32「決戦のサークリス」
奴は腕の周りを見えないエネルギーか何かで固めて攻撃を防いでいるようだ。
構わず、二撃、三撃、四撃と怒涛の勢いで剣を叩き込む。その度、奴は腕を使わされていた。
動きが格段に上がっている。奴に立ち向かうことができる。改めてその手応えを感じた。
さすがに驚きを隠せない様子で、奴が口を開く。
「小僧、さっきとはまるで別人じゃないか。何が貴様を――」
手の内は答えない。
勝機があるとすれば「そこ」に賭けるしかない。
とにかく怒りのままに剣を振るった。
敵も黙って受けるばかりではない。神速の蹴りが飛び出す。
二度食らい、二度とも一撃でくたばったそれに対し。
今度は反応が間に合った。
腕を交差させ、真正面から受け止める。
芯まで響く衝撃を受け、奴より二回りも小さな自分の身体は、容易く弾き飛ばされた。
石造りの建物をいくつも突き破る。
あまり痛くはない。
既にこのレベルでは、硬い壁もさしたる障害物にはならないらしい。
そのままでは町の外にまで弾かれてしまうので、重力魔法を使って勢いを軽減する。
『出て来い。この程度でくたばったわけじゃあるまい』
鬱陶しい念話だ。言われなくても出て来てやる。
すぐに跳ね起きた俺は、加速魔法で一気に相手の目前まで飛び込む。
右手をがら空きの胴に押し込む。人体破壊を狙って。
《気断掌》
「ぬうっ!」
奴も迎え撃つ。気合いを発して、右手を合わせた。
俺の右手に込めた破壊のエネルギーは、主導権を失い、あらぬ方向へと反れる。
彼方の時計塔に直撃し――サークリスの名物は、粉微塵になって消し飛んだ。
やはり厄介だ。【支配】の力は。
だがこれでいい。
気剣をしまい、至近距離での殴り合いを挑む。そうすることで「手数が増える」。
奴は相変わらず【支配】を使って攻撃を行い、俺の攻撃を容易く反らし、逆にダメージを跳ね返してくる。
その度に俺は傷付き、奴にダメージはない。
まだまだ相手には余裕がある。俺は致命傷を避けるだけで精一杯だ。
だがこれでいいのだ。
俺は奴の能力の使い方、手法を瞬時に次から次へと取り入れていった。
次の一撃では、それを生かしていく。同じ手は二度と通じない。
奴が俺より上だという自負がある限り。俺を見下そうとする限り。
新しい力を積極的に使ってくる。刻一刻と成長を続ける俺に優位に立つためには、使わざるを得ない。いたちごっこだ。
だが奴の力は無限ではない。いずれは終わるのが道理だった。
ヴィッターヴァイツは、まさか自分の力をそのまま利用されているとは思わなかっただろう。
顔から余裕が消えていく。
やがて、たまらないといった様子で声を荒げた。
「こいつ、間違いない。戦いの中で急速に成長している!」
ついにこちらの拳が頬を掠める。
奴ははっと目を見開き、俺を睨んだ。
「まさか小僧、貴様……」
《時空の支配者》
!
世界が制止する。
音も。風も。粉々になって舞い落ちていた時計塔の塵も。すべてが気配を消した。
そして動けるのは奴と――俺だけだった。
冷静に距離を取り、再び剣を抜いた俺に向かって。
奴は皮肉を込めて嗤う。
「そうか。やはり動けるか」
いい加減気付いただろう。
もう十分だ。俺は奴に告げた。
「お前は見せ過ぎた」
最初。俺を殺すだけなら、蹴りの一撃で十分だった。
だがお前は調子に乗って、必要のないことまで散々プレゼントしてくれた。
軍隊と龍による大規模攻撃。核兵器に匹敵するほどの爆発。
二度目の「少し本気を出した」蹴り。
お前自身の能力と、俺の能力に関するヒント。
お前の下らない最低の余興というやつが。そのすべてが。
お前の攻撃を受け止めるに足る実力を、つまりは成長するに耐えるだけの実力を身に付けさせた。
もうお前は俺を遊びの駒にはできない。戦いが長引けば長引くほど、俺はどんどん強くなる。
やっとだ。追いついたぞ。
「くっくっく。はっはっははははははははははははははは!」
突如、ヴィッターヴァイツが狂ったように高笑いを上げる。
あまりに心底可笑しそうに笑うものだから、俺はますますぶち切れてしまった。
「何が可笑しい」
「いい! いいぞお! オレはずっと退屈してたんだ!」
この男には。楽しいかそうでないかしか価値判断基準がないのか。
ただそれだけのために、どれほどの者が。みんなが。
「面白いじゃないか。オレが貴様を殺し切るか。貴様がオレを乗り越えるか。そういう勝負なのだろう? くっくっく。面白い!」
そうだ。わかっているじゃないか。
それこそがこの勝負の本質だ。
「このオレに逃げはない。出し惜しみはなしだ。全力で相手してやろう!」
俺もだ。全力のお前を叩き潰す。その腐ったプライドをへし折ってくれる。
たかが小僧に負けるんだ。屈辱に塗れて死ね。
奴が手をかざすと、大気の構成に異変が生じ始めた。
急に息苦しくなって。酸素か。
俺は直ちに口を閉ざした。
『咄嗟に息を止めたか。賢明なことだ』
すぐに同じ技を返すと、大気は元に戻った。
「もはや小手先は通じぬようだな」
奴が指をパチンと鳴らすと、世界は動き出す。
ヴィッターヴァイツが駆ける。俺も同時に駆け出した。
中央で激突する。
互いに打ち消し合うだけのフェバルの能力は、もう使わない。
激しい肉弾戦の様相を呈していた。
一進一退の壮絶な攻防が続く。
一撃一撃が地を割り、天を轟かせた。
サークリスは、どこが無事かもわからないほど滅茶苦茶になっている。
瓦礫に埋もれた市民街。更地と化した貴族街。
もはや誰の悲鳴すらも耳に届かない。
ヴィッターヴァイツの一撃が、俺の脇腹を抉る。
同時に剣の一撃が、奴の肩を切り裂く。
「ふはは! いいぞ! これだ! 戦いというのは、こうでなくては面白くない!」
黙れ。
俺はお前を楽しませるために戦っているんじゃない。
誰が生きて、誰が死ぬか。
まるで俺たちが神だった。すべては攻撃がどこに飛ぶかで決まる。
心が痛まないわけではない。
だがこいつをここで殺さねば。
被害はこれでは済まない。世界中が蹂躙される。
何より、こいつを殺さねば気が済まない。
だから俺はこいつを殺す。
何を犠牲にしても。そう決めたのだ。
「くたばれ。ヴィッターヴァイツ」
気剣を構え、最速の突きを繰り出した。
ヴィッターヴァイツも応じ、でかい図体から正拳突きを繰り出す。
剣閃と拳による衝撃波が、真っ向からぶつかり合い。
瞬間、エネルギー以外の一切の情報を掻き消して。
俺たちは、同時に吹き飛んでいた。
何が起こったかわからない。どうにか前を見る。
ヴィッターヴァイツの腹から、大量の血が溢れている。
「まさかこのオレが、ここまで追い詰められる日が来るとはな。それも、取るに足らないと思っていた小僧にだ」
息も絶え絶えの奴は、愉しげな笑みを浮かべている。
俺は――。
俺の腹にも――風穴が空いていた。
大きな穴だ。助からないかもしれない。
認識したと同時、吐血する。
身体中のものをすべてまき散らしていると錯覚するほどの勢いで、真紅の液体が噴き出す。
頭がふらふらする。意識が遠のく。
あと少し。あと少しなんだ。
あと少しでこいつを上回る。勝てる。
俺は執念で立ち上がり、正面の敵を睨み付けた。
気剣を維持する余裕がない。拳を構え直す。
「来いよ。次はもう勝てないぞ」
「くっく。かもしれんな」
ヴィッターヴァイツは、やけにあっさりと認めた。
「まいったよ。このオレを超えようとする者が現れるとは」
なぜ。違和感しかなかった。
お前はそんな奴じゃないはずだ。
「だが強さと勝敗は別だ。そうは思わないか」
ほくそ笑んだ奴が、背後に視線を向ける。
そこには――。
どうして。
なぜそこにいる。なぜ気付けなかった。
肩を震わせて俺たち二人を見つめる、アリスがいた。
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