人工生命の星『エルンティア』

1「ユウ、人工生命の星に降り立つ」

 俺は淡く白い光があちこちにふわふわと浮かぶ星の海のような場所、星脈を流されて次の世界に向かっていた。

 サークリスを離れてから約四年。俺は21歳になっていた。

 あれから二つの世界、「ミシュラバム」と「イスキラ」という所で過ごした。

 特にどうということもない世界だったが。

 残念ながらアルに関する情報を得ることはできなかった。

 次の世界が近づくと、元の宇宙空間に出た。

 遥か彼方より、徐々に星が迫ってくる。鼠色の星だ。

 宇宙から眺めたその星の大気は、地表の様子がまったくわからないほどひどく濁っているのが一目でわかった。外から見る限り、あまり綺麗な星ではなさそうだ。

 やがて地表がぐんと近づいたかと思うと、間もなく俺は肉体を伴って地に降り立っていた。



 ***



 すぐに辺りを見回したところ、どうやら都市の真ん中のようだった。

 足元は金属プレートのようなもので覆われており、至る所に立派な高層ビルがあった。

 全体として白銀色を基調とした明るく華々しい雰囲気で、やたらメカメカしい印象を受ける。

 上を見れば、車らしきものや一人乗りのバイクのようなものなど、たくさんの乗り物が当然のように宙に浮いて走っていた。

 一目見ただけでも明らかだった。どうやらここは、非常に文明が進んでいるようだ。

 まるで未来の世界だな。


 そんな風に暢気に考えていると、周りは波を立てたようにざわめいていた。

 ここは大都市のど真ん中だ。当然辺りには、見渡す限りの人々がいる。

 彼らは突然現れた俺という存在に、すっかり目を丸くしていた。

 どうしたものか。

 考えを巡らせていると、近くにいた女性が突然叫び出した。


「ヒュミテよ! ヒュミテが現れたわ!」

「ヒュミテが出たぞー!」


 一人の男が警戒を呼びかける声をきっかけに、彼らは蜘蛛の子を散らすように俺から離れていく。

 じきに俺を中心に大きな人の輪ができて、俺はその真ん中に一人だけ取り残されてしまった。

 周りの人たちは、こちらの動向を伺っているようだった。

 まるで敵でも見るかのような目で俺のことを睨む者、恐れ慄くような素振りを見せる者、野次馬気分で眺めているように思われる者。

 反応は実に様々だったが、好意的な感情は何一つ感じられない。

 もちろんそんな悪感情を向けられることに、まったくもって心当たりはない。

 が、どうも俺は恐ろしく見えるらしいからな。こんな目を向けられることには慣れていた。

 そのとき、あちこちでサイレンが鳴り響いた。

 明らかな警戒音が、辺り一帯に轟く。

 さらには女性の声で、緊急音声までかかり始めた。


『ヒュミテが第三街区五番地に現れました。近隣の住民は十分に警戒して下さい。繰り返します。ヒュミテが第三――』


 嫌な予感がする。

 もしや、厄介事に巻き込まれてしまったのではないか。

 やがて、放送とは別のサイレン音が近付いてくる。数台の車が空を走ってこちらにきた。

 俺のほぼ真上のところで、それらはぴたりと止まる。

 水平位置はそのままに、車は俺の前に急降下してくる。

 地面に着くと、一斉にドアが開き。

 黒い制服を着た人たちがわらわらと降りてきた。合わせて二十人ほどだ。

「ディークランだ!」と、人々から歓迎の声が上がる。

 彼らの中から一人だけ、身分の高そうな男が一歩進み出た。

 そして、俺に声をかけてきた。

 彼の表情は、明らかにこちらを歓迎していない。


「ヒュミテだな。貴様、一体どうやってこんなところまで気付かれずに入り込んだ」


 重みのある声からも、非常に警戒していることが伝わってくる。

 どうやら間違いない。さっきから言われているヒュミテとは、まず俺のことだろう。

 ヒュミテなんてものはもちろん知らないが、どうもそいつと勘違いされてしまっているようだ。

 だからどうしたというのか。俺には関係のないことだ。


「俺はヒュミテとかいうやつじゃない。気付いたらここにいた。迷惑だったなら詫びよう。どこか別の場所へ行く」


 すると彼は、鼻で笑ってきた。

 まるで俺のことを見下し、馬鹿にするかのように。


「ヒュミテではないだと。馬鹿を言え。それにどこへ行くというんだ。ヒュミテの不法侵入は、死罪だ」


 あまり予想もしなかったことを言われ、俺は少し驚いた。

 死罪とは。物騒な。

 彼が右手を上げると、他の人たちは一斉に銃のようなものを構えた。

 いや、まさしく銃か。

 明確な敵意を向けられて、俺の中で静かに殺気が強まっていくのを感じた。


「そいつを向けるということは。覚悟はできているんだろうな」

「ふん。何の覚悟だって?」

「死ぬ覚悟だ」


 冷たい声で告げると、連中はたじろいだが、


「死ぬのは貴様だ。撃て!」


 合図と同時。

 一斉に引き金が引かれ、だが弾は一発も出なかった。


「お、おい。どうなってる! 撃て! 撃てー!」


 何度も引き金を引くが、弾は出ない。

 当然だ。俺が出ないようにしたのだから。


「なぜだ! なぜ撃てない!」


 指示をした男は、なぜ銃が機能しなくなったのか不思議でならないようだった。

 連中は明らかに狼狽えている。


「ええい! こうなったら! かか――」


 これ以上付き合うのはごめんだ。

 軽く一睨みしてやると。

 ディークランと呼ばれていた連中は、一人残らず見えないものに殴られたように吹っ飛んだ。

 誰も起き上がる者はいない。

 適当に力を込めたから、死んだ奴もいるかもしれないが。それはそれだ。

 フェバルは、普通の奴らと比べると遥かに力を持っている。

 蟻に対する恐竜のようなものだ。蟻を踏み潰さない力加減は難しい。

 やったことは、何のことはない。《気断衝波》の応用だ。

 もうあんな仰々しい溜めをしなくても、睨むだけでその辺の人は吹き飛ばせるし、殺すこともできる。


 人々は戦慄した。

 まるで理解できないものを見るかのような目で、俺を見た。

 それにしても、こいつら……。

 不思議なことに、辺りの人からは一切の気が感じられなかった。

 こんなことは、本来なら絶対にあり得ないことだ。

 普通の生物ならば、必ず大なり小なり気は持っているはずだから。

 それが一切ないということは――。

 もしかすると、こいつらはただの人間ではないのかもしれないな。

 だから普通の人間である俺に対して。異種である俺に対して、敵意を向けていたと。

 そういう筋書きだろうか。

 だとして、どうでもいいことだが。

 俺のすべきことは、この世界でさらに力を付けること。

 そして、アルの手がかりを得ることだ。

 こいつらの機嫌を取ることではない。

 とりあえずどこか目立たない場所へ行くか。その場にいるだけで睨まれたり怯えたりされるのは鬱陶しい。


「道を開けてくれないか」


 それまでの喧騒が嘘のようだ。波を打ったように静まり返っていた。

 みんな俺のことを恐れているのだ。

 静かなのは結構だが、身も固まって動けないでいられるのは邪魔だ。


「通せと言ってるんだ」


 語気を強める。

 観衆はびびり上がって、ぞろぞろと人ごみが割れていった。


 すると、そのときだった。


 俺の目の前を、影が通過していく。

 見上げると、水色の立派なオープンカーが飛来していた。

 誰かが乗っている。女だ。

 彼女は立ち上がると、長い水色の髪を風に靡かせて。

 車を地面に下ろすまでもなく、その場からさっと飛び降りた。


「リルナさんだ!」「あのリルナさんが来た!」「ディーレバッツが来てくれた!」


 口々に歓声が上がる。

 恐怖が支配していた場に、生気が戻る。

 さしずめヒーロー登場か。よほど信頼されている奴のようだ。

 リルナと呼ばれた女性は、地面のごく近くでふわりと浮き上がるように減速し、危なげなく着地した。


「リルナさん、奴を殺して下さい!」

「罪深きヒュミテに死を!」


 彼女は周りの期待する声に、軽く手を上げて応える。


「騒がしいことだ。今日は非番だったのだがな」


 そう言って彼女は、俺を真っ直ぐ見つめてきた。


 透き通るように青い瞳と、滑らかに流れる水色のロングヘア。

 まるで人形のように整った顔だ。

 所々黒や赤の入った、白銀色の金属製コスチュームを身に着けている。


 いかにもメカらしいというか、ロボットらしい奴が来たな。

 そうか。こいつらはもしかすると、よくできたロボットか何かなのかもしれない。

 吹っ飛ばした際の感触が固かったし。

 それにしても、随分雰囲気のきつい奴だ。

 人のことは言えないが。


「お前が例のヒュミテか」

「お前はリルナというのか」


 すると彼女は、あからさまに顔をしかめた。

 その表情は、本当の人間のように自然なものだった。


「ヒュミテが気安くわたしの名前を呼ぶな」

「俺はそのヒュミテとかいうやつじゃないんだが」


 俺にとっては紛れもない真実を言ったのだが、彼女は怪訝に眉をひそめるばかりだ。


「戯言を。わたしにはわかる。お前の生命反応がはっきりと。それこそが、お前がヒュミテである何よりの証」


 なるほど。仮説が強化された。

 ヒュミテは俺のように気力を持っているのか。それで判別していたと。

 彼女はその透き通るような氷の眼で、俺を射抜くように睨みつけてきた。


「ナトゥラを脅かすヒュミテは――殺す」


 死刑宣告を言い終えたとき、彼女は目の前から忽然と姿を消した。


 消えた。瞬間移動か。


 ――後ろ。


 心の力は、彼女の殺意をありありと捉えていた。

 現れた瞬間を狙って振り向き、左拳の突きを放つ。


 ズドンッ!


 重たい衝撃音が響いた。


「あ……が……あ……」


 彼女の腹部に、俺の拳が深々と突き刺さっていた。

 金属鎧の兵装を貫いて、背中まで拳は貫通している。

 拳を進める途中、一瞬何か青色のバリアのようなものが押し返そうと抵抗してきたが。

 そんなものは防御のうちに入らない。

 彼女は何かを言おうとして口を開き、しかし声にならなかった。

 そのまま気を失って、ぐったりと俺に身を預ける。

 ……ロボットでも気を失うんだな。


「リルナさんが、負けた……?」

「嘘だろ……」

「あんなに、簡単に……」


 観衆にとっては、あまりに衝撃的なことだったのだろう。

 再び、波を打ったように静まり。わなわなと狼狽えて――。

 そして、次に待っていたのはパニックだった。

 悲鳴に近い声を上げながら、我先にと逃げ出していく。

 やれやれ。最初から面倒なことだ。こんなに不機嫌になる歓迎もそうそうないな。


 彼女の腹からゆっくりと拳を引き抜く。オイル塗れだ。

 へえ。血の色をしているのか。

 水魔法で簡単に洗浄する。

 拳の支えを失って、自然と肩にもたれかかるリルナとやらの顔を見つめた。

 さて、こいつをどうしようか。その辺に放り捨てても良いが。

 さすがロボットだ。腹に大きな穴が開いて、人間なら即死んでいるところだが。

 これでもまだ辛うじて生きている。

 喋っているときは態度のきつい奴だったが。

 いざ気を失ってみると……中々可愛いじゃないか。


 ――不思議だ。俺がこんなことを思うなんて。


 ここしばらく忘れていた感情だ。


 まだ不思議なことがある。

 こいつ、ロボットなのに身体が柔らかい。肌の感触も胸の感触も、まるで本物の人間のようだ。

 この世界のロボットは、みんなそうなのだろうか。

 それと。周りの反応から察するに、どうもこいつはそれなりに偉い奴のようだ。

 もしかすると、色々とこの世界のことを知っているかもしれないな。

 どうせ後で調べることだ。この女から聞き出してみるか。


 俺はリルナを肩に乗せると、飛行魔法で空高く飛び上がった。

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