エピローグ2「フェバルを殺す者」
エルン大陸の東端。
もはや新時代の人工生命たちには、存在すらも忘れ去られてしまった旧時代都市の遺跡がある。
男は、何か起こったときのための【逆転】発動地点を、この都市の噴水広場に指定していた。
二千年の時を経て、もはや噴水は影も形もなく。わずかに盛り上がった地面と、噴水の材質たる白氷石の設置されていたと窺える跡のみが唯一の名残である。
他の場所も同じように燦々たる有様で、かつての栄華は見る影もない。ほぼ荒野と化している。
さて。宇宙要塞エストケージの消滅。その何かが起こった。
男は能力を発動させ、遥か昔一度去った世界へと再び舞い戻る。
彼の目的は純粋に、行く先々の世界を手中に収め、己の愉しみとするためである。
まるで駒取りゲームのように。彼には征服願望があった。
鮮やかな銀髪に、威風堂々たる姿。全身が張り詰めた気力と自信に漲っている。
何しろ生まれてこの方、敗北というものを知らない。
男はワルターと言った。
万物の事象を【逆転】させることのできる特殊能力を持つフェバルである。
彼は自分の能力に絶対の自信があった。
この世のあらゆる障害は【逆転】され、己の身に降りかかることはない。
例え同じように強力な能力を持つフェバルであったとしてもだ。
かつて二千年前、過激な開発思想から学会を追放されていたオルテッド・リアランスをそそのかし、エストティア内乱を誘発。裏から巧みに操っていたのが、他でもない彼であった。
やがて争いは過熱し、内乱は宇宙戦争へと繋がっていく。
ダイラー星系列の報復決定を知るや、あらゆる面倒事が身に降りかからぬよう、後始末をオルテッドに押し付けて逃げ去ったずるい男である。
去り際、ワルターはオルテッドや宇宙要塞エストケージに何かがあったとき、「連絡」を飛ばすよう能力を仕掛けていた。
オルテッドやエストケージが死ぬ、破壊されるなど存在を失うようなことがあれば、復元を働きかける能力が発動し、感知できる。
これをもって「連絡」手段としたのである。
そもそも宇宙要塞は、ダイラー星系列の攻撃を受けてほぼ文明を失ったエストティアからは手を出せない安全圏に存在する。
能力の発動は、そこに到達し、打倒する力を持つ何者か――世界の内側から生じたのか、外から来た者かまではわからないが――がいる可能性を示唆していた。
何かがいるかもしれん。自分の敵に値し、愉しませてくれそうな何かが。
精々期待外れにならぬようにとほくそ笑みつつ、彼は旧エストティア――今はエルンティアと呼ばれるその星へと降り立った。
ワルターは極めて傲慢であった。
実際男には、望むだけのことがすべて出来てしまうのだから。
***
目の前に誰かが立っていた。
まさか出迎えがあると思わなかったワルターは、やや驚きを伴って眉をひそめる。
少年だ。彼よりも一回りは小さく、顔にはあどけなささえ残る。
容姿だけ見れば、取るに足らない存在のように思える。
しかしその眼光は氷よりも冷たく、この世の闇をすべて包み込んだようなおぞましさと力強さとを併せ持っていた。
ちなみに少年は、【逆転】の発動を鋭敏に感知し、少年にとって目前に佇む黒幕の存在を感じてやって来たのである。
能力の発動では追いつかぬほど徹底的に破壊されたため、オルテッドや宇宙要塞の復活はならなかったことを、男は知る由もない。
まあただ者ではない。もっとも己の敵ではないだろうが。
ワルターは「くっく」と大層に笑い。余裕の表情で挨拶してみせた。
「これはこれは。手厚い歓迎ご苦労。俺はワルター。お前ごときは知らぬかもしれんが、俺は――」
「……
意識がまるで追いつかなかった。
彼が気付いたとき、少年は男の眼前に飛び込んで、既に腰を低く構えていたのである。
少年――ユウは。
リルナから学び取っていた瞬間移動技――《パストライヴ》を使いこなしていた。
「油断し過ぎだ。隙だらけなんだよ」
その言葉を、告げ終わらないうちに。
想像を絶するほどの衝撃が、男の肉体を抉る。
何が起こったのか。攻撃を受けた当の本人には、まったくわからないだろう。
ワルターの腹のど真ん中をぶち抜く、痛烈な拳は既に見舞われていた。
彼は既に空の彼方。きりもみしながら豪快に吹き飛ばされている。
一撃の余波で周囲の遺跡は壊滅し、遠方の海が真っ二つに割れた。
「おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉーーーっ!」
完全に虚を突かれた男が、みっともなく叫ぶ。
正気を保つのが困難なほどの激痛。
実際、向こうを透かして見えるほど、身体には見事な穴が開いていた。
戦いは一瞬の油断が命取り。
男は実力を過信するあまり、その自明の事実を失念していたのだ。
そこを見逃すユウではなかった。
意地で空中静止し、怒りに血が沸騰しそうになりながら、ワルターは敵を見下した。
速い。ユウはもう次の攻撃に移っている。
圧倒的な黒のオーラ。
並のフェバルなど遥か置き去りにするほどの力の充実に、自分の実力に絶対の自信を持っていた男が揺らぐ。
よもや自分より上ではないか。なぜこれほどまでの力を。こんな奴が……!
《センクレイズ》
まこと光なき、漆黒の剣閃が放たれた。
地に向ければ星をも消し去りかねないほどの威力が、ただ一人に向かって襲いかかる。
「ふはは、はあっ! ぬかったな!」
ワルターは血反吐を吐きながら、嘲笑った。
威力から察するに、おそらくこれが奴の最大威力の攻撃だろう。
なればこそ。
【逆転】
極めて強力な攻撃――《センクレイズ》と言えども、この能力の例外にはならない。
それでも、かなりの力を使ってはしまったが。
威力はそのままに。星を斬る剣は、方向を変えてユウへと裏切る。
まさか跳ね返してくるとは思わなかっただろう。
己の優位を確信し、ほくそ笑むワルター。
【逆転】
しかしユウは、その場から一歩さえも動かずに【逆転】の一手を打ち出した。
なぜ自分の能力を奴が使えるのか。彼には意味がわからない。
ワルターから、笑顔の仮面が剥がれる。
何とかしなければ。俺が、負ける!?
痛感する。恐怖さえ覚え始めた、そのとき――。
「なにいぃぃっ!」
ユウは涼しい顔をして、もう一発。
ダメ押しの《センクレイズ》をお見舞いした。
二度跳ね返った剣閃と、ユウが放った剣閃。
二つは組み合わさって、絶望のクロスと化す。
強過ぎる。とても跳ね返すことなどできはしない。
ワルターは、死人のように青ざめた。
「ただ攻撃が増えただけだったな」
何でもないことのように呟き。
睨み上げるユウの瞳が、彼の心を握り潰した瞬間。
ダブルの剣閃が、ワルターの肉体を引き千切っていた。
***
ここは――どこだ……?
気が付いたとき、目の前を塞ぐ人の姿があった。
「よう」
「貴様はっ!」
ユウだった。彼がワルターを見下していた。
なぜこいつが目の前にいる。俺は死んだはずではなかったのか!?
激しく動揺する男に、少年は冷酷な調子で告げる。
「ワルターと言ったな。お前に聞くことがある。答えろ」
「なんだと……!」
「ダイラー星系列のことや、色々とな」
プラトーからその話を聞いて、ユウは強い興味を覚えていた。
宇宙の支配者・管理者を自負する、極めて強大かつ広大な宇宙領域が存在するという。
そこならば。
あるいは奴――自分に呪われた運命の存在を刻み付けた男。
『始まりのフェバル』アルに、立ち向かう手段があるのではないか。
わからないが、どんな可能性でも縋りたい。
奴をこの手で殺せるなら。
ユウは、この無様な男から少しでも情報を得ようと考えていた。
「なぜ貴様に、そんなことを教えてやる必要があるっ!」
ワルターは激高した。
敗れはしたものの、かような屈辱的扱いを受けるのを認めるわけにはいかんと吼える。
俺はワルター。【逆転】のワルターなのだぞ!
「お前――自分の立場をわかっているのか」
はっと気が付いて、彼は自分を見下ろす。
身体が欠けていた。手も足もない。胸から上だけだ。
まるで胸像のように。
二つの剣閃が引き裂いたまま。そのままの姿だった。
痛みさえ感じない。気味が悪くて仕方がない。
ぞっと心臓が竦み上がるワルター。
どうにか心を保ち、視線を脅しをかける少年へ戻そうとしたとき。
彼の目玉を、ユウの指が抉った。
男は、情けない悲鳴を上げた。
ユウは男の悲鳴など一向に構わず、語る。
「【逆転】――便利な能力だよな。俺の力なら、こうしていつまでも死なせないようにもできる。お前も似たような使い方をしたことがあるんじゃないのか。なあ?」
「ぐおおっ……!」
図星だった。
彼は見せしめに拷問にと、能力を悪用したことなど数え切れないほどある。
そんなことは、人の心の本質を見抜けるユウにとっては、簡単にわかることだった。
そして。人の心を踏みにじることを愉しむ者に、ユウは決して容赦しない。
彼はワルターの髪を強引に掴み上げた。
さらに、首から下が邪魔なので切断する。
この期に及んでも、なお痛みはなかった。
そのまま、ワルターの首はボールに見立てられ、ユウに蹴飛ばされて地べたを転がっていく。
今度は、蹴られる度に激痛が走った。
この男は痛みさえ好きに操れるのだ。あまりに屈辱的だった。
やがてワルターの前に、尖った岩が近づいてくる。
まさか。嫌な予感がした。
その通りのことを、ユウが告げた。
「特別に硬くしておいた。話す気がないのなら、潰す」
「ま、待てえぇ!」
「1」
グシャ。
ユウは躊躇いなく、ワルターの生首を尖った岩に叩きつけた。
ワルターの生首が潰れる。ワルターが死ぬ。
「はあっ……! はあっ……!」
【逆転】でワルターの首が復元する。
ユウは間髪入れず、再び彼の首根っこを掴み、激しく叩きつけた。
「2」
「やめっ!」
グシャ。ワルターが潰れる。
「うわああああああっ!」
【逆転】でワルターの首が復元する。
「3」
グシャ。ワルターが潰れる。
【逆転】でワルターの首が復元する。
「ひ、やめっ…!」
「4」
グシャ。潰れる。
【逆転】でワルターの首が復元する。
「5」
グシャ。潰れる。
【逆転】でワルターの首が復元する。
「6」
グシャ。潰れる。
【逆転】でワルターの首が復元する。
「7」
グシャ。潰れる。
【逆転】でワルターの首が復元する。
「8」
グシャ。潰れる。
【逆転】でワルターの首が復元する。
「9」
グシャ。潰れる。
【逆転】でワルターの首が復元する。
「10」
グシャ。潰れる。
【逆転】でワルターの首が復元する。
「11」
グシャ。潰れる。
………………
「98」
【逆転】でワルターの首が復元する。
「うぎゃあああああーーーーっ!」
これほどまでに恐ろしい拷問は受けたことがなかった。
ワルターは心底震え上がり、なりふり構わず許しを乞う。
「やめろおおぉっ……やめてくれえぇ……っ! 話す! 何でも話すからっ!」
「そうだ。最初から素直になればよかったんだ」
ユウがやっと手を止める。
安心したワルターは、目からは涙を、口からはよだれを垂らして、へらへらとだらしなく笑っていた。
下半身があれば、失禁していたかもしれない。
もはやこの世界に来たときの自信に満ちた姿など、見る影もなかった。
すっかり怯え切ったワルターから、ユウは必要な情報を得た。
蛇口が開いたように、何でもべらべらと話してくれる。
最強を自負する男も、一度崩れてしまうと――いや、一度も崩れたことがなかったからこそ。
崩れてしまうとあっけないものだった。
そうして、すべての情報を聞き出して。
これでようやく解放されると、ワルターはどこか安心していた。
だが。
「ご苦労だったな。じゃあ続きを始めようか」
「なっ!?」
驚愕する男に、ユウは呆れて肩を竦めるばかりだ。
「ワルター。わかっていないな。俺がお前を許すと思うのか? 散々喧嘩を売りやがって」
「約束が違うぞ!」
「約束だと。誰が止めると言ったんだ。俺は話す気がないなら潰すと、そう言っただけだぞ」
あまりに馬鹿馬鹿しくて、ユウは笑ってしまう。
お前が許しを乞うた者を、お前は許したことがあるのか。
自分の胸に聞いてみろよ。そう言いたい気分だった。
つまり。話したところで止める気など欠片もなかった。
ワルターの顔が、みるみる絶望に染まる。
茫然自失となった彼に、ユウは冷たい声で告げる。
「お前は知らないかもしれない。直接は関与していないのだろう。だがお前のせいで『泣いて助けを求めた』女がいる」
実際ワルターに、一つも心当たりはなかった。
しかしユウの声には、これまでにないほど怒りが籠っていた。
「俺はな。決めたんだ。お前のような奴らがのさばっているから、胸糞悪い旅になる」
ユウは一度だけ、強く拳を握り締めた。
血がにじむほど強く握り締めた。
「だから。殺す」
「ひいいいいいいっ!」
「敵に回してはならない者を回してしまったことを。後悔して死ね」
「うわああああああああああああっ!」
そして、処刑は続行される。
ヴィッターヴァイツとの戦いで、ユウは悟った。
フェバルを真に殺す方法を。
ただ殺すのではいけない。次の世界で蘇ってしまうからだ。
世界を移動させてはならない。
星脈の効果で、精神的ダメージはほぼすべて回復されてしまう。
ならば。
一つの世界に留め置き、「心が死ぬまで」殺してしまえばいい。
それには数え切れないほど、能力を多用する必要がある。
普通のフェバルには到底無理だろう。
しかしユウには、それほどのことができるポテンシャルがあった。力があった。
ユウは殺す。
何度も。何度でも。繰り返し。
果てしなく。際限なく。ワルターが泣いても喚いても。
淡々と。それだけが自分の仕事であるかのように。
ひたすらワルターの首を、潰し続けた。
「1048576」
ワルターの首が潰れる。
【逆転】でワルターの首が復元する。
もはやワルターは、人と呼べる存在ではなかった。
途中までは喚き狂い、それからは完全にいかれてずっとへらへらしていたが。
もはやそれも通り越して、何も反応がなくなって久しい。
「なんだ。もうくたばったのか。何が最強だ。クソ雑魚め」
果たしてきちんと耳に届いていたのかはわからない。
それがトドメになった。
彼の肉体が――存在そのものが、徐々に薄れていく。
何もない空間から、深淵の闇が伸びてくる。
星脈が迎えに来た。
「旅の役に立たなくなった」ワルターを、引きずり込みに来たのだ。
ユウは顔をしかめ、そっと彼の首を放す。
すると闇はたちまち彼のすべてを飲み込んで――そして消えてしまった。
***
「……死んだか」
ユウは、何の感慨もなく独り言ちた。
あんな奴のことなど、死んでしまえばどうでもよかった。
ユウが顔をしかめたのには、理由がある。また嫌な気配を感じたのだ。
――やはり。あの奥は奴と繋がっている気がする。
異常な速度で力を高め続けたユウは、感じ取る。
理解できるレベルにまで到達していた。
星脈からは、奴と――アルと同じ匂いがする。
フェバル。どこまで奴は弄んでいるのか。
当面の目的地は……ダイラー星系列だな。
そのうち辿り着いてやる。
ユウは、躊躇いなく自分の心臓を一突きした。
この痛みが、自分が生きていると実感できる数少ない瞬間だった。
フェバル~チート能力者ユウの異世界放浪記~ レスト @rest
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