24「ユウ、忠告をしに行く」

「よし。治った」


 全身に巻かれた包帯を勢いよく取り去った俺は、試しに軽くパンチやキックを繰り出してみた。

 あの恐ろしく速い動きを身をもって味わい、身体が学習して適応したからなのか。

 前よりも随分軽くなったような気がする。


「うん。ばっちりだな」

「あなたって、結構子供っぽい所もあるのよね」


 俺の演武のような動きをしげしげと眺めて、カルラは微笑ましそうに笑みを向けた。

 俺は恥ずかしさからつい顔を背けた。


「子供だからな。一応」

「そう言えば年下君だったわね」


 ……なんか最近どうも馴れ馴れしい気がするぞ。元のように明るくなってきたのは良い傾向だが。

 そうだ。せっかく治ったし、ちょっとあれを試してみるか。


「カルラ。ちょっとこっち来い」

「はい」


 近寄った彼女に向けて、手をかざす。そして動けと念じてみる。

 すると、こちらの思い描いた通りに彼女がゆっくりと手を上げた。

 自分の身に何が起こったのかわからず、カルラは困惑している。


「あ、え? なんで!? 手が、勝手に!?」

「なるほど。こいつは厄介だな」


 奴の能力――【支配】と言ったか。

 どうやら対象を意のままに操ってしまう能力らしいな。何とも胸糞悪い能力だ。


「あなた、何したの……!?」

「ちょっとしたまじないみたいなものさ。心配するな」


 ということは。下手な協力者を付けるのは、奴の前では逆効果というわけか。

 操られてしまえば終わりだ。


「ヴィッターヴァイツ。あいつもこんな真似ができる」


 あっちがオリジナルだがな。


「あなたがやられたっていう男が?」

「そうだ。ここから先は俺だけで戦う。君は後方支援だけに努めてくれ。決して奴の前には出るんじゃないぞ。いいな」

「わかったわ。ふふ。私が心配なのね」

「別に。足手まといだからだ」


 彼女への【支配】は、このままかけっぱなしにしておくか。

 別に操ろうというわけじゃない。もしかすると優先権が働いて、奴からの二重【支配】を逃れられるかもしれないからな。

 あくまで希望観測的な話だが。

 さて。しばらくはこの森で奴の対策を練りたいが、まずすべきことは……。


「サークリスへ出かけてくる。君は首都に戻っていろ。無理しない範囲で敵の動きを探ってくれ」

「ええ。ばっちりやるわ! でも、ちょっと待って」

「なんだ」

「少しだけ目を瞑っててくれる?」

「? ああ」


 判然としないまま、言われた通りにすると――。

 額に柔らかな唇の感触が触れた。

 キスされた。

 すると、温かな魔力が身を包んだ。何やら魔法をかけられたらしい。

 驚いて目を開くと、小悪魔な笑みを浮かべる彼女の顔が目の前に映った。


「何を」

「ちょっとしたおまじないよ」


 そして、抱き締められた。


「……気を付けてね」

「……ああ。気を付ける」


 彼女をしっかりと抱き返してから、俺は転移魔法を使った。



 ***



 行き先は、貴族街にあるミリアの家だった。自宅療養中の彼女に用事がある。

 青い花が描かれた家紋の付いた門を抜けて中に入ると。

 レマク家に仕える唯一のメイド、セアンヌが現れて迎え入れてくれた。ミリアの部屋へと案内してもらう。

 ミリアの部屋では、母親のテレリアが彼女の側に付いていた。ミリアと同じ美しい銀髪を持つ若々しい人だ。

 ミリアはベッドに横たわっていた。

 俺と目が合うと、ややぎごちない笑顔を見せてくれた。

 テレリアは丁寧な物腰で温かく出迎えてくれた。


「あらあら。ユウ君じゃないの。またうちのミリアと話に来てくれたのね」

「世話になる」

「ありがとうね。ほんとうちの子、人見知りだから。あんな大変なことがあって、まだ喋れなくてね……」


 ミリアがしょんぼりした顔をして俯く。

 少しずつ元気になってきてはいたが、まだ声を取り戻すには至っていなかった。


「そうそう。アリスちゃんがあなたを心配して探し回ってたわよ。ここにも来たわ」


 ああ、そうか。そうだな。

 勝手に二週間近くもいなくなれば、あいつは死ぬほど心配するよな。


「そうか。後でちゃんと顔を見せるようにするよ」

「それがいいわね。じゃあミリアのこと、よろしく頼みますね」


 含みのある笑いをして、テレリアはそそくさと部屋を開けた。

 二人きりになったところで、俺はベッドで身を起こしたミリアの側に寄って、横に腰付けた。


『ミリア。しばらくぶりだな』


 念じると、ミリアの心の声が返ってきた。

 彼女は心配でカンカンだった。


『ユウ! 急に姿をくらまして、一体どこ行ってたんですか。アリスもすごく心配してましたよ!』


 これは俺の心の能力を利用した念話だ。

 俺に対して心を開いてくれた相手には、こういう真似ができる。喋れない彼女のために編み出した会話法だった。

 彼女はどうやら心の声だと、詰まったりせずにはきはきと喋れるらしい。


『悪かったな。色々と大変だったんだ』

『やっぱり無茶してたんですね。あなたは』


 じと目で見つめられる。どうも彼女のこの視線には弱かった。

 ばつの悪い思いをしながら耐えていると。

 ふっと目元を和らげて、彼女はほっとした顔をした。


『とにかく無事でよかったです』

『心配かけたな』


 それから少しの間、雑談をした。しばらく離れていた分、たくさん話すことがあったようで。

 俺は主に聞く側に回っていた。彼女も今は俺としかまともに会話ができないから、嬉しいのだろう。

 俺はくたばっていた間の事情をオブラートに包んで話した。

 ヴィッターヴァイツのことも、奴の危険性も、ある程度のことは正直に話した。

 その方が本題を切り出しやすいと思ったからだ。

 そしてタイミングを見計らって、用件を告げた。


『ミリア。しばらくの間、サークリスから離れているんだ。家族とアリスたちを連れて、旅行にでも行くといい。この国を出て、うんと遠い所へ』

『それはどうしてですか?』


 理由は明白だ。

 エデルを奴が狙っていることは、もうはっきりしている。そこに隣接するこの町は――。

 俺には、確信めいた嫌な予感がしてならなかった。


『おそらく、ここは――戦場になる』

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