エピローグ「黒の旅人」

 とある世界の荒野。

 まだ顔にどこかあどけなさを残した少年が、血塗れの大男を万力で吊し上げていた。


「ヴィッターヴァイツ」


 返事はない。

 目と喉を潰されて、さらに全身をめった打ちにされていた。


「聞こえてはいるんだろう。今から処刑を始めてやる」


 ユウは手始めに、抜き手で彼の心臓を貫く。

 大男の手足がびくんびくんと小さく跳ねて、彼は絶命した。


 次に五体満足で意識を取り戻したヴィッターヴァイツは、ほくそ笑んだ。

 死ねば別世界で生き返るのが、フェバルの運命。

 あの小僧が何度オレを見つけて殺しに来ようと。こうやって「逃げれば」良いのだ。

 もちろんやられてばかりでは気が済まない。いつかはあの小僧をまたひどい目に遭わせてやろう。


 だが――おかしい。


 そこで彼は異変に気付く。

 ここは先ほどまでいた場所ではないのか。

 そのことを認識した瞬間、彼の胸から気剣が飛び出していた。

 吐血する。

 驚愕のまま背後に首を回すと、気剣を握るユウが立っていた。

 激しく動揺するヴィッターヴァイツに、ユウは冷たい声で耳打ちする。


「お前。自分の言ったことは覚えているよな」


 無論、覚えていた。

 あのとき。負け惜しみの台詞を吐いたことを。

 彼は後悔し始めていた。


「フェバルは、普通に殺しても死なないからな」


 ギリギリと力を込めて、ゆっくりと内臓を斬り裂いていく。


「うぎゃあああああああああああ!」

「お前を『殺す』方法を考えたんだ」


 やがて剣は心臓に達し、ヴィッターヴァイツは再び息絶えた。


 ヴィッターヴァイツは混乱していた。

 自分は死んだはずではなかったのか。今度こそ間違いなく。

 なのになぜ。

 なぜこの男が、目の前にいる――!

 ユウは手をかざして、とある技を発動させる。

 実は既に使っていたのであるが、あえてこれ見よがしに宣言してやる。


「《|時空の支配者(スペース・タイム・ルーラー)》」

「なっ……う、動けん……!」


 ヴィッターヴァイツは、ぴくりとも身動きが取れなくなってしまった。

 彼が動こうと必死に足掻く様子を眺めて、ユウはにやりとする。


「自分の技にやられる気分はどうだ。もっとも、この技は昇華され、もはや俺のオリジナルと言っても過言ではないが」

「あり得ん……! そんな、馬鹿な……!」


 ヴィッターヴァイツの《時空の支配者》は。

 約十分間もの間、時間を止めることのできる強力無比な技だった。

 それをユウはさらに進化させ。

 時間逆行、時間消去、空間操作など、様々な特殊効果を追加したのである。

 つまり。

 何度でも時を巻き戻して。何度でも殺すことが可能だった。


「まあ動けない敵をいたぶっても面白くない」


 ユウが力を抜くと、ヴィッターヴァイツの身に自由が戻る。


「かかって来いよ。格の違いを教えてやる」


 完全な意趣返しだった。

 ヴィッターヴァイツの頭に血が上る。

 彼は手をかざし、その辺りのものを爆弾に変えようとして――できなかった。


「前に言ったはずだ。お前は何も【支配】できない」


 ヴィッターヴァイツの全身は、わなわなと震え出した。

 苦し紛れに光弾を雨あられと放つ。

 しかしそれらはすべて、ユウの身体に当たる前に弾けて消えた。

 何も通用しない。同じフェバルとは思えなかった。

 竦み上がる彼に、一歩ずつゆっくりと。

 ユウは恐怖を存分に味わわせるよう、確実に距離を詰めていく。

 その瞳に一切の光はなく。ただ揺るぎない殺意に満ちていた。


「うわあああああああああああああああーーーーーーーっ!」


 らしくもなく。情けない悲鳴を上げ、大男が空を飛んで逃げていく。

 もちろんユウは逃がさない。

 彼の遥か上のスピードで先回りし、手刀で豪快に首を刎ねた。

 上下に分かれた彼の肉体から、鮮血が舞い散る。

 まだわずかに意識の残るヴィッターヴァイツの首ねっこを掴み、魔法で創り出した岩へ串刺しにした。


 五体満足のヴィッターヴァイツは、意識を取り戻した。


「おごおっ!」


 次の瞬間、彼の腹にユウの重い拳がめり込んでいた。

 休む間もなく、連撃の拳が舞う。

 彼の身体に二目と見られない傷と痣を作り出していく。

 最後は《爆光拳》を叩き込んでやると。

 彼の体内は魔力暴走を起こし、想像を絶する苦痛と共に内側から弾け飛んだ。


 ヴィッターヴァイツは、また生きていた。

 ユウが気剣を一振りすると、彼の手が簡単に千切れ飛ぶ。

 もう一方の手、足、それが終われば脇腹。

 赤黒い血肉が抉れていく。今度はめった斬りだった。


《センクレイズ》


 最後にヴィッターヴァイツは。

 縦から真っ二つに割れて、中身をぶちまけた。


「ひいぃいぃぃぃい!」


 次の刑だ。

 半狂乱になって、ヴィッターヴァイツは逃げ出した。

 ユウは今度は一歩も動かず、絶大な魔力をもって魔法を編み込んでいく。


《アールリバイン・サウザンド》


 上空に逃げる彼を囲むようにして現れたのは、大量の光の矢だった。

 実に千本。一本一本が、超上位魔法に分類される程の威力だった。

 当然逃げ場はない。

 一本目が、彼の肩に突き刺さる。

 二本目はお尻に刺さり、彼は苦悶の声を上げた。

 三本目が、彼の頬に穴を開ける。

 高速の光の矢が、次々と彼を撃ち抜いていく。

 彼は蜂の巣のように身体中を穴だらけにされて、死んだ。


 幾度の死を迎えたことだろうか。

 自信と傲慢に満ちた破壊的享楽者は、もはや見る影もなくなっていた。

 焦燥し切った顔で。膝を付き、涙と鼻水を垂らして。

 許しを乞うように泣き叫ぶ。


「どこまでやる気だッ! どこまでやれば気が済むんだああああああーーーーッ!」


 ユウは氷のような表情を一切変えず、気剣を構えて無機質に告げた。


「お前が死ぬまで」

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