17「コロシアム襲撃」

 星屑祭三日目。コロシアムでは、魔闘技の決勝戦が行われていた。

 選手の一方はアーガス・オズバイン。もう一方の相手は三年生の男だった。

 試合は終始アーガスの優勢で進んでいたが、相手も決勝戦まで勝ち進んできた強者。

 粘りを見せて、魔法の応酬を続ける。

 アーガスが得意の魅せる魔法をやり出したことで、観客の盛り上がりもいよいよ最高潮に達したとき――。


 観客席の一部で、大爆発が起こった。


 突然のことに周囲は阿鼻叫喚し、もはや試合どころではなくなってしまった。

 観客席に紛れ込んでいた仮面の集団の者たちが、一斉に剣を取り出し、あるいは魔法を使い始め、次々と人々に襲いかかっていく。

 逃げ惑う者。泣き叫ぶ者。恐怖で我を失う者。誰かを殺された怒りに狂う者。

 血飛沫が至る所で飛び散り、断末魔があちこちで上がる。

 まさに地獄絵図のような光景が繰り広げられていた。


 一緒に観戦していたアリスとミリアは、幸運にも爆発の起こった位置からはやや離れていたので無事だった。


「大変! ユウを呼ばなくちゃ!」

「あ、あ……」


 ミリアはかつて親戚を目の前で殺されたトラウマが蘇り、がくがくと身を震わせている。

 彼女の様子のおかしさにすぐ気付いたアリスは、ブレスレットを強く握り締めながら、喝を入れた。


「しっかりして! こんなときこそ、自分を見失っちゃだめ!」

「……は、はい」

「大丈夫。あたしがいるから! ね」


 じきに魔法隊と剣士隊の増援が来るはずだが、簡単には入れないよう出入り口は封鎖されていた。

 突入体勢が整うまでには、まだしばらく時間がかかりそうだった。

 虐殺は続く。一般人に扮した仮面の集団が、楽しそうに罪もない人々を切り裂き、燃やしていく。

 時たま最初のような爆発が起こり、さらに大量の死人が出ていた。

 出入り口を封鎖されていることで、逃げようにも逃げ場がないのだ。

 この惨状に憤りを覚えたアリスは、居ても立ってもいられなくなっていた。


「ミリア。あたし、みんなを逃がすために戦ってくるね」

「私も、いきます!」

「でも……大丈夫なの?」

「はい。もう見てるだけなんて、嫌ですから!」


 初日の魔闘技でのダメージも回復していた彼女たちは、観客席で虐殺を繰り広げる仮面の集団に立ち向かうことを決意した。

 出入り口に向かって客席の階段を駆け降りる。そこを封鎖している敵を内側から撃破するのが狙いである。


「容赦する必要はないわね。合わせ技、いこっか!」

「いきましょう!」

「「せーのっ!」」


《デルバルト》

《ティルオーム》


 アリスの雷魔法とミリアの水魔法が合わさり、高圧を伴った巨大な水流と化した。

 出入り口に集まっていた仮面の集団の者たちは、二人の強力な魔法にまともにぶつかって、押し流されていく。

 彼らをどかすと同時に感電させ、気絶させていた。


「よし。いけたわ!」

「皆さん、早くここから逃げて下さい!」


 引っ込み思案のはずのミリアが、懸命になって声を張り上げる。

 それほどに、もう犠牲を出したくないという思いは強かった。

 向こうでは、アーガスとその対戦相手も、同じように別の出入り口を確保するべく戦っていた。

 特に実力者として名を馳せるアーガスには多数の敵が取り囲んでおり、相手をするのに追われて身動きが取れていない。

 さらに襲い掛かる敵を退けながら、逃げ道を守るアリスとミリアだったが。その行動は非常に目立った。

 とうとう襲撃犯のリーダー格の男に、目を付けられてしまう。

 リーダー格の男は、逞しい体つきをしていた。髪の色はオレンジ、年の頃は三十代前半と言ったところだろうか。

 見た目からして、粗野な印象を与える人物だった。

 名はヴェスターという。最初の爆発、続く数回のそれを起こした張本人である。

 必死に救助活動を続ける二人の女子生徒に近付いて、男は怒鳴り声を上げた。


「てめえら。ガキが一丁前に何邪魔してんだよ。ああ!?」

「あなたね! 今すぐこんなこと止めさせなさいよ!」

「素直にはい、とでも言うと思うのかよ」


 ヴェスターがほくそ笑む。

 アリスは持ち前の根性と負けん気で精一杯気を張っていたが、ミリアはいざ粗暴な大男を目の前にして、身体の震えが止まらなかった。

 それでも手を突き出して、徹底抗戦の構えを取る。


「許し、ませんよ……!」

「はあん? 何が許しませんよ、だ。びびって震えちまってんじゃねえか」


 男は可笑しくてたまらず、高笑いを上げる。


「黙って、下さい!」


《ティルオーム》!


 最大限の魔力を込めた水流が、相手に向かって撃ち出される。

 しかしヴェスターは余裕綽々だった。

 軽く手をかざすと、大爆発が巻き起こる。

 水しぶきが弾け飛び、ミリアによる渾身の魔法はいとも簡単にかき消されてしまった。

 さらにその余波で、アリスとミリアは後方に吹き飛ばされ、階段に強く叩き付けられてしまう。


「その程度の魔法で、大の大人に立ち向かおうたあな! 馬鹿め!」


 たった一撃。

 それだけでアリスもミリアも、強打によるショックで呼吸困難に陥り、動けなくなってしまった。

 所々服は破れ、あちこちに擦り傷や切り傷ができて、血が滲んでいる。

 倒れているミリアに、ヴェスターが歩み寄っていく。


「まったく。躾がなっちゃいねえよなあ!」


 彼はミリアの腹を思い切り踏みつけた。

 声にならない悲鳴を上げて、彼女は吐血する。

 ぐったりと仰向けになった彼女を見下ろして。

 彼は服が破れたことで露呈したものに目が付いて、下卑た笑みを浮かべた。


「ほう。よく見たら、このメスガキ。いいもん持ってるじゃねえか」

「……っ!」


 ミリアは、恐怖で声が出なくなっていた。目には涙すら浮かんでいた。

 ヴェスターはいたいけな少女を掴み上げると、乱暴な手つきで服を破り取っていく。

 外気に露わにされたのは、その歳にしては立派な二つの膨らみだった。

 地に伏したアリスが、苦しげに声を絞り上げる。

 必死の形相でヴェスターを睨み付けて。


「やめて……! ミリアを離して!」

「てめえは後でたっぷり可愛がってやるよ。胸なし女」


 アリスの顔色が絶望に染まる。

 自分の無力さを、これほどまでに痛感したことはなかった。

 ミリアと代われるものなら代わってあげたい。あの男を倒せるものなら、倒したい!

 爪を地に突き立てて、立ち上がろうと必死に足掻く。しかし想いと裏腹に、憎いほど身体は動かない。

 アリスには、もはや祈ることしかできなかった。


 お願い。助けて。ユウ……!


 すっかり死んだような目つきになったミリアを、ヴェスターはアリスの目の前で見せ付けるように弄んでいった。

 胸を乱暴に揉みしだき、局部を執拗に撫で回し。無抵抗でただ涙だけを流す彼女の顔を眺めて、男は最高の気分だった。

 興奮したヴェスターが、いよいよ行為に及ぼうとしたとき。


 ぞくりとするものが、その場にいる全員を過ぎった。


 本能的な恐怖。いや。

 畏怖のような感情が、全身を一気に突き抜けたのだ。


「なんだ……?」


 その発信源。ヴェスターが見上げると。


 コロシアムの上空に、一人の人間が――少年が、浮かんでいた。

 静かな怒りを燃やして地を睨み付ける、ユウだった。

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