2「リルナ、尋問を受ける」
気絶したリルナを抱えたまま、遥か雲の上まで上昇していく。
下の方で何やらサイレンのような音がしていたが、やがて聞こえなくなった。
これで邪魔者はいない。
見下ろせば、先ほどまでいた街の全景が一望できた。
周囲を円形の金属壁に囲まれて、同心円状に道や建物が広がっている。
中々よく計画された大都市のようだ。それに随分文明が進んでいるな。
中央部には、大きなドーム型の建物と、その近くに一際高い双塔が建っているのが目に付いた。
この二つが、他と比べても明らかに突出して浮いている。重要な施設なのだろうか。
下を見るのは止めて、俺に力なく身を預ける女に目を向けた。
人形のように血の気のない顔を見つめ、腹を貫いた穴を背中側から観察する。
派手に空けてしまったからな。このままでは二度と目を覚まさないかもしれない。
面倒だが、少し修理してやるとするか。
頭に手をのせて、解析魔法をかける。
細かいテクノロジーのことは知らないが、どこのパーツがどういう役割を果たしているのかはこれで大体の見当が付く。
メインAI、加速装置、バリア発生装置、光刃武装、重力制御装置――。
色々あるんだな。
おおよそわかった。後は戻してやるだけだ。
時空魔法を利用して壊れた部分の時間を戻し、修復した。
さらに再解析にかけて、不具合がないかチェックする。
ん、この部分は――。
穴の埋まった腹部を調べているとき、気が付いた。
胸の辺りにある小さなパーツ。これがメインAIに良からぬ作用を与えている。
憎しみ、怒り。そうした負の感情を刺激し、増幅しているようだ。
なぜこんなものがあるかはわからないが……。
初対面の俺に異様な憎しみの目を向けてきたのは、こいつが原因かもしれないな。
話し合いになれば面倒だ。壊しておこう。
ついでに重力制御装置も壊しておくか。宙で逃げようと試みられても面白くない。
よし。これで身体の修復は万全だ。頬を軽く叩いてやれば起きるだろう。
***
ん……。
何かに抱かれている。
手が。柔らかい、手。
ここは……?
な――!
目の前を見たとき、そこには敵対していた男がいた。
そして思い出す。
この男に、無残にも敗れ去ったことを!
「気が付いたか」
「お前は……!」
身体がすぐに拒否反応を示した。
彼から離れようとして、必死にもがく。
しかし掴む腕の力が強過ぎて、まるで身動きが取れない。
男は不機嫌に顔をしかめて、冷たい声で告げた。
「おっと。暴れるんじゃないぞ。下を見てみろよ」
言われるがまま下を見ると――なんということだ!
空!? ヒュミテが、空に浮いているというのか!?
雲が見える。この高さは――!
「今のお前は重力制御ができない。俺がそうした。ここで手を離せば、どうなるかな」
「……要件は、何だ」
わたしは彼の言葉から、すぐに彼の求める台詞を紡ぎ出した。
今こうして生かされているということは、まだわたしに利用価値があるということだ。
悔しいが、この男には勝てる気がしない。今は素直に従うしかない。
「利口だな。なに。大人しくしていれば、悪いようにはしないさ」
一転して、囁くような甘い口調で頭を撫でられる。
人を篭絡するための言葉遣いだ。
やり方が狡いな。手慣れている。
「それにどうやら。先ほどの失礼な真似も、お前自身の意志ではないようだったからな」
わたし自身の意志では、ない? 斬りかかったことか?
すると彼は。
わたしの顔を引き上げて、じっと目を合わせてきた。
ああ。怖い。恐ろしい。
不覚にも、そう思ってしまった。
本能が彼を拒絶する。心の震えが止まらない。
最初に対峙していたときは、気付かなかったが。
彼の瞳に、一切の光はなかった。
深淵の闇で塗り潰したような。すべてに絶望したような。
まるで人のものとは思えない化け物の目をしている。
なんと暗く、哀しい目をしているものか。この男は。
「どうだ。俺が憎いか?」
怖い。素直にそう言いたくなった。
し、しかしだ。ここでそんな弱音を吐き出しては、こいつに舐められてしまう。
そうなれば。この後どのような話があれ、不利に働いてしまうだろう。
それだけは! 戦士として、何としても避けなければ……!
わたしは弱みを見せないよう、自分へ懸命に言い聞かせた。
そんな様子をも見透かしているのか、彼はつまらなさそうに溜息を吐く。
だが言われてみれば。確かに妙だ。
あれほど抱いていた、この男への憎しみが。
いや。ヒュミテへの憎しみが。綺麗に消え去っていた。
どうしてあんなに憎んでいたのか、自分でも不思議に思うほどに。
「憎くは、ない。不思議だ……」
「やはりか」
男は氷のような表情を変えず、目の前に小さな部品を差し出した。
「お前の胸の内に取り付けられていたものだ。憎しみ、怒り。そうした負の感情を増幅する効果がある」
「それは……! CPDではないか!」
「CPDというのか。どういうものだ」
まさか。こいつは。
わたしたちアドゥラ――大人ならば、全員に付属することを百機議会より義務付けられている運動機能補助装置のはずだぞ。
そんな忌まわしい効果があるなんて……!
わたしは、聞いていないぞ! どういうことだ……!?
「待て。頼む。待ってくれ」
「どうした。話せないのか」
「い、いや。違う。わたしも、突然のことで混乱しているんだ……」
激しい動揺と戦いながら、何とか頼みの言葉を紡ぎ出す。
「お願いだ。少しだけ、待ってくれ」
「……いいだろう。落ち着くまで待ってやる」
わずかな時間を頂いたわたしは。
呼吸を整えつつ、懸命に考えを整理した。
ということはだ。ということはだ!
わたしがそうであるように。
皆がヒュミテを憎むようになったのは、自然のことではないのか!?
CPDを植え付けられたのは、最初のメンテナンスのときだ。
プラトーがわたしに勧めたのだ。
目覚めたばかりで右も左もわからなかったわたしは、彼の提案に素直に従った。
そうだ。あれからだ。
あれから、わたしはヒュミテを憎むようになったのだ。
どうして忘れていたのだろう。
名も知らぬ製作者より与えられたわたしの使命は、ナトゥラを守ること。ヒュミテを殺すことではない。
いつの間にか、すり替えられてしまっていた……!
プラトー。
お前は、わたしを騙していたのか……? 信じていたのに……。
くっ。何ということだ。
わたしは、この手で罪もないかもしれないヒュミテを……。
自責の念が溢れてくる。ひどく胸が締め付けられるようだった。
だがしかし。今は自分を責めて感傷に浸っている場合ではない。
この状況だ。何とかしなければ。
話すか? 洗いざらい話してしまうか?
いや。しかし。
この男を、信用して良いのか?
何か嫌な予感がする。
とんでもないことをしでかしてくれそうな。そんな確信に近い予感。
この男は、ただ者ではない。
そう。まるで異物だ。
ただのヒュミテではない、何か。恐ろしい何か。
だが、話さないという選択は取れない。
既にこの身は彼の手にある。わたしはもう詰みだ。
この男は、わたしの鉄壁の防御である《ディートレス》すらも容易く貫通してみせた。
あれほどの傷にも関わらず、今は綺麗に埋められている。
間違いなくこの男が直したのだろう。
つまりわたしは、自らの死すらも自由に選べない。
嘘も言うべきではないな。この瞳の前では、すべてを見抜かれるような気がする。
一度機嫌を損ねたが最後、何をされるかわかったものではない。
はは。このわたしが。
驕るつもりはないが、仮にも最強のナトゥラと呼ばれたこのわたしが。
赤子以下の扱いではないか。
――仕方ない。話そう。
わたしは、覚悟を決めた。
「もう、大丈夫だ。少しばかり拘束を緩めてくれないか。きつくてな」
「……わかった。信じるぞ」
男は素直に抱き締める腕を緩めてくれた。
言う通り従っていれば、本当に何もしないのかもしれない。
***
わたしは、この星の歴史から文化から何から何まで、問われるままにどんどん答えていった。
常識的なこともまったく知らない様子だった。
まるでこの星の人間ではない者と話をしているようだった。実際そうなのかもしれない。
理性ではあり得ないと思いながらも、わたしはそう感じていた。
よくよく話すうち、あれほど抱いていた恐怖は不思議と和らいでいった。
それどころか。
なぜだろう。会ったのはこれが初めてのはずなのに。
わたしはこの男に、奇妙な親近感を覚えていた。懐かしさにも似た何か。
そうだ。この男は――寂しいのだ。
独りだったあのときのわたしを思い起させる。
プラトーに起こされる前。狭い鉄の棺の中で、果てしない戦乱の悪夢を見ていたあの頃のわたしに。
同じなのだ。
どうしてだろう。悲しくなった。
どうしようもなく悲しくて。ふと彼の頬に、手が伸びかけて――。
「どうした。続きを話せ」
わたしを真っ直ぐ見据える瞳が、ほんのわずかだけ揺れたような気がした。
「いや。お前は……その、辛そうだな……」
「……そんなことはない。知った風な口を利くな」
「いいや。お前の心、ずっと泣きそうじゃないか」
何を。
わ、わたしは何を言っているんだ。
初対面だぞ。敵かもしれないのだぞ。なぜ。
だが、余計な口は止まらない。
「わたしもな――」
「黙れ」
「……っ!」
鋭い怒声が入った。
こちらを見つめる瞳に、暗い憎しみが揺らめいている。
わたしは怯んで、身を竦めてしまった。
「お前に何がわかるんだ。赤の他人の癖に、彼女面か?」
「……ああ。そうか……そうだったな。すまない……」
「下らないことを口走るな。殺すぞ」
ああ。わかった。
どうしようもなく、わかってしまった。
わたしにこの男は救えない。
あまりにも――あまりにも、闇が深過ぎる。
それができるのは、このわたしではない。
きっと別の誰か。
それからはもう、余計なことは考えなかった。
粛々と要求のまま、言葉を続けていった。
話の流れで知ったのだが。
この男、名前をユウというらしい。聞いたことのない名だ。
「なるほど。つまり、その百機議会とやらこそが。俺にあんな真似をしでかしてくれた諸悪の根源かもしれないと」
「わからない。だが可能性は高いと思う。だとして、どうする?」
わたしの中でも疑惑は高まっていた。
これから無事に帰れたなら直談判しようと、密かに決意を固めていた。
百機議会がシロなら良し。クロならば――この手で。
ユウも彼なりの結論を出す。
「正直、ナトゥラだのヒュミテだのはどうでもいいが。人の心を弄ぶやり方は気に食わないな。それに」
彼には、静かに怒りが煮え漲っているように見えた。
「俺に喧嘩を売っておいて。ただで済むとでも」
そう言うと。
ユウはあくまでわたしのことは右手でしっかり掴んだまま。
左手を背後にかざした。
そして――。
眼下には、信じられない光景が飛び込んできた。
は!? なっ……はあっ!?
中央管理塔が――中央政府本部が――!
我が都市の粋を極めた双塔に、遠目からでもはっきりとわかる大爆発が起こって。
折れたのだ。
真ん中から、枝がへし折れるように。ぽっきりと。
それだけではない。
倒壊と同時に発生した大量のがれき。
それらがまるで計算されたように、都市の中枢へと吸い込まれていく。
落ちていく先には、当然――。
ああ! そっちは……!
巨大なドーム型の心臓部。
中央工場と、中央処理場を――。
一撃の下に叩き潰した。慈悲はない。
一網打尽だった。ものの一瞬の出来事である。
わたしは目を疑った。信じられなかった。
あ、あ……!
ディースナトゥラの、象徴が……! 最大権力が……!
そんな、馬鹿な……!
「おまっ、お前……! なんてことを……っ!」
「これでよし。手っ取り早く片付いただろ?」
このときユウは初めて、わたしに無邪気な得意顔を見せた。
わたしは否応なしに理解した。
この男。やばい。やば過ぎる!
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