けて来やがった。
これでは、対策の準備が……。まだろくに何もできてないぞ。
しかも軍隊だと。奴はそれほどまでの規模の人間を操れるというのか。
「ねえユウ。首都の軍隊って……ユウ? ものすごい顔色してるわよ」
彼女が心配顔でこちらを覗き込んでくる。
俺はかぶりを振って、どうにか答えた。
「アリス。そういうことだ。敵が攻めてくる。家族とミリアを連れて、さっさとこの町を離れろ」
察しの良い彼女は、それだけで俺がこの一件と何か関係していることを見抜いたようだった。
「事情は何となくわかったわ。けど、他のみんなはどうするの? あなたは?」
「俺は戦いに行く。巻き添えを食らうかもしれない。君は安全な場所へ離れてくれ」
「だったら、あたしも行くわ。あなただけに危険を負わせられないもの」
「ダメだ」
「どうしてよ!?」
やっぱり食い下がる。
だから君は。君は……。
「……邪魔なんだ」
「え?」
アリスはきょとんとして目を見開く。
「邪魔だと言ったんだ。聞こえなかったか」
「え、でも……そんな」
「はっきり言うよ。足手まといなんだ。どこでも付いて来られたら、迷惑なんだよ!」
気持ちと時間の余裕がないせいで、最後はつい声を荒げてしまった。
アリスの目の端に涙が浮かんだのを見て、しまったと思った。
まただ。またやってしまった。
彼女は胸に手を添えて、感情いっぱいにまくし立てた。
「あたしだって……あたしだってね! 足手まといだってことは、よーくわかってるわよ! でも、でもっ! 矢面に立つことだけが、戦いじゃないでしょう! サークリスの危機よ! この前だって、あなたばかりそうやって……あなたは、全部一人だけで! 何もかも勝手に抱え込んで! そんなの……辛いだけじゃない。あたしにだって、きっとできることがあるはずよ!」
気持ちは痛いほどわかる。
だが違う。違うんだ。アリス。
俺は動揺した心を落ち着けるよう努め、諭すように言った。
「よく聞いてくれ。これから起こる戦いは、普通じゃない。俺でも何が起こるかわからない」
何しろ背後に控えているのは、俺と同じ圧倒的な能力者だ。
年季が入っている分だけ、奴の方が格上だろう。この前の対面で差を痛感したところだ。
そんな化け物との戦いに、君のような一般人が入り込んで。無事でいられるはずがない。
「もし君の身に何かがあったらと、そう思うと……」
俺の事情に巻き込まれて。そうやってひどい目に遭って死んでいった者たちを、何人も見てきた。
これ以上首を突っ込めば、きっと同じことになる。ろくでもないことになる。
だからこれ以上、俺に関わるな。付いて来ようとするな。
もう見たくはない。あんな光景は。
「行ってくれ。頼むから……行ってくれ」
アリスは真剣な瞳で、俺の言葉に耳を傾けていた。
もう目に涙は溜まっていなかった。代わりに盛大な溜息を吐かれてしまう。
「……はあ、もう。わかったわよ。あなたにそんな泣きそうな顔されたらね」
俺は、そんな顔をしているのか……。
アリスは力なく辛そうに笑った。
「ごめんね。あたし、結局守ってもらってばかりで。もっと強かったら、あなたと一緒に戦えるのにね」
……君が弱いということはないさ。
俺たちが、強過ぎるんだ。あまりにも。
もし叶うなら。俺も君と一緒に戦ってみたかったかもしれないな。
「でも一つだけ。絶対に、無茶はしないこと。約束して」
「ああ。約束する」
俺は嘘を吐いた。無茶をしない保証なんてどこにもない。
しかしそれは彼女もわかっていることだろう。
「じゃああたし、行くわね!」
「ミリアを頼んだぞ」
「任せて!」
元気に走り去っていく彼女の背中を見送った。
よし。これでとりあえず最大の懸念はなくなった。
イネアとアーガスを探している時間はないが……。
実力者の二人のことだ。問題はない。そう信じるしかない。
「はあっ!」
抑えていた力を解放する。あのとき以来二回目だ。
ヴィッターヴァイツとの対面を経て、あのときよりもさらに成長し、一段と大きな力に溢れていた。
そのうちサークリスの方でも戦力が整うだろうが。この町に被害が出る前に、俺から出向いてやる。
空高く浮かび上がった俺は、ラシール大平原とは逆の方向、首都の軍勢が押し寄せる丘へと直行する。
そして。進軍を続ける巨軍の前に立ち塞がるようにして、地へ降り立った。
ライノスに乗った騎兵を先頭に、近年実用化されたという最新式の魔法戦車が続く。
その後ろには、歩兵が多数控えている。剣士と魔法使いが半々ずつか。
奴に操られた首都の軍隊は、遠目でもすっかり正気を失い、黒い意志に突き動かされているように見えた。
さらにどうやったのか知らないが、パワーアップまで施されているようだ。相当身体に無理がかかっているに違いない。
本当に胸糞悪いやり方だ。
吐き捨てたくなるような気分で、敵の数を気で計る。
千、二千、三千――ざっと一万というところか。
これほどの数を相手にするのは、もちろん初めてだ。
一人一人は大したことはないが。この圧倒的な数には、俺もさすがに冷や汗をかいていた。
まるで濁流の前の蟻だな。そんなことを思う。
サークリスの軍勢は、足しても千程度だったはず。こいつに飲み込まれれば、ひとたまりもないだろう。
俺がやるしかない。ここで食い止める。
一対一万。
怒涛の勢いで迫り来る万の軍勢を前に、俺は構えを取った。
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