33「アリスの叫び、そして」
「あなたたち……何やってるの?」
彼女が露わにする感情は、戸惑いと恐怖と。
明確な怒りだった。
その表情にはっとさせられる。心臓を掴まれたようだった。
戦いに向けて押し殺していたはずの感情が。閉ざしていたはずの心が。
途端に動き出す。
アリスは肩を震わせながらも、毅然と。悲痛な声で叫ぶ。
「何やってるって言ってるのよ! 町が……こんな……っ! 全部滅茶苦茶じゃない!」
我に返る。
あれだけ覚悟していたのに。
心の鍵は崩れ落ちた。急に自分が怖くなってきた。
周りに少し目を向ければ。一目瞭然だ。
サークリスという町は……もうそこになかった。
守りたかったものは既にそこになかった。
そうまでして戦い。あらゆる方位に死と破壊をまき散らし。
これがすべて、俺たちのやったことで。これを俺は、平然と受け止めて。
「みんな、みんな死んだわ! 学校の友達も、アルーンも、おばさんも……ミリアも! ううっ……!」
頭をガツンと殴られたような衝撃だった。
ミリア……。
胸が締め付けられる。
どうして。逃げろと言ったのに。間に合わなかったのか。
最期の言葉さえ交わせなかった。こんなにもあっけなく。
そんなことがあっていいのか。
アリスは目に涙を溜めて、ヴィッターヴァイツを睨み付けた。
「あなた、何がしたいのよ! あたしに返してよ! みんなを返してよ! 返せッ!」
そして、俺に向き直る。
今にも溢れ出しそうな切ない表情に、俺は心底狼狽えた。
「ア……アリス……」
からからに乾いた声しか出てこない。
アリスは弱々しい声で、俺をなじる。
「ねえ。どうして。どうしてこんなことになったの。どうしてこんなことにならなくちゃいけなかったの?」
「う、あ……」
「教えてよ。教えてよ、ユウ……!」
とうとう堪え切れなくなったのだろう。
彼女はぽろぽろと大粒の涙を流し始めた。
ああ。なぜ君はこんなにも。俺の心を揺さぶるのか。
いつも君は。真っ直ぐ入り込んでくるから。
ダメだよ。君にそんな顔をされたら。
俺は……。
揺らぐ心とは裏腹に、だが俺の口は必要な言葉を紡ぎ出していた。
「アリス。こんなところにいちゃダメだ」
「ううっ……!」
「アリス! 逃げるんだ!」
すっかり気を取られてしまった隙を、奴が逃すはずがなかった。
「情に揺らぐ――それが貴様の致命的な弱点だ」
気が付くと、目の前に――。
勝ち誇った顔で、繰り出された拳は。
俺の身体に開いた傷口にめり込んでいた。
あまりの激痛に、絶叫を上げずにはいられなかった。
「うあ゛あ゛ああああああーーーーっ!」
「ユウ……!」
一瞬遅れて事態に気付いたアリスは、居ても立っても居られず、こちらに駆け寄ろうとしてくる。
ヴィッターヴァイツは、嗤っていた。
ダメだ。このままじゃ。
もう、君しかいないんだ。
俺はありったけの声で叫んでいた。
「アリスーーーーッ! 来るな! こっちへ来るなあーーーーっ!」
この身の痛みなどどうでもいい。アリスが!
「ヴィッターヴァイツッ! やめろおおおおおおおーーーっ!」
「何度も言った。オレが聞くと思うか?」
「うおおおおおおおおおおーーーーっ!」
必死に手を伸ばす。ヴィッターヴァイツが手をかざす。
こんなにも救いたいのに。どうして。
届かない。
俺の目の前で。
アリスの身体は、急速に変質を始めた。
「え、なに……? 急に身体が……?」
「あ……あ……」
「くっくっく。ははははははははははは!」
ヴィッターヴァイツが高笑いを上げる。
うっすらと体表から光を放ち始めたアリスは、急激なエネルギーの膨張に驚き戸惑っていた。
「なんか、変だよ。身体が、あつい……!」
「ア、リ、ス……」
そんな。
あ、ああ。
もう、助からない。
アリス。
「ユウ……!」
「少々時間はかかるがな。魔力だけではない。この女の『全要素』をエネルギーへと転ずる。規模は人間爆弾の比ではないぞ」
みんな。お前が。
「それ、どういう……!?」
「この大陸を跡形もなく消し飛ばすに足るエネルギーだ」
俺が。
もう、誰も。
「なるほど貴様はいずれオレに勝てたかもしれない。だがこれが結果だ! 貴様の守りたかったものは何一つ守れない! この女も! この世界も! すべてな!」
「いやあああっ! からだが、へんなのっ! あついよ! こわい! たすけて!」
――よくも。
「その顔が見たかったのだ。久々に楽しめたぞ。ユウ」
よくも。
「う、うううううううううううううううううううううううううううううううううっ!」
「あ?」
よくも。よくも。よくも。よくも。よくも。よくも。よくも。よくも。よくも。よくも。よくも。よくも。よくも。よくも。よくも。よくも。よくも。よくも。よくも。よくも。よくも。よくも。よくも。よくも。よくも。よくも。よくも。よくも。よくも。よくも。よくも。よくも。よくも。よくも。よくも。よくも。よくも。
みんなを。
――ああ。そうか。
ようやくわかった。
こんなにも――単純なことだったのか。
この感情に、身を委ねれば。
「ユ、ウ……?」
――頭のもやが、すっきりと晴れ上がっていくような気分だった。
「なんだ。その変化は」
ヴィッターヴァイツの顔から、笑みが消えた。
ゆらりと立ち上がった俺は、奴を睨み付ける。
「黒いオーラだと……!?」
黒。
全身を包み込む力は。『心の世界』と同じ闇を湛える。
孤独の色。絶望の色。憎悪の色。そして。
そうだ。この世で最も暗く強い感情。
殺意。
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