14「ユウ、首都ダンダーマに召喚される」

 気剣術指南の後日、首都より正式な召喚状が届いた。

 あのコクランとかいう奴が報告したのだろう。


『近日中に議会所まで来られたし』


 たった一言で呼びつけようとは、随分偉そうだな。

 だがこっちから行くと言ってしまったし、仕方ないから列車に乗って行くことにしたのだが。


「で、なんでお前らがいるんだよ」

「ついて来ちゃいました!」

「ました」


 はつらつとした笑顔でピースサインするアリスと、彼女の横に隠れるように張り付いて、じーっとこちらを見つめるミリアだった。

 俺は呆れて溜め息を吐いた。


「あのな。ここには遊びに来たんじゃないんだぞ」

「まあまあ。いいじゃないの。王都に来るのなんて初めてだし。ねー」

「楽しみ、です」


 アリスがミリアに同意を求めると、ミリアも微笑み返す。

 この二人、いつの間にか本当に仲良しだな。


「観光なら勝手にしてくれ。俺は全然関係ないふりをして行くからな」


 すっかり観光気分の二人は置いておいて、俺は首都駅のホームを大股の足取りで進んで行った。


「あ、待ってよー!」

「待って、下さい」


 首都ダンダーマ。今はセントリア共和国であるが、王政だった時代の名残で王都とも呼ばれている。

 中央にそびえ立つ美麗な議会所は、王城をそのまま転用したものであり。そこを中心に、入り組んだ街並みを持つ。

 これは外敵が攻めにくくする効果を狙ってのことだが、平和な今となってしまってはただ道に迷いやすいだけのものだ。

 駅を出ると、赤レンガの民家が立ち並んでいるのが目に飛び込んできた。

 すぐそこは上り坂になっていて、歩いていくと坂が多いと感じた。

 道はどこもしっかりと舗装されていて、地面がそのまま剥き出しになっている部分は見当たらない。

 所々傾斜が急になっているところには、石造りの階段もあって、上り下りをする場面も何回かあった。曲がり道も多く、ごちゃごちゃしていて、話に違わぬ迷路のような印象を受ける。

 やはり首都というだけあって、道行く人の数はサークリスに比べても多い。しかし規模に見合うだけの華やかさというよりは、むしろ落ち着いたものを感じた。

 サークリスが魔法産業の活気に満ちた商業都市なら、ここは古くからの歴史を感じる都市という所だろうか。派手さはないが、これはこれで味のある情景だ。

 やがて、都立博物館の横を通り過ぎた。ここからあと十分も歩けば議会所に着く位置だ。

 俺は立ち止まって、後ろで喋り歩きをしていた二人に近寄って言った。


「議会所には一人で行くよ。待ち合わせはあそこの博物館の前。時間はこの辺りでどうだ」


 時計を二人に見せて、時間を指し示す。


「オーケー。気を付けて行ってきてね」

「アリスとミリアこそ、道に迷ってスラム街には行くなよ。治安が悪いらしいから。特にミリアは危なっかしそうだからな」

「は、はい」


 ミリアがもじもじしながら答える。


「あら。心配なのね」

「別に。余計な面倒事が増えるのは嫌いなんだ」


 素っ気なく正直に答えたつもりだったが、アリスはにこにこしている。


「用事が終わって合流したら、ユウも一緒に街を見て回りましょうよ。ただ行って帰るだけなんてつまらないでしょ?」

「せっかくだからそうするか。帰ろうと思えば転移ですぐ帰れるし」


 首都はマーキングしておいたから、イネアに教えてもらった転移魔法でいつでもサークリスに戻ることができる。


「何さっきからにやにやしてるんだ」

「ううん。最近ユウもちょっとずつ素直になってきたわね」

「う、うるさいな」


 ミリアがくすくす笑い出した。


「おい。何が可笑しい」


 問い詰めると、ミリアはさっとアリスの影に隠れた。

 ぴょこんと首だけ出して、じっと俺の顔色を伺っている。

 アリスがめっと叱りつけてきた。


「こら。またそうやってすぐ脅しかけないの」

「いや。別にそんなつもりは……」


 返答に窮していると、ミリアがまたくすりと微笑む。


「私は、大丈夫です。わかってますから」


 何が、という前に、彼女は口を進めた。


「でも気を付けた方が、いいと思います。ちょっと怖いです」

「そうよね」


 アリスもうんうんと頷く。

 二人して言われると、ばつが悪かった。


「う……そうだな。気を付ける」

「やっぱり素直になってきたわよね」

「うるさい」


 今度はつい語気を荒げたが、アリスとミリアは顔を見合わせてにやにやするだけだった。

 おかしい。俺はこんなに弄られキャラだったか?

 なぜだかこの二人には勝てないような気がする。



 ***



 着いた。ここが議会所か。

 アリスとミリアといったん分かれた俺は、議会所の門前に立っていた。

 さすが元王城と言うだけあって、他の建物よりも遥かに大きく立派な構えになっているな。

 感じとしては、イギリスの王宮に近いだろうか。こてこての西洋風だ。

 進もうとすると、門番に呼び止められる。


「何者だ。身分証明になるものはあるか」


 学生証を見せると、その場で待機するように言われた。

 しばらくすると、この前の指南のときに伝言を伝えた男がやってきた。

 今度は新兵の兵装ではなく、華麗な刀剣とよく手入れされたフルアーマーを帯びている。

 胸には国家精鋭の証である紋章と、階位を示す勲章が付いている。

 彼は俺の前で、軽く頭を下げた。


「先日は忍びで失礼した。議会直属親衛隊のコクラン・ミケドと申す」


 こいつ自身からは、そんなに悪意めいたものは感じない。

 態度が冷たく横柄に見えるのも、あくまで仕事としてやっているという感じだ。軍人は舐められてはいけないからな。


「仕事だからな。理解はしている」

「ご理解いただき、感謝する。首相の応接間まで案内しよう」

「首相? わざわざトップが出て来るのか」


 仮面の集団と違って地理的に離れていたこともあり、詳しくは探っていなかった。

 てっきり有力貴族の辺りが個人的に用があるのだと思っていたが。意外に大物が来たな。


「あまり事情は存じないが、お前のことは首相が大変ご興味をお持ちのようだ」

「面倒なことにならないといいけどね」

「それは私にはわかりかねるな」


 応接間の前まで来た。コクランがドアをノックする。

 ドアが重い音を立てて開き、太ったひげ面のいかにも偉そうなおっさんが現れた。

 言っちゃなんだが、首相というよりかは王の横にくっついてる悪そうな大臣みたいだ。

 名前は確か、ニケルブ・オランジーだったか。

 軽く一礼しておく。


「おお。君がユウ・ホシミですね。待っておりましたよ。さ、入って下さい。コクラン君は控えていたまえ」

「はっ」


 コクランが下がる。

 首相の後に続いて入り、薦められた黒の皮椅子に着席する。座り心地も良く、最上等なものを使っているらしい。

 使用人が入ってきて、ユーフを入れてくれた。

 ユーフというのは、地球で言う紅茶に当たる飲み物だ。風味も似ているが、少し辛みが効いているのが特徴である。

 使用人が退出し、部屋には二人きりになった。

 互いにユーフに一口付け、落ち着いたところで、首相が張り付けたような笑顔で話を切り出した。


「君の噂はかねがね聞いていますよ。学業優秀で、あの天才アーガス・オズバインも破るほどの――」

「世辞はいい。手短に本題から入ってくれると助かるのだが」


 笑顔を浮かべていた首相の顔が、ぴくりと引きつった。

 かなり失礼な態度を取っているから当然か。だが俺はあまり人によって言葉遣いを変えるということはしない方だ。

 首相はまたすぐ笑顔に戻って、話を続ける。しかし目は笑っていなかった。


「君の魔力値を調べさせてもらいました」


 やはりか。あの女、喋ったな。


「十万以上……まさかこれほどの魔力を持つ者が存在しようとは。君は兵器とも言うべき存在です」


 もはや笑顔でもなかった。その声には、明確に畏怖の念がある。

 こうも正直に腫れ物扱いされると、かえって清々しい。


「そうかもな。別に俺は、何もされなければどうこうしようという気はないのだけど」


 相手の気になるだろうことは先に言っておく。

 首相の顔色に安堵が混じる。


「それを聞いて安心しましたよ。君が国家に仇なす者ならば、総力を挙げて討たねばならないところだった」

「それは何よりだ。だがまさか、そんなことを言わせるためだけに呼んだわけじゃないだろう?」

「ええ。どうか我々の力になってはもらえないでしょうか」


 首相は深々と頭を下げた。

 こんなガキに国のトップが頭を下げるなんて、普通はしないものだが。

 よほど深刻な事情があると見える。


「内容による。話は聞こう」

「エデル。莫大な財産と力が眠っているという魔法大国です。今は地中深くに沈んでしまっていますが」


 またか。つくづく縁があるな。


「仮面の集団は知っていますね」

「この前ちょっかいを出されたよ。追い返してやったけど」

「ほほう」


 首相は感心したように頷く。


「実は我々は、奴らと争っていましてね。我々貴族議会が先にあの国を手に入れようと思っているのですよ。我が国のさらなる発展のためには、必要なものです。あんなカルト教団が手にするべきものではない」


 ――嘘を言っているな。


 心の読める俺には分かってしまった。

 仮面の集団が手に入れるべきものではないとは本気で思っているだろうが、おそらくこいつ自身はエデルを蘇らせようなどとは考えていない。

 立場か何かがそう言わせている。

 俺は本音を汲み取りつつ、正直な意見を述べた。


「過ぎた力を持った国は、自ら身を滅ぼすことになる。エデルもそうして滅びたという。繰り返すつもりか」

「確かにそうかもしれません。しかし我々は違います。我々は国民の安全と利益を真っ先に考える。間違いは犯しませんよ」


 まったくの本心ではなさそうだった。それをここまですらすらと言えるとは、たいした大物だ。

 いや。逆にそうでなければ、この地位にはいないのかもしれないな。

 見た目は小物にしか見えなかったこの男を内心で評価しつつ、俺はあくまで突っぱねることにした。

 実際興味がないし、それはこの男も望んでいることだろう。


「理想はわからないでもない。だが俺には関係のないことだ」

「もちろんそれなりの報酬は用意しましょう。どうか協力してはいただけないでしょうか。奴らは近年ますます勢力を拡大しているのです」

「興味ないな。勝手にやり合っていればいいじゃないか。俺を巻き込もうとするな」

「そうですか……それは残念です」


 声色は落胆していたが、感情としてはどこか安心したものがあった。

 ポーズが大事ということなのだろう。


「用件はそれだけか」

「ええ。遠路はるばる申し訳ない」

「いや、構わない。危険人物の意志の確認は必要だろう」


 自分で言ってて悲しくなってきたが、事実だ。

 俺が本気を出せば、国の脅威にすらなり得ると思う。


「理解が良くて大変助かりますよ」

「これからも監視は続けるつもりか」

「一応の監視役は付けることになるでしょうが、概ね自由な学園生活は保証しましょう。ぜひその才を我が国に役立てて欲しいものです」

「何らかの形で返せるようには考えておこう」


 それまで俺がこの世界に残っていればね。

 その後はいくらか雑談をし、最後に首相とシミングを交わして、有意義な会談は終わった。

 意外にも首相が話せる男だったことに、俺は満足していた。

 応接室から出た後、俺は懐から紙を取り出した。

 メモ書きして丁寧に折りたたみ、魔法をかける。

 コクランに小さく声をかける。


「コクラン」

「何だ」

「この紙を首相に渡しておいてくれ。内密に頼む。決して開くなよ。読んだ後は消滅するように魔法をかけた」


 首相ではない。誰かが背後にいる。エデル復活に興味を持っている有力貴族か何かが。

 そしてその勢力は、仮面の集団との全面対決をも企図している。

 俺の力を借りたいというのも、つまりそういうことだろう。

 自分の手は汚さず、国を裏から動かすことによって。

 きな臭い流れになってきたな。俺には関係のないことだが、情勢くらいは掴んでおきたい。



 ***



 議会所から出た俺は、アリスとミリアと合流しに博物館の前に向かった。

 先にアリスたちがいて、俺の姿を認めると手を振ってくれた。


「おかえり。どうだった?」

「挨拶くらいかな。そのうち親衛隊で働いてみないかって声がかかったよ」


 ナチュラルに嘘を吐く辺り、俺も相当だな。

 いや、誘われたのは事実か。


「それってすごいじゃない!」

「すごいです」


 ミリアが目を輝かせている。

 アーガスとの魔闘技の時に上の空になってしまったのも、どうやら彼へ憧れがあったかららしい。

 それと同格以上の俺の強さにも、似たような感情を抱いてしまっているのは確かなようだ。

 この前まで妙にたどたどしかったのも、そういうことみたいだな。

 それから、三人で適当に街をぶらついた。

 俺もミリアも控えめなので、アリスが率先して寄る場所を決めていく。劇場で劇を観たりもした。

 最後にアクセサリーショップへ立ち寄った。

 二人とも目を輝かせて商品を眺めている。

 女子はこういうのが好きなのだろうが、俺には何とも居心地の悪い空間だ。

 こんなとき、女だったら。

 一緒になって楽しめたのかもしれないが。まああり得ない仮定をしても仕方がない。

 アリスはブレスレット、ミリアはペンダントに興味を抱いたようだ。

 どちらも可愛いデザインだが、ブランド物で根が張る。学生にはきつい出費だった。

 買おうかどうかかなり悩んでいた様子だったので、俺は二人に持ちかけた。


「買ってあげようか」

「え、そんな。悪いわよ」

「申し訳ないです」


 そこで、札を数枚ほど取り出して見せる。


「実は今、ちょっと余裕があるんだ」

「うわ。どこでそんなお金を?」

「稼いだ」


 実は指南のときに、指導料をたんまりもらっていたのだ。

 自分が持っていても大して使わないし、世話になったアリスと、ついでにミリアにそろそろお返ししてやるのもいいだろう。


「怪しいこと、してないですよね」


 ミリアがじと目で見つめてきた。


「してないって。まあ普段のお返しだと思って」

「ほんと!? ありがとう!」

「ありがとう、ございます!」


 それぞれブレスレットとペンダントを身に付けたアリスとミリアは、心底嬉しそうな顔で俺に披露してきた。


「どうかな」「どう、ですか」

「うん。二人とも、よく似合うじゃないか」

「そうよね! 嬉しいな」

「えへへ」


 しきりに手をかざすアリスと、大事そうにペンダントを抱きしめるミリア。

 そこまで喜んでもらえると、買った甲斐があるというものだ。

 そのとき。

 アリスがこちらを見て、何か微笑ましいものを見るように目元を和らげた。


「やっぱり笑ったら可愛いわよ。あなた」

「ほんとですね」


 あれ。


「今、笑ってたか?」

「普通に笑ってたわよ。ね」

「はい。笑ってました」

「そ、そうか」


 急に恥ずかしくなってきた俺は、顔を背けた。


「よし。そろそろ帰るぞ。日も暮れるし」

「あ、誤魔化した!」

「こっち向いて下さい」

「うるさいっ! 帰るぞ」


 最近は、時々楽しいと感じてしまっているような気がする。

 親友を失ってから、地球にいた時は決して感じることのなかった感情だ。

 この世界の人たちは、温かい。俺なんかには勿体ないほどに。

 本当はもっと避けるべきだったのに。遠慮せずに近寄って来るものだから。

 だからいけないんだ。知らないうちに影響を受けてしまったのかもしれない。


 ――もうただの知り合いとは、言えないかもしれないな。

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