19「ユウ、制裁を下す」
「これは全員お揃いで。クラム・セレンバーグ。探す手間が省けたぞ」
とっくに見当は付いていたが、証拠がなかった。
この場にいるということは。もう火を見るより明らかだ。
「ユウ・ホシミ……!」
クラムは背中の剣を抜き、身構えた。頬からは冷や汗が流れている。
「あなた……どうやってここまで!?」
「部下は! 部下はどうしたのだ!? なぜ報告が上がって来なかった!」
仮面の女は恐怖に声を震わせ、マスター・メギルは馬鹿のように狼狽していた。
「簡単だったよ。こんなお粗末な場所に入り込むなんてことは」
セキュリティも地球のものに比べれば、大したことはない。
「それに。ここにいる連中を生かしておくと思うか?」
この世には、生かしておいても仕方がない類の人間が存在する。
ちょうどお前たちのような連中だ。
寛大な措置を示してやれば、ただ付け上がるだけ。せっかく生きるチャンスを与えてやったのに。
ここは人目に付かぬよう、秘密裏に造られた魔法研究所の地下だ。
皮肉だな。
この場で起きたことは、誰にもわからない。誰を殺そうと。誰が死のうと。
俺も遠慮なくやれる。
「お前たちもここで死ぬ。野望も終わりだ。マスター・メギル。いや――トール・ギエフ」
「なぜ、私の名を!?」
仮面の奥の声が、ひどく動揺していた。
気を込めて睨み付けると、奴の仮面にひびが入り、粉々に剥がれ落ちる。
現れたのは、魔法史で教鞭を取る教師の素顔だった。
優しい紳士と評判だった奴の面影はどこにもなく、実に悪人らしい凶悪な面構えをしている。
突然仮面が割れたことに慌てふためく奴を見て、俺はにやりとした。
「最初から真っ黒だったさ。お前は。あれで隠せていたつもりなら、間抜けもいいところだ」
「ぐう……! 馬鹿な!」
初対面のときから、お前の吐き気がするようなどす黒い心は見えていた。
いや。仮に心などわからなくても、その面に張り付けた糞みたいな笑顔だけでわかる。
一体何人そういう連中を見てきたことか。裏で何かやっていることなど、容易に想像が付いた。
想像が付けば、裏付けは簡単に済んだ。そこで震えている女との繋がりを考えれば、馬鹿でもわかる。
こいつらがなぜロスト・マジックを得意とするかも、わかってみれば明らかだ。
つまりは、表におけるロスト・マジック研究の権威が、裏では仮面の集団の首領だった。
それだけの単純な話。
「どうして今さらになって、わたしたちを……。手出しはしないと、そう言っていたじゃない!」
もはや演技することすら忘れて、泣きそうな声で俺を問い詰める仮面の女に、ぴしゃりと告げた。
「言ったさ。俺
アリスの泣き顔と、ミリアの壊れた笑顔を思い浮かべて、固く拳を握り締める。
「だがお前たちは――やり過ぎた」
左手に気剣を作り出し、三人に向かって突きつけた。
「死をもって償え」
すると、ここまで黙って剣を構えていたクラムが、不敵な笑みを浮かべた。
相変わらず動揺は窺えるが、表情にはわずかに余裕が見える。
「ふっ。我々三人に大きく出たな。貴様は一人でここまで来たのだろう?」
「そうだな。それがどうした」
「つまり。今ここで私が貴様を殺せば、すべて解決する。違うか」
「おおっ!」
トールが縋るように相槌を打つ。こいつの小物臭には反吐が出そうだ。
クラム。お前が一番の強敵であることはわかっている。
だがお前もさすがにわかっているはずだ。実力では俺に遠く及ばないことを。
何を隠し持っている。その自信の根拠はなんだ。
「やってみろ」
クラムの次の言葉を待つ前に、俺は動き出していた。
目にも留まらぬ速さで奴に迫る。油断せず、一撃で首を落とすつも――
!
――なに。
身体が、動かない!
まるでその場に縫い固められたかのように、俺はまったく身動きができなくなってしまった。
まばたき一つすら許されない。
くそ。どうなってるんだ!
ただ『心の世界』によって、周囲の状況を知覚することだけはできた。
クラムが剣を構えて、隙だらけの俺に突きを仕掛ける。
トールと仮面の女の動きは、完全に止まっていた。こちらも身動き一つすらない。
何も認識できていない。心の動きさえも読み取れない。
馬鹿な。相手が生きている限り、そんなことはあり得ない。
なんだ。この奇妙な感覚は。
まるで、この場すべてが止まってしまったような。
まさか。
そこで、気付く。
奴が人の身にして黒龍をも倒した能力の秘密に。反則級の裏技に。
まさか――時間が止まっているとでもいうのか!?
目まぐるしく回った思考がようやく技の性質に辿り着いたとき、剣は既に胸部中央に狙い定めて迫っていた。
とにかく身構えろ。せめて防ぐことだけを考えろ。
煌めく速剣が、心臓目掛けて服に突き刺さる。
クラムにとっては、誤算だっただろう。
奴は激しく動揺していた。
なぜなら。防御不能、必殺のはずの剣は――。
俺の肌先で、ぴたりと止まっていたからだ。
時間が動き出す。
信じられないという表情で口を開ける奴に、俺は言った。
「確かに言うだけのことはあった」
危ない所だった。
俺が時の止まった世界を知覚できなければ。お前が心臓を狙ってくることが読めなければ。
防御はできなかった。やられていたのは、俺の方だったかもしれない。
しかしもうお前に勝機はなくなった。
たった今こいつから学習したばかりの時空魔法を発動させる。
今度は、動けなくなるのは奴の方だった。
「他人に時間を止められる気分はどうだ。聞こえているか。聞こえてはいるだろうな」
気剣が心臓を刺し貫く。
確実に致命傷を与えたのを確認し、ゆっくりと引き抜いた。
「じゃあな。偽りの英雄」
再び時間が動き出した瞬間、クラムの胸から大量の血が噴き出した。
奴は白目を剥き、そのまま一言も発せず絶命した。
俺の足元に、奴の死体が転がる。
トールと仮面の女は、時の止まった攻防の中で何が起こったのか、まったく理解できていなかった。
遅れて事実を認識したとき、二人はただただわけもわからず、心の底から震え上がっていた。
唯一俺を脅かす可能性のあった敵を倒したことで。
心に余裕が生まれた俺は、本来の用件とは別の用件を済ませておこうかという気分になっていた。
「これで邪魔者はいなくなった。さて。トール」
「ひ、ひいっ!」
腰が抜けたこいつは、近くにあった椅子に引っかかって尻餅をついていた。
滑稽も甚だしい。
「少し話をしようじゃないか」
アーガスから学んだ重力魔法によってトールを浮かび上がらせ、壁へ張り付けにする。
「今から尋ねることに、正直に答えろ。嘘を吐けば、身体が潰れることになる」
返事ができるよう、首から上の自由だけは効かせておく。
トールは怯え切った顔で、こくこくと頷いた。
「一つ目だ。首都にも何やらエデルの復活を狙っている連中がいるが、そいつらについて何か知っていることはあるか」
「しゅ、首都だと……。確かに我々は首都と敵対してきたが……知っていることは、ない……」
「そうか」
正直な答えだ。
こいつなら何か知っているかもしれないと思ったが、残念ながら外れか。
「二つ目だ。エデルを復活させて、お前がしようとしていたことはなんだ」
「……世界征服だ」
「下らん事だな」
どうやらこれも本心だったらしい。
こうまで欲望に正直だと、呆れる気持ちすら失せてくる。
もう十分だ。こいつは腐り切った性根を持っているだけの、ただの小物でしかない。それがよくわかった。
俺は、肩を震わせるばかりの仮面の女を一瞥した。
顔も心も常に仮面で隠さなくては、自分を保てない。憐れな女だ。
一睨みすると、仮面にひびが入り、見慣れた顔が現れる。
その顔にいつもの快活さは微塵もない。折れてしまいそうな弱々しさと、恐怖に彩られていた。
そして俺は尋ねた。自分でもはっきりとわかるほど冷たい声で。
「最後の質問だ。カルラ・リングラッドの恋人、エイク・ナルバスタを殺したのはお前か」
「え……」
仮面の女、カルラは何を言っているのかわからないという顔をしている。
あまりにショックが大き過ぎて、信じたくないのだ。
「そ、それは……」
「どうした。答えられないのか」
口ごもるトールに対し、重力魔法を強める。
身体が軋み、こいつはバカみたいな悲鳴を上げる。
たまらず、とうとう盛大に白状したのだった。
「私だ! 私が殺したんだああああーーーーーっ!」
「……そういうことだ。カルラ」
周りにはいつも明る過ぎるほど明るく振る舞っていたこの女が、心にどす暗いものを抱えていた理由。
それは、愛する彼の死だった。
事故死に見せかけていたが、調べてみれば他殺としか考えられなかった。
殺したのは、目の前のこのクズだ。
絶望した彼女は、一時期自殺未遂までしたらしい。
その弱みに付け込んで。このクズは彼女をマインドコントロールし、手駒にしてしまった。
つまりこの女は。ずっと知らずに、仇に手下として利用され続けてきたわけだ。
カルラの目から光が消え失せた。焦点が定まっていない。
「そんな……嘘よ。嘘ですよね……」
トールは何も答えられない。
当然だ。事実なのだから。
「嘘と言って下さいよっ! マスター!」
この期に及んでまだそう呼ぶのか……。
奴は苦々しく顔を背けた。それが答えだった。
カルラは、その場で泣き崩れてしまった。
俺は近くに転がっていたクラムの剣を拾った。
そして、嗚咽を上げるカルラの腕を乱暴に掴んで、持たせてやった。
「止めはお前が刺せ。お前には権利がある」
「う、うう……!」
彼女は剣を支えにして、ふらふらと立ち上がった。
おぼつかない足取りで、動けないトールに向かって一歩一歩、剣を引きずっていく。
正気を失った、虚ろな表情で。しかし瞳には激しい憎悪が宿り、真っ直ぐに奴を捉えていた。
青ざめたトールは、敵であるはずの俺になりふり構わず助けを求めた。
「ま、待て! ユウ! 私は知っているぞ! お前が過去のことで、何か大きな後悔をしているらしいと!」
「そんなこと、よく調べたな」
「ぐっ……き、聞いてくれ! エデルでは、究極の時空魔法が研究されていたのだ! その魔法は、時をも超えると言われている!」
「なに?」
思わず反応を示してしまった。
生き残る目があると見た奴は、必死になってまくし立てる。
「その名も《クロルエンダー》! 過去から未来まで、すべてを変えることができると! そう伝えられている!」
決して苦し紛れの嘘を言っているのではないようだ。
明らかな嘘を吐けば、心でわかる。
「馬鹿な。そんな魔法が、実在すると?」
「本当だ! その魔法さえあれば……文字通り、この世のすべてが支配できるのだ!」
「……なるほど。そいつは魅惑的な魔法だな」
俺の心は、揺らいだ。
過ぎ去ってしまった時間は、どうしようもない。
それがこの世の理だ。
だが、もし――。
俺が掴めなかった運命。
両親を。ヒカリを。ミライを。
取り戻せるかもしれないと、いうのか……?
そして、それほど強力な魔法の実験をしていたならば。
エデルが滅びた理由は、その辺りにあるのかもしれないな。
「どうだ。私と手を組まないかっ!? 私の知識ならば……! きっとその魔法をこの手に――」
「だがお前は要らない」
冷たく言い放つ。
今の話が聞こえてもいなかったのか。
カルラはただ虚ろな表情のまま、もう奴の目前にまで迫っていた。
「や、やめっ!」
ついに、奴の胸に深々と復讐の剣は突き立てられた。
おぞましい苦悶の声を上げて、トール・ギエフは絶命した。
***
俺と気を失ったカルラを残して、誰もいなくなった地下研究所は静かなものだった。
空気が嫌に不味い。
制裁とか復讐とか。飾った言葉で格好つけてはみても、こんなものだ。後味の良いものじゃないな。
だが、誰かがやる必要はあった。
研究所のあちこちを調べてみてわかったが、どうやらエデル復活にはかなり近いところまで来ていたらしい。
やり方を選ばないこいつらのことだ。ここで始末しておかねば、さらに想像を絶するような被害が出ていたことだろう。
世界がどうなろうと俺には関係のないことだが、サークリスの連中にも被害が及ぶのは間違いなかっただろうしな。
しばらくして、カルラは正気を取り戻した。
起きてからずっと、ぽろぽろと涙を流し続けている。
「わたしって、なんだったのかな……」
「散々人を利用しておいて。殺しておいて。今さら被害者面したところで、許されるわけないだろう」
俺も。お前もな。
「そうね……。でも。もう、いいの。疲れちゃった……」
「…………」
「ねえ。殺して」
切なげな瞳で。声で。
彼女は俺に縋り付く。
「わたしを、殺して」
『わたしを、殺して』
くそ。嫌なことを思い出させるな。
俺は縋るカルラの手を、乱暴に振り払った。
彼女は尻餅をつき、弱々しくうめき声を上げる。
俺は、吐き捨てるように言った。
「甘えるな。死にたきゃ勝手に死ね」
カルラはしゅんと萎れたようになり、そのままじっと動かなくなった。
憐れな女だ。自分の意志では、生きることも死ぬことも選べないのか。
殺す価値もない。
「……それとも今度は、俺のために生きてみるか」
何を言ってるんだ。俺は。
カルラが顔を上げた。瞳には期待の光が宿っていた。
この女は……。
「俺もな。エデルに少し興味が湧いてきた」
時を超える魔法。
《クロルエンダー》とやらが実在するなら。
少しは馬鹿げた夢を見てみてもいいかもしれない。
「俺に協力してくれるなら、生かしてやってもいい。もしかしたら、死んだお前の恋人を蘇らせる手段もあるかもしれないしな。どうする?」
返事はわかり切っていた。
この女には、ともかく生きる理由が必要なのだ。
カルラは嬉し涙を流して、手の甲にキスを重ねてきた。
「はい。あなたに。この身を捧げます」
まったく。なんて歪な関係だ。反吐が出る。
カルラの案内を経て、俺は研究所の自爆装置のスイッチを入れた。
侵入者用と証拠隠滅に用意されたものと言うが、まさか自分の死体を消すために使われるとは思わなかっただろう。
「この地下研究所は潰す。胸糞悪いからな」
表面上だけは元に戻ったカルラが、首を傾げる。
「でも、いいのかしら。せっかく色々揃っていたのに。エデル復活が遠のくことになりますよ」
「そもそも、人の命を使おうというのが気に入らない。まだ犠牲が必要なんだろう。だったら、ゆっくり別の手段を探すさ」
***
数日後。
俺はパラパラと新聞記事をめくっていた。
『トール・ギエフ魔法研究所で謎の爆発事故
先日未明、トール・ギエフ魔法研究所で原因不明の爆発事故があった。研究職員数十名が巻き込まれ、亡くなったとされている。
研究者として名高いトール・ギエフ氏もこの事故で亡くなった。サークリス魔法隊が、事件の原因調査にかかっている。
英雄クラム・セレンバーグ、行方不明
先日から、クラム・セレンバーグとの連絡が……』
アリスが、横から新聞を覗き込んできた。
彼女の横に、いつもならいるはずのミリアがいないことを、寂しく思う。
「怖い事件よね。あんなことが起きたばかりなのに……」
心配そうな顔で、尋ねてくる。
「ねえ、ユウ。あの後、何をしに行ったの? あなた、ずっとひどい顔だったから……」
「後始末さ」
丸めた新聞紙を、近くのくず箱に放り投げた。
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