21「ユウ、カルラと宿に泊まる」
「議会所から呼ばれているんだ。もしかすると、接触があるかもしれない」
「いよいよってわけね。わたしもこっそり付いていった方がいいかしら」
「いや、俺一人でいい。君はこの辺りで待機していてくれ。危ないかもしれないからな」
俺の思い過ごしであればいいが。これだけ痕跡を残さずに国を影から動かす力。
嫌な予感がする。俺は無事に済むとしても、カルラは危険かもしれない。
「そう。わかったわ。でも、今すぐ向かうってのは考えものじゃない?」
確かにな。至急来いとは言っても、普通は列車でほぼ二日かかる距離だ。
この前のときは普通に列車で行ったから特に不審な点はないが……。
ネスラでないのに転移魔法が使えるという情報は、一応隠しておくべきか。
「そうだな。一日くらい適当に時間でも潰すか」
「だったら。ねえ。わたしと付き合わない? 潜入任務でずっと一人だったから、寂しいの」
カルラは甘えた猫撫で声で俺にすり寄ってくる。
自分の存在価値を認めてもらおうと。亡くなった彼のことを諦めてしまおうと。必死なのだ。
俺はこの女に、亡くなった彼を蘇らせる方法があるかもしれないとは言った。
けれど、あれだけ騙されて。さすがにもうわかっているのだ。
そんな甘い夢のような話が実現する可能性は、極めて低いと。
俺だってそうだ。究極の時空魔法とは言ってみても、トールの奴があからさまな嘘を吐かなかったということ以外の根拠はない。
それだけで信じてしまうほど、めでたい頭はしていない。
むしろ、その魔法の実験が原因でエデルが滅びたのかもしれないとすれば。
やはり実際は、そんなものは実在しない割合の方がずっと高い。
ただ、可能性があるなら追求する。可能性があるなら縋り付いてみたい。それだけのことだ。
俺は彼女と首都巡りをした。はっきり言えばデートだ。
彼女はしきりに腕を絡めてきたから、傍から見れば仲睦まじい男女のようにも映っていたことだろう。
そして気付けば夜になり、流れるまま安宿の前まで来てしまったわけだが。
「ユウ。今度って言ってたけど……」
控えめに袖を引っ張るカルラ。
俺は彼女の肩を抱き寄せた。
「別に構わないよ」
求めているのは彼女なのに。この状況を作ってしまったのは俺だ。
自分のことがひどく悪い奴に思えた。
念のため確認したが、声が漏れたりはしない程度にはしっかりした造りをしている。
俺が先にお湯を浴びて、その後彼女もお湯を浴びて出てきた。
普段肌着を押し返すほどの、豊かな質量を持った胸。くびれた腰に、白い肌。
しっとりと濡れた茶髪は、いつもの巻いた癖っ気が取れて、肩まで真っ直ぐに流れている。
期待に頬を染めつつも、その表情にはわずかに憂いが秘められていた。
一糸纏わぬ姿になって現れた彼女は、綺麗だった。
「どう、かしら。わたしは」
伏し目がちに恥じらいながら、控えめに尋ねる彼女に、
「綺麗だよ。本当に」
正直に告げると、彼女ははにかんだ。
「うふふ。身体にはちょっと自信あるもの」
一方で。
ひどい虐待や拷問の痕。
俺の身体は、消えない傷跡だらけだ。
あまり人には見せたくないものだったが、そんな俺の身体を見回しても、彼女は興味津々に目を見張るだけだった。
「あなた、可愛いらしい顔して立派な身体してるのね。それに――」
下の方を見て、彼女はくすりと笑った。
ベッドの隣に腰かけた彼女は、目を瞑り、勢いに任せるままに顔を近付けてきた。
桜色の唇が触れそうになる。
だが俺は、指先で唇を止めた。
肩がわずかに震えている。
無理をして、死んだ彼のことを忘れようとしているのが明白だ。
「無理にしようとしなくていい。唇くらいは、亡くなった彼のために取っておけ」
「…………」
開けた彼女の瞳が、潤んでいた。
俺は力強く彼女を抱き寄せ、首元にキスするところから始めた。
互いに異性の身体を知らない者ではない。慣れたものだった。
俺もカルラも、親しい者との死別の辛さと孤独を知る人間だったからかもしれない。
心に抱えた寂しさを埋め合わせるように。ただ無言で、ひたすら互いを貪るように求め合った。
理性が剥がれ落ち、剥き出しになった心が、心の能力を通じて一つに繋がる。
柔らかな身体の感触と共に、彼女の心が触れた。様々な記憶の断片が流れ込んでくる。
俺に対する恐れと、親しみと。依存する心が。
彼女もまた、俺の心に触れているのかもしれない。
身も心も包み込む強い一体感が、より一層互いをのめり込ませた。
事が済んで。
カルラは横で肌を寄せ、俺と見つめ合っていた。
表情が柔らかくなっている。俺に対する恐怖心はかなり和らいだようだ。
それだけでも意味はあったのかもしれないと、自分を納得させる。
彼女は微笑んで、俺の黒髪を撫でた。
「ふふ。ユウくんがこんなに甘えん坊だとは思わなかったわ」
「君こそ。ずっとべったりじゃないか」
俺も彼女の髪を撫で返す。
そのうち彼女は身体を起こし、俺に覆いかぶさってきた。
俺は彼女の背中に手を回し、抱き支える。
顔を寄せた彼女は、躊躇いがちに尋ねてきた。
「ねえ。どうして、わたしを殺さなかったの?」
「別に殺してやってもよかったんだけどな。同じ匂いがしたんだ」
しばらく沈黙が続いた。気まずいものではなかった。
お互いの体温と息遣いを静かに感じる。
「……なあ。俺は意地悪だったか? 真実を黙っておいて、何も知らせないまま、楽に殺してやることもできた」
あえてそうしなかったのは、なぜだろうな。
本当にただ意地悪をしてやりたかったのか。罰を与えてやりたかったのか。
……そうなのかもしれないな。同じような気持ちを味わわせてやりたかった。
「ええ。いじわるよ。本当にいじわる」
ほんのり目を細めた彼女に、指先で頬を突かれた。
さらに顔を寄せてくる。乱れた髪がかかる。
彼女は俺の首元に顔を預け、ぐったりと身を投げ出した。
彼女の柔らかな重みがさらにのしかかる。
そして耳元で、囁くように言った。声は弱々しく震えていた。
「あなたは、どうして……わたしを、責めないの?」
罪の意識か。
彼女は仮面の女をしていたときからずっと、内心では罪悪感に押し潰されそうになっていた。
あえて別の自分を演じていなければ、耐えられないほどに。
本当の彼女は。こんなにも折れそうな、弱い人間だ。
本当に。弱いな。
「責める資格なんてないさ。俺もたくさん人を殺してきたよ。生きるためだった。家族や親友すら手にかけた」
「それが、あなたの後悔?」
やはり心を覗かれていたのだろうか。彼女は驚かなかった。
俺は黙って頷いた。いつになく正直な気分だった。
だから、こんなことも言ってしまうのかもしれない。
「カルラ。今は俺のことを使ってくれて構わない。だけどな。俺はいつ君を捨てて、いなくなってしまうかもわからない人間だ」
俺がフェバルである以上、一つの世界に留まることはできない。
遅かれ早かれ、君は俺には頼れなくなる。また君を支える柱はなくなる。
こんなことを繰り返すつもりなのか。いつまでも。
「どうして、そんなことを言うの?」
顔を上げた彼女は、悲しそうに瞳を潤ませていた。
また見捨てられるのかと、こちらを責めている。
「見てられないんだよ。君にはまだケティがいるだろう。アリスだって、ミリアだって、相談すれば支えになってくれるはずだ」
驚いたように目を見開く彼女に。
俺は何だか恥ずかしくなって、ぼそりと続きを言った。
「それにな。そのうちきっと、新しい男だって見つかるだろうさ。こんな間に合わせじゃなくてな」
すると彼女は――彼女は、ぽろぽろと涙を流し始めたのだ。
「馬鹿。なんで泣いてるんだよ」
「ううん……わたしね。あなたのこと、ずっと誤解してた」
堰を切ったように涙が溢れてくる。
縋りついて、静かに涙をこぼす。
冷たくて温かいものが、俺の頬を濡らした。
俺にできることは、ただ泣き止むまで彼女の頭を撫でてやることだけだった。
「ごめんね。今は、迷惑かけるね。ごめんね」
何度も何度も、申し訳なさそうにそう言って。
一体どれほど溜め込んでいたのだろうか。
やっと泣き止んだ彼女は、俺に初めて心からの笑顔を向けた。
「ねえ、ユウ。もう一回しよっか」
彼女との夜は、長くなりそうだった。
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