4「ユウ、魔力を測定する」
アリスの叔母さんが毎食作ってくれた美味しい料理の甲斐もあって、数日ほどで全快した。
もういいと言ったのに、二人は引き続き俺を泊めてくれた。そればかりか、着替えがないからと、何着も服まで買ってくれた。
親切にもほどがあるだろう。
少し暮らしてみて気付いたことがある。
やはりこの世界、地球とまったく共通点がないというわけではないようだ。
平均して地球に比べると文明レベルは多少劣ってはいるが、地球に存在するものの対応物はかなりある。
光魔法を使った光灯、火魔法による調理器具、水魔法を利用した水道設備など。
魔法によって補われている部分が相当多いので、そこまで不便ということもなかった。
さらにこの町には駅があって、やはり魔法の力で動く鉄道が存在する。それにより各地の町が結ばれ、通商が盛んに行われているのだ。
地球の観点で言えば、一部は既に近代化されているわけだ。
一方で、旧態依然とした部分もある。
この町の住民は、平民と貴族に大きく分かれている。
そして貴族は様々な特権を有している。彼らのみが持つ参政権や、特定事業の独占権などだ。
住む場所も市民街と貴族街で分かれていて、特別な用もないのに貴族街に一般人が立ち入ることは、基本的に御法度らしい。
ちなみにアリスと叔母さんは平民である。
少し驚いたこともある。
なぜか俺は、この世界の文字読み書きまでもできるらしいのだ。
読みたいときは勝手に日本語に翻訳されて頭に入ってくる。書きたいときも、まず日本語で考えれば、この世界の文字が自然と思い浮かんで書けてしまう。
どういうからくりなのかは知らないが、あまりに便利過ぎる能力だと思った。
***
さて、アリスの入学もすぐそこまで迫ってきたある日。
俺は自分の魔力を測ってみることにした。
アリスによれば、役所に行けば魔力測定器があるらしい。
彼女は付いて来ようとしたが、すっぱり断った。
元々大した意味もなく人と群れるのはあまり好きじゃない。特にそれが歳の近い女ならなおさらだ。
……何より困るんだ。あんな絵に描いたようなお人好しに土足でずかずか歩み寄って来られるのは。
どんな対応をしたらいいかわからない。
ほどなく役所には着いた。
魔力測定機は、魔法係で使用を受け付けているという。
そこまで行くと、若い女が応対してくれた。
役所仕事にしては随分とフレンドリーな印象だ。
「この用紙に名前等の情報を記入して下さい。証明書の発行等にも使用するので、正確に記入をお願いします」
渡された紙に記入事項を順番に書いていく。まったく知らないはずの文字がすらすらと出て来るのにももう慣れた。
すべてを書き終えて女に渡すと、名前を確認された。
「ユウ・ホシミ様でよろしいですね?」
「ああ」
「では、こちらが測定機になります。使い方は機械音声での指示がありますので、そちらに従って下さい。それでももしわからないことがございましたら、遠慮せず私に聞いて下さいね」
「わかった」
機械音声の指示に従うのだが、何せ血圧計と計り方がそっくりなので困ることはなかった。違いは、血圧を計っているわけではないので腕を圧迫されないことか。
ただ、腕を出したはいいのだが。
この測定機、さっきから数値がまったく表示されないのはどういうことなんだ。壊れてるんじゃないのか。
疑問に思っているうちに、やはりというか、ピーとやかましいエラー音がなった。
表示は10Eとなっている。
すると結果を横から眺めてきた受付の女が、途端に顔を青くした。
餌をもらった金魚のように口をぱくぱくとさせている。
やっとのことで絞り出したのは、こんな言葉だった。
「け、計測、不能……」
「それがどうしたんだ」
「最低でも……十万、以上……」
十万以上だと。
それを聞いて、さすがに俺も驚いた。
確か普通の魔法使いが数百から千数百で、才能のあるらしいアリスが四千五百。
ということは――まるで化け物じゃないか。
見ると、受付の女はぷるぷると肩を震わせている。
何かと思えば、彼女は突然はしゃぎ顔で叫び出した。
「なんてこと! 私、歴史的瞬――むぐっ」
このままだと何を言い出すかわからないので、咄嗟に口を塞ぐ。
そして周りに怪しまれないよう、すぐに手を離す。
一瞬遅れて周りの視線が集まったが、じきに離れた。
そこで、いきなり口を塞がれたことにきょとんとしたままの彼女に、できるだけ凄みを利かせて耳元で囁く。
「少し黙っていろ」
あまり慣れたくはないものだが、こういうやり方には慣れている。
女性は涙目になってこくこくと頷いた。
そのまま脅しめいた調子で、彼女にだけ聞こえるように続ける。
「いいか。このことは今、俺とお前以外は誰も知らない。決して他言するな。話が広まれば面倒になることくらい、少し考えればわかるだろう」
魔力値十万以上が事実だとするなら。つまり歩く人間兵器だ。
どこから危険視されるかわからないし、あるいは誰が利用しようとするかわからない。
そんなリスクを無駄に抱えるのは勘弁したい。
「もし誰かに口を滑らせたなら――この事実が広まったことが認められれば、お前の命はないと思え」
別に本気で殺すつもりはないが、抑止のためにこう言っておく。
彼女はすっかり青くなった顔でまた素直に頷いた。
魔力の異常な高さをカードにして脅せば通用するだろうと思ったが、すんなり上手くいきそうだ。
ついでに魔素を手に集めて、彼女の腹に添えてやった。
「お前をターゲットした。その気になればいつでも消せる。忘れるなよ」
ターゲットを付ける。
そんなやり方はもちろん知らないのだが、それらしい奴がそれらしい調子ではったりを利かせておけば、大抵は勝手に勘違いしてくれるものだ。
彼女は一切の疑いを持たずに顔を恐怖に引きつらせた。
「わかったら大人しく普段の仕事に戻れ。安心しろ。言わなければ何もしないさ。いいな」
最後に優しくぽんと肩を叩いて、送り出してやる。
彼女はふらふらとした足取りで奥のデスクへ引っ込んでいった。
いきなりあんな声を上げてきたから手段を選べなかったが……悪いことをしたな。
それより、魔力値鑑定書なる公式文書を発行してもらえるはずだったのに、予想外の出来事のせいで無理になってしまった。
確かこれがないとサークリス魔法学校の審査は通らないから、アリスの提案は断るしかないな。
まあ魔法を学ぶ手段は他にもあるだろう。
とにかく用事はもう済んだ。叔母さんの家へ帰ろう。
***
家へ帰ると、アリスが真っ先に出迎えてくれた。
「ただいま」
「おかえり。どうだった?」
興味津々で俺を見つめる彼女に、手ぶらの俺はどう答えようか思案した。
彼女は俺の魔力が相当高いことは既に知っている。それらしい数値を言わないとダメだろうな。
まあこのくらいが妥当だろう。
「一万だとさ」
「そう、一万なの……って、えええええええええーーー!?」
予想通りの面白い反応をしてくれた。
さらに彼女は、俺に触れそうなところまですっ飛んでくる。
「ユウ、それってすごいわよ! かなり素質があるって言われたあたしの倍以上だもの!」
まるで我が事のように喜んでいる。
何なんだろうなこいつは。本当に。
「そうね。そのレベルになると――アーガス・オズバイン。サークリス魔法学校始まって以来の天才生徒と言われてるその彼が、確か魔力値一万五千だって話だわ」
「へえ。そんな奴がいるんだな」
そんな天才で一万五千ということは、やはり俺の魔力値は桁外れのようだ。
これで魔法を鍛えれば異世界で生きる力は十二分に身に付きそうだとわかって、まあ安心と言えば安心したが。
魔力値のことは徹底的に黙っていた方が良さそうだな。
「それでも十分すごいわよ。同年代の男子では彼の次じゃないかしら」
「そうか。じゃあ俺はもう部屋に戻るから」
去ろうとしたところ、いつだかのようにがしっと肩を掴まれた。
「待ってよ!」
「なに」
面倒に感じながら振り返ると、彼女は妙に意気込んだ調子である。
「えーとね。本当なら魔力を見るだけじゃなくて、学力試験とか色々あるんだけど。その魔力値ならすぐに学校は受け入れてくれると思うわ。だから、やっぱりあなたは入学するべきよ! ユウ!」
なぜそこまで力説するんだ。俺がどうなろうと関係ないだろうに。
「と言っても、別に鑑定書発行してもらったわけじゃないからな」
「今からでもまた取りに行ったらいいじゃない! ねえ、いこうよ!」
「そもそも俺に入学する気は――」
「ほらほら!」
「あのな」
「ねえ!」
あまりぐいぐい引っ張るものだから、俺もついかっとなってしまった。
気が付けば大声で怒鳴りつけていた。
「しつこいな。邪魔だって言ってるのがわからないのか!」
言った後に、しまったと思った。
彼女は驚いた顔でこちらを見つめている。
瞳には怯えの色が見える。見慣れた「いつもの」目だ。
「……悪い。ごめん」
ただ、思わずにはいられなかった。
「でも、どうしてそこまで俺に構うんだ。関係もないのに」
お前とは文字通り生きてきた世界が違う。そしてこれからもきっと交わらない。
あまり関わらない方がいいんだ。なのに。
「何か得があるわけでもないだろう」
すると彼女は、先ほどとは打って変わって神妙な面持ちになっていた。
やや躊躇いがちに言ってくる。
「なんだか、見ててほっとけなくてね。あなた、目を離すとどこか遠くへ行っちゃいそうで。そんな理由じゃ、いけないかしら」
この女……。
入学どうこうは口実で、本当はただ俺を一人にしたくないと。
それだけの理由で。こんなにも親身になって。
――まるで、俺の寂しい心を見透かされているようだな。
「……そうか。ありがとう」
「え?」
意外だったのだろうか。彼女はきょとんと聞き返してきた。
真っ直ぐ目を見て、もう一度言ってやる。
「ありがとうって言ったんだよ。言っちゃいけないのか」
すると彼女は目を見開いて、次の瞬間にはにんまりとどこかむかつく笑みを浮かべていた。
「んーん。なんだ。ユウくんにも可愛いところがあるじゃないの」
「なんだよユウくんって」
「でもその怖い目つきのせいで絶対損してるわよ。まるで闇を塗りつぶしたような目してるもの」
「これは……仕方ないだろう」
「ほら~。スマイルスマイルでちょっと変わるかもよ」
「別にいいって。このままで」
にっこり笑顔を作ってみせたアリスに素っ気なく返したが、彼女はちっとも気にしていない様子で微笑んでいる。
どうも向こうにペースを握られている気がするな。
「まあ学校のことはいいわ。でもせめてもうしばらくは近くに居なさいよ」
「わかったよ。けどこの家からはそろそろ出ていく」
「ええ!? なんでよー」
駄々っ子のように声を上げた彼女に、俺は至って当然のことを言った。
「いい加減自活しないとな。いつまでもひもみたいな真似していたら格好が付かない」
「あー。なるほど。それもそうね。頑張って!」
納得して、最後にほっと一安心したように溜め息を吐いた彼女は、やっと軽い足取りで向こうに行ってくれた。
やれやれ。本当に調子が狂う相手だな。だがまあ悪くない気分だった。
ただ、今だけかもしれない。
結局そのうち彼女も離れてしまうのだろうかと、そんな感情を拭い去ることはできそうもなかった。
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