剣と魔法の町『サークリス』
1「ユウ、異世界に降り立つ」
真っ暗な空間に、無数の白い粒子がほわほわと浮かんで、それぞれが淡い光を放っている。
そんな星の海のような場所をひたすら流されていた。
向かう先に対する冷めた期待を抱きながら、俺はその光景に多少なりとも心を奪われていた。
まあ綺麗といえば綺麗だった。今まで見てきたどんなものよりも壮大には思える。
いつだか宇宙図鑑で見た天の河の写真。あれが本当にあんな河だとして、その中を流されているならこれに近いものだろうか。
流されていく途中、自分の中に何かが、莫大な質と量の何かが流れ込んでくるような不思議な感覚があった。
自分という存在がまるっきり違うものに作り替えられていくような、そんな感覚だ。
やがて目的地に近付いたのか、元の宇宙空間に出てきた。
目前には、一つの星の姿が見えている。
大きさのほどはよくわからないが、地球とそんなに変わっているようには思えなかった。
海も陸地もあり、さらに雲が見えていることから、大気もあるようだ。
ただし、地球とは大きく異なる点もあった。
それは、星全体の色が淡いエメラルドグリーンであるということだった。
***
気が付けば、俺は再び肉体を伴って大地に降り立っていた。
どうやら着いたらしい。
辺りを見回すと、そこは一面に広がるのどかな平原だった。
どこを見ても、膝下の丈まである同じ草だけがびっしりと生えている。建物も、木も、生き物の姿も一切見当たらない。
不気味なほどに静かだ。
息を吸い込むと、ほのかに甘い草の匂いがする。
流されたときにおかしなことになっていないかと、すぐに身の回りを探ってみる。
どうやら身体も服も、すべてそのままのようだ。
見上げれば、空は星の色と同じ、淡いエメラルドグリーンだった。
太陽によく似た恒星が、空を明るく照らしている。
どうやらエーナの言う通り、信じられないことに、本当に異世界とやらに来てしまったらしい。
昔から少し不思議な力があるとは思っていたが、まさかこんなとんでもない事態に繋がってしまうとはね。
もっとも、彼女の言ってたことがどこまで真実なのかは知らないが。
運命、か。
ふと、これまでの軌跡が思い返された。脳裏に色々な出来事が浮かんでは消えていく。
俺の人生ってどうなっているんだろうな。今までも波乱万丈だったけど、ついに完全に狂ってしまったらしい。
それはさておいて。これからどうしようか。
とりあえず、こんな何もない場所で立ち止まっていても仕方ないのは確かだな。
俺はゆっくりと歩を進め始めた。
こんな草原では食べる物もないだろう。まずは生活の拠点を探さないと。
できれば人がいる場所を見つけたいところだが……。この世界に人というものがいるかどうか。そこからして怪しいところだ。
まずは情報だ。あらゆることに対する情報を集める必要がある。
ここが異世界だと言うなら、地球と同じ感覚で行動するのが正しいとは限らない。
***
そう考えて歩き続けて、どれくらい経っただろう。
草原はいつまでも果てることなく続いている。目印になるようなものなど、何一つ見つかりやしない。
ギラギラと照りつける太陽そっくりな恒星の光のせいで、汗はびっしょり掻いていた。
まいったな。ここには本当に何もないらしい。
懐から水筒を取り出して、一口だけ含む。
この水と、あと非常用食料が少々か。大事に取らないとな。
日が落ちてもしばらくは行軍を続ける。
宇宙から見た限り、この星は草原ばかりというわけでもなかった。
ならば真っ直ぐ歩き続けていれば、いつかは果てに辿り着くはずだ。
それと俺の体力が尽きるのと、どちらが先は知らないけど。
数時間仮眠を取り、次の日からも俺はひたすら歩き続けた。
だが結論から言うと、何もなかった。
***
日が昇って、落ちて。
それを四回も繰り返したが、まだまだ果てのない草原は続いている。
一度もし食えるならと思い、そこら中に生えている草を摘み取ってちょっとかじってみた。
だがすぐにとても食べられる代物ではないと判断した。
無理に食えば腹を下して水分を失ってしまうだけになりそうだったので、すぐに吐き出した。それ以降は一切口にしていない。
俺は次第に焦りを感じ始めていた。
このまま何も見つからなければ。
こんなところで、俺は死ぬのだろうか。
わけがわからないまま、こんなところで。
ここに至って俺は、まず何よりも純粋に生き抜く力が必要だと痛感する。
地球レベルではない。異世界でも満足に生きられる力だ。
今回のように、人里の近くに降り立たなかった場合、強制的にサバイバルを余儀なくされる。
始めに降りた場所は草原だったが、これでもまだ運が良い方かもしれない。
もし降り立った場所が砂漠だとしたなら。
それどころか、陸地ですらない海の上だったなら。
さすがになすすべもなく死ぬしかないだろう。
ここは日本ではないのだ。
地球でも明日の運命が知れなかったのに、まして異世界では何があるかわからない。
今のままでは、生きていけないかもしれない。
決意した。
もし生き延びられたのなら、さらに強くなってやろうと。
どんな世界が待ち受けていようとも堂々と対処できるくらいに、強くなってやろうと。
***
愛鳥のアルーンに乗って、サークリスへ向かっている途中だった。
サークリス魔法学校。
そこでの新生活が楽しみで仕方がなかったあたしは、ラシール大平原の上空を、目的地に向けてひたすら飛ばしていた。
それにしてもここって、ほんと何もないよね。さすが死の平原というだけのことあるわ。
普通の生き物が暮らせない、もちろん人間にも使えない、魔力汚染まみれの土地。
何でも遥か昔、ここには魔法大国があって。
超大規模の魔法実験に失敗してこうなってしまったんだとか。
キッサという、薬にもならない雑草だけがなぜかこの環境に適応し、一面に生えている妙な場所。
それがラシール大平原。つまらない場所よね。
そんなことを思いながら、何気なしに下を眺めていたとき。
信じられないものを見つけてしまったの。
あたしは目を疑った。
うそでしょ!? こんな場所の真ん中で人が堂々と歩いているなんて!
「アルーン、何だか気になるわ。あの人の近くへ降りて」
そのとき、気付いたのかしら。
人影は立ち止まって、こちらを見上げているようだった。
降りて近寄ってみると、可愛らしい容姿の少年だった。あたしと同じくらいの年に思われる。
なのに、不思議とずっと大人びて見えた。
それは力強く、けれどどこか冷めた目と、妙に影のある雰囲気のせいのように思えた。
まるであたしと違う世界でずっと生きてきたみたい。
珍しい黒髪、それに見たことない服だわ。
あたしは、彼にちょっとだけ得体の知れない怖さを覚えながらも、興味で尋ねた。
「あなた、こんなところで何をやっているの?」
すると彼は、何か言い訳を練るように少し考え込んで。
それから困ったように笑って、肩をすくめた。
「まあ簡単に言うと、遭難していた」
「ええっ!? 大変じゃない!」
「少し死を覚悟していたところだったよ」
と述べる彼は、言うほど危機感を抱いているようには見えなかった。
まるで、死ぬならそれはそれで構わないみたいに。
そんな彼は、丁寧な物腰であたしに頼んできた。
「悪いけど、助けてくれないか。正直そろそろ立っているのも辛くて。もちろん礼なら後でさせてもらうよ」
それ聞いちゃうと、さすがに放っておくわけにはいかないわよね。
「いいわよ。アルーン、ちょっと重くなるけど大丈夫?」
アルーンは任せておけ、と言わんばかりに鳴いてくれた。
頼りになるわ。ありがとね。
「賢い鳥なんだな」
「アルーンっていうの。あたしが小さいときからの家族なのよ」
「へえ。家族か……」
そう言った彼は、ほんの少しだけ哀しそうな目を浮かべた。
でもすぐに元の様子に戻って、アルーンの頭を穏やかな顔で撫でていた。
「アルーン。よろしく頼むな」
その表情を見つめている限り、特に暗さは感じられない。むしろ彼持ち前の可愛らしさが映えて、素敵にも見える。
もしかすると第一印象ほど怖い人じゃないのかもね、とあたしは思い直す。
こうしてあたしは、謎の少年を共に乗せて、サークリスへと向かったのだった。
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