4「Level Star Vanishing」
ユウは左の掌をプラトーに向けたまま、彼の反応を静かに睨んでいる。
右手はやはりわたしを掴んだままだ。
プラトーは、息も絶え絶えに呻いている。
ヒュミテほどやわではないが、ナトゥラもダメージを受ければ苦しいのだ。
強いショックを受ければ、気絶してしまうこともある。
痛みと恐怖に震え上がりながらも持ちこたえているのは、彼の精神の強さによって成せる業だ。
だがそれほどまで強い彼だからこそ。
わたしは彼が最後の意地を張って、凄惨な死を迎える可能性が怖かった。
「洗いざらい正直に話してしまうのだ、プラトー。ユウは敵にこそ容赦しないが、まったく話の通じない相手ではない」
「勝手にあんたの物差しで測るなよ」
ユウはわたしを窘めつつ、しかしそれ以上は何も言って来なかった。
この男は、やはり一応は話をする気があるらしい。
プラトーに見舞った恐るべき一撃も、真っ先に武器を破壊し、敵対行動を不可能にするためと考えれば合理的だ。
情け容赦のなさと、極めて冷淡な調子が非常に誤解を招きやすく。
また対等な話というよりは、最後の猶予と呼ぶのが正確なのだろうが。
それに散々取り乱しておいて、今さらまたこんなことを言うのもあれだが……。
わたしの言葉はまだ素直に受け取ってくれている気がするのだ。何が彼の琴線に触れたのかはわからないが。
先の言葉もこれまでも、下手をすればとっく殺されていてもおかしくはないというのに。結果的には「軽く」聞き流されている。
案外嫌われてはいないのかもしれない。
不思議とそう実感して、次第に気分は落ち着いてきた。
「で、どうするんだ。話すのか話さないのか。手段さえ選ばなければ、いくらでもお前の持つ情報を知る術はあるが」
「ちくしょう。リルナ……お前にそこまで心配をかけられるようになっては……おしまいだな……」
逡巡の末、プラトーはやっと観念してくれた。
ああよかった。まず一安心だ。
いつもの戦闘行動終了の癖で右手のビームライフルを下ろそうとして。
腕そのものがもうないことを思い出したのか、彼はきつく顔をしかめている。
緊迫した場を少しでも和らげようと、無理にでもぎこちない笑顔を作って。
わたしはプラトーを促した。
「さあ話してくれ。お前が百機議会に加担していた事情、それにバラギオンとは何だ?」
「オレと百機議会の繋がりか。もうそこまで辿り着いていたとは……。わかった。すべてを話そう」
プラトーは、ぽつりぽつりと語り始めた。
エルンティアの血塗られた歴史。ナトゥラとヒュミテの真実。
わたしがそれまで持っていた価値観が百八十度ひっくり返るような、とんでもない真相だった。
機械人族ナトゥラと、我々を創り、奴隷のようにこき使ったとされる人間族ヒュミテ。
当たり前のように考えていた二種族の存在と、常識とされていた歴史に起因する対立。
そうではなかった。
わたしにも埋められていた小型装置――CPDが偽りの記憶を植え付け、ナトゥラの憎悪の感情を膨れ上がらせる。
一方でヒュミテは、王の役割を持つ一個体に皆従うよう設計され、ナトゥラへの対立感情を高めていく。
そうして、戦いへと仕向けられていたのだ。
ヒュミテとは、生体型ナトゥラの別称に過ぎない。
わたしたちは皆仲間――旧人類に「創られた」存在だった!
二千年前、この星がまだエストティアと呼ばれていた頃。
我々の誕生する以前には、極めて高度な文明を誇る旧人類たちが栄えていた。
しかし、奴らの文明は少しずつ崩壊の兆しを見せていた。エネルギー枯渇問題や、極めて深刻になっていた少子化問題などが閉塞感を生んでいた。
そこで奴らは状況を打開しようとして、致命的な失敗を犯したという。
ダイラー星系列とかいう宇宙の覇者――売ってはならない相手に宇宙戦争を仕掛け、大量の破壊兵器を差し向けられて。
美しかった星を、完膚なきまでに核で焼き尽くされたのである。
結局旧人類は我々を創り、星の自然が回復するまで、星の管理の一切を任せることにした。
自分たちは長いコールドスリープに就くなり、あるいは一部は新天地を求めてこの星から逃げ出してしまった。
ヒュミテは自然環境がどれほど回復したかを推し量る試金石である。普通の人間と同じように増え、普通の人間と同じように放射能の害を受ける。
我々ナトゥラに「掃除」をさせることで、ヒュミテが増え過ぎて困ることのないよう、「適切に」数がコントロールされる。
さらに、二百年を一周期として、ヒュミテとナトゥラはすべて「クリア」され、新たに造り変えられる。この周期で繰り返し種族対立戦争を行うことで、膨大な戦闘データを収集し、それはひっそりと新たな兵器開発等に利用されていた。
すべては、いつの日か旧人類が舞い戻り、再度宇宙へ進出する「約束の日」のために。
それが奴らの計画だった。
計画が円滑に進むよう、四機の大型コンピュータが設置された。そのうちの一つが百機議会だった。
プラトーは、計画の実行にエラーが生じていないかを見張る監視者としての役割を与えられた。
二千年もの間、ずっと任務に就いていたという。
なんとおぞましい計画だろうか。
だが怒りをぶつけるべき旧人類は……プラトー曰くコールドスリープに失敗して、とっくの昔に死に絶えている。
ならば。ああ! わたしたちは、なんて無意味な戦いをしていたのだろう。
誰のためでもなく、ただプログラムに決められた通りに殺し合っていただけ。
なんて哀れで、馬鹿げていて、悲しいのだ。
他ならぬわたしが、今回――十周期目の戦争テストの最先鋒としていいように利用され、数え切れないほどのヒュミテを殺してきた。
ひどい罪悪感に苛まれそうになる。
しかし今はどれほど悔やみ切れなくても、そのことを悔やんでいる暇はない。
プラトーは言った。
ユウ。この男が、わずか一日で計画の存続を危うくしてしまった。
百機議会は破壊され、ディースナトゥラも機能停止に陥っている。
残る三機の大型コンピュータは、ユウを最大の危険因子と判断した。
すぐにでも「クリア」が実行されようとしている。
現存するすべてのナトゥラとヒュミテを消滅させ、新たに無意味な第十一周期を担うものを創り治す。恐ろしい破壊のプログラムが。
話は現在、この星を「クリア」しようとする脅威に移ろうとしていた。
「では……今こちらに向かってきているのが、そのバラギオンという奴なのか!?」
「そうだ」
プラトーは続ける。
かつて二千年前。この星を核で汚染し、死の世界に変えた災厄――焦土級戦略破壊兵器ギール=フェンダス=バラギオン。
うち一体が運良くほぼ無傷で回収され、計画の守護者として再利用されたという。
「そいつが今……死のティア大陸より、こちらへ猛スピードで向かってきている。オレたちはもうおしまいだ……」
なんということだ。
ディースナトゥラは。いや。この星のみんなは、どうなってしまうのか?
死ぬしかないのか……?
複雑な思いで、ユウを見つめていた。
この男が余計なことをしなければ――違う。
もうすぐ二千年。遅かれ早かれだ。
我々は、まもなく来るはずだった第十一周期のために「掃除」されるはずだった。
それがわずかに早まっただけに過ぎないのだ……。
助けてくれ。誰か。ユウ。
縋るような気持ちが強くなってきた頃、ユウは事もなげに言った。
「何かと思えば。焦土級程度で一々騒ぐなよ」
「なっ!?」
「貴様……正気か!? 焦土級という名は、伊達ではないぞ。百メートル級の人型兵器だ……。一撃で都市を消し去る消滅砲……大地を穿つミサイル砲……。およそ生きとし生ける者が敵うような相手ではない……!」
聞けば聞くほど、とんでもない兵器だった。
レベルが違う。わたしの最大兵器である《セルファノン》でも、焼け石に水だろう。
だと言うのに、ユウは。
「なぜだ……なせそれほどまでに、余裕でいられる……?」
「俺はさらに強い。それだけのことだ」
淡々と。事実確認であるかのように、彼は答えた。
実際、まったくの誇張なしに事実なのかもしれない。そう感じてしまうのだ。
間近で凄まじさを目の当たりにしてきたからかもな。
ユウを見ていると、とても彼に不可能なことなどありそうもない。そんな風にさえ思えてきてしまうのだ。
わたしは頭を垂れていた。深く、深く垂れていた。
「お願いだ。ユウ。厚かましいのはわかっている。だが、お前しかいないんだ! バラギオンを、倒してくれないか!」
「リルナ……! お前……!」
プラトーは、驚きで目を見張る。
しかしすぐに、彼もわたしに追随していた。
「オレからも頼む……! この星を呪われた運命から救えるなら……。先ほどは申し訳なかった! 頼む……っ!」
ユウは何も言わない。
わたしたち二人を、品定めするように見つめながら。何かを考えている。
「運命、か」
ぽつりと。しかしやけに重く。
苦々しい調子で、その言葉を呟いた。
深い理由までは皆目わからない。
ともかく、ユウは頷いてくれた。
「わかった。やってやる」
「「ユウ!」」
「勘違いするなよ。お前たちのためではない」
あくまでこれは自分のためであると、彼はどこか悪ぶって強調する。
「気に食わないのさ。すべてを手中に収め、好きに操った気でいる連中がな」
だが何だかんだ理由付けて、やってくれると信じていたぞ。
ありがとう。本当にありがとう。
すると、わたしの身体の内側で、何かが組み合わさる音がした。
ユウが手を放す。
わたしは――空を飛ぶことができていた。
彼は静かに告げる。
「プラトー。リルナ。少し離れて下がっていろ――南から来ている奴でいいな?」
「……ああ」
ユウの視線を追って、わたしもディースナトゥラの南方を見つめる。
やがて。遥か彼方に、黒い敵影が見えた。
近付いてくるにつれ、その詳細が明らかになる。
まるで全身アーマーを身に付けた、装甲ナトゥラのように無骨なデザイン。
闇さえも吸い込みそうな漆黒の金属を基調に、関節の辺りに所々黄のラインが映える。見るも禍々しい容姿を誇っている。
胸部には、黒い球体状の半透明パーツが埋め込まれる形で取り付けられている。胸部面積の大半をそれ一つで占めており、いかにも目を惹く。
あれが主砲を発射する装置か……! なんと巨大な。
さらに副砲と思わしき巨大な砲身も、全身にくまなくついている。
こちらは明らかに砲身という外観で、ざっと確認しただけでも前面に十二カ所も配備されている。
背中からは黒の両翼が広がっており、そこと足からジェット燃料のようなものを噴射して、高速でこちらへ向かってきているのだった。
わたしとプラトーは頷き合わせ、ユウの背後に隠れるように下がった。
バラギオンが空中で静止する。
動かざる形容は、黒き山のごとし。
ユウが進み出て、奴と正面から向かい合う。
睨み合う二つの死神。
この星の運命を決める絶対者。
巨大な敵に比べれば。少年のような姿の彼は、あまりにも小さい。
だがわたしには、不思議と負けないほど。
いや。山よりも何よりも、彼の背中が大きく見えた。
バラギオンの胸元に、白い光が集中していく。
消滅砲か!
わたしは直ちにレーダーを切った。
あんなものをまともに計測しては、レーダー単体どころではない。頭がいかれてしまいそうだ。
それに、意味がない。
すべては間もなく訪れる一合で決まる。そんな予感があった。
ユウは、左手の人差し指と中指。指を二本突き立てて。
肩の辺りまで腕を持ち上げ、静かに構えた。
出力全開で砲撃準備を行うバラギオンに対し。あまりにも小さく、ささやかな動き。
黒のオーラが、彼を包み込む。
一目見ただけで。理性と感覚と打ち震える全身、己のすべてが理解する。
破壊者の圧倒的な力を。
わたしなど足元にも及ばない。この世に並び立つ者など、あり得ないのではないかとすら思える。
漆黒の光が――二本の指先に集中していく。
どれほどの力が、あの一点に込められているというのか!
バラギオンは、発射態勢に移ろうとしている。
刹那。
ユウは、ただ指を斜めに振り下した。
星が、切れた。
空が裂け、海が裂け、大地が裂け。
何もかもが斬れたと。
あまりにも遅れた認識が記憶領域を駆け巡ったときには、すべてが終わっていた。
バラギオンは――。
奴の機体は。
そこがただ大いなる切断の通り道だったからというだけの理由で――真っ二つに斬り裂かれていた。
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