20「ユウ、再び首都へ向かう」

 イネアと炎龍との戦いだが、こちらも無事終息したと本人から聞かされた。

 手負いの炎龍に対し、イネアは互角以上に立ち回っていた。

 完全に理性を失った炎龍の動きに違和感を覚えていた彼女は、俺があえて首を落とさずただ翼を捥いだのと同じように、致命傷となる攻撃は避けた。

 どうやら炎龍はクラムに魔法で操られていたようで、俺があいつを殺したときにそれが解けたようだ。

 正気を取り戻した炎龍は、彼女に深く詫びた。

 捥いだ翼については、後日俺がイネアと共に森へ行って、気力でくっ付けてやった。

 龍の生命力は極めて強靭で、翼はまだ死んでいなかったのだ。運の良い奴だな。

 この一件で俺は炎龍にいたく感謝され、いつでも協力を惜しまないと言われた。

 大怪我を負わせたことは、むしろ強さを尊ぶ龍としてはまったく気にしていないらしい。

 それから、どうやらイネアは炎龍とは大昔の知り合いだったらしく、持ち込んだ酒を飲んでは昔話に花を咲かせていた。

 べろんべろんに酔った彼女を介抱したのは、隣でユーフを飲んでいたしらふの俺だ。

 思った通り、酒癖の悪い女だった。



 ***



 さて。ミリアがまだ学校に来ていないこと以外は、概ね平常の日々が戻りつつあった。

 あのコロシアム襲撃の一件以来、俺にはほとんどまったくと言っていいほど人が寄り付かなくなってしまった。

 当然か。あれだけの力を見せ付けて敵を皆殺しにすれば、恐怖が芽生えない方がおかしい。

 しかし例外はいる。

 相変わらず無遠慮に話しかけてくるお人好しのアリス、俺の力にすっかり惚れ込んでいるアーガス。

 そしてマスター・メギルに代わり、俺に忠誠を誓ったカルラだ。

 カルラについては、表向きは研究所の事故で死んだ扱いとし、裏で色々と手伝ってもらうことにした。

 その方が彼女も動きやすいだろうと思ったのだ。

 彼女には今、情報収集のため、首都に潜入してもらっている。

 元々裏仕事は得意だった彼女だ。上手くやってくれている。

 状態もあの日に比べたら少しは落ち着いた。その代わり、かなり俺に依存してしまっているような気もするが……。

 はあ。なんで俺はあんなことを言ってしまったんだろうな。

 親しい身内を殺された境遇に同情でもしたか。随分甘いことだ。


 そんなある日、首都からまた召喚状が届いたのだった。


『コロシアム襲撃事件について詳細を聴取する。至急議会所まで出頭せよ』


 向こうから接触を図ってきたか。いいだろう。臨むところだ。

 仮面の集団が滅びた今、魔法大国エデルの取り合いは奴らとの争いになる。

 もし万が一、例の時間を超えるという魔法《クロルエンダー》とやらが実在するなら――。

 手に入れるのは俺だ。お前たちじゃない。

 それに。トールの研究所を調べてわかったが、エデルというのは思っていた以上に馬鹿げたテクノロジーを持つ国だった。

 空中要塞都市エデルは、侵入者を防ぐ強力なバリアが常に展開されているという。

 魔力によって動く魔導兵に、広域殲滅兵器たる魔導巨人兵。

 超上位魔法をも超える禁位魔法の存在。

 そして、都市すら一発で消し去る魔導砲《ヴァナトール》。

 こんな代物をよくて地球の近代レベルの一国家が手にすれば、必ず持て余す。悲惨な結末が待っているだろう。

 真っ先に被害を受けるのは、エデルに最も近いサークリスだ。

 俺は、世界なんてどうでもいいが……。

 白状しよう。知り合いが悲惨な目に遭うのは寝覚めが悪い。

 だから。俺が望むだけの力を手に入れた後は、エデルは二度と復活できないよう徹底的に破壊する。

 それが最善の策だ。



 ***



 今回は、アリスには黙って出かけることにした。

 ただ事では済まないかもしれないからな。

 転移魔法を使えば、首都にはすぐに着いた。

 まずはカルラを呼び出す。

 仮面の集団がエデルの遺産より復元した通信機を使えば、それは容易だった。


「カルラ。しばらくぶりだな」

「ユウ。来てくれたのね」


 近場の喫茶店で落ち合った俺たちは、隅の席で話し合いを設けた。

 カルラはユーフとサンドイッチに近い料理を頼み、俺はホットミルク(と言っても、もちろん牛のではないが)とパスタのような料理を頼む。

 料理をつつきながら、俺は彼女に尋ねた。


「どうだ。有力貴族や軍部には当たってみたか」

「ええ。でもどうやらシロね。エデルに関することは何も出て来なかった」

「貴族もシロ。軍部もシロ。とすると、あの首相を裏で操っているのは誰なんだろうな」

「ごめんなさい。わたし、役立たずで……」


 萎れた花のようにしゅんとして、彼女は俺に怯えた様子を見せている。

 罰を受けるのではないかと恐れているのだ。

 こいつはすぐにこうだからな。みんなの前で見せていた元気一杯の彼女は偽り。

 いや、こうなる前の彼女だったのだろう。

 今はまるで捨てられた子犬のようだ。気分が悪い。


「怯えた顔をするな。飯が不味くなるだろ」

「はい……」


 気まずい沈黙ができてしまった。

 俺は溜息を吐いて、ミルクの入ったカップに手をかける。


「まったく。君は協力者だと言ったよな。俺の言うことなら何でも従うつもりか」

「はい。わたしは、あなたに忠誠を誓います」


 うっとりとした瞳で即答するカルラ。

 これはかなりまずい状態だ。


「あなたが望むなら、この身でも――」


 ふっくらとした胸を撫でる彼女を見て、俺は飲みかけていたホットミルクを吹き出した。


「いきなり変なこと言うな」

「だって。エイクはもう帰っては来ないもの……」


 目を伏せる彼女には、深い絶望と諦めの心境が見える。

 信頼を寄せていた上司がよりにもよって実の仇であり、しかも手酷く裏切られていたのだ。

 彼女は、エデルには死者と交信できる魔法があるとトールの奴に言われていた。

 その言葉を信じて忠誠を誓い、数々の悪事にも手を染めていたのだが。

 実はそんな魔法などない。奴の手記にべらべらと全部書いてあったよ。


「うふふ。でもその反応。あなた、もしかして」


 初めていたずらっぽい笑みを浮かべた彼女に、素気無く答える。


「ただ驚いただけだ。別に経験がないわけじゃない」


 子供好きの暗殺なんかは、男女ともベッドの上が楽なんだ。嗜み程度には身に付けている。


「へえ。ちょっと興味があるわね」

「なら今度じっくり教えてやろうか」

「まあ」


 彼女は熱っぽい視線を向けてくる。歪んだ期待の表れだった。

 彼女に残っているのは、新たな「マスター」である俺への歪な隷属心と、罪の意識だけ。

 それだけが、壊れかけた彼女の心を支えている。

 この女には埋め合わせが必要だ。俺自身が繋ぎ止めておかなければ、彼女という存在は簡単に瓦解してしまう。

 やれやれ。面倒な女を抱えてしまったものだ。

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