パレットなSummer Festival!(4)
懐かしさを象徴するようなセピア。
それがるりさんの黒い瞳に色を差した。
彼女は笑って頬を緩め、やわらかいまなざしであたしを見つめながら語る。
「おかしいだろう?」
るりさんはまるで、あたしの瞳の中へ過去の自分達を映し出しているみたいだった。
彼女の目線から『おかしい』なんて言葉とは裏腹な気持ちが伝わってくる。
るりさんの口調は大切な思い出を抱きとめているようで――
「それがあたしとトキ君の最初だよ」
――彼女がそんなだから、食い気溢れる二人の出会いに感じようもないジャムみたいな甘さを感じてしまった。
別に、聴かされた二人の出会いを羨ましいとは思わない。
けれどあたしは、不意にあたし達の『最初』を比べて苦い気持ちになった。
「そう、なんですか」
焦げ付いたような言葉を返し、視線は自身のふとももへ落す。
椅子にもたれていた背を丸め、前屈みに体を縮こませた。
そんなあたしとは対照的にるりさんは喜々としているようで、俯くあたしの耳に彼女の明るい声色が届けられる。
「そうなんだ。その日から親友が帰ってくるまでの間、トキ君にお弁当をごちそうになる生活が続いてね。二週間もしない内に舌が彼の味を覚えてしまったよ」
つい『彼の味』なんて妙な言い回しに顔を上げ、るりさんの口元を見てしまった。
悪戯っぽく笑う彼女の唇には薄く色のついたリップが差している。
あたしは飾り気のない唇を食み、じぃっと刺していた視線を外した。
別に、羨ましい訳じゃない。
リップも、トキとの出会い方だって……羨ましい訳じゃなかった。
ただ、自分とは違うんだと、改めて実感しただけだ。
あたしは胸の内をぐるぐると巡らせたまま、ちらりとるりさんに目線を戻した。
すると、彼女は一度口を閉ざした後、首を傾け――
「もしかして、聞きたかった話とは違ったかな?」
――訊ねながらあたしの顔をそっと覗き込む。
その拍子にるりさんの前髪がさらりと流れ、瞳に髪の影が落ちた。
「違うんです……そういう訳じゃ」
咄嗟に否定の言葉を口にする。
けど、あたしの声はくぐもっていて薄ぼんやりと本音が透けていた。
それを裏付けるように思わず目線が泳いでしまう。
この時ばかりは、るりさんと目を合わせるのがこわかった。
彼女の凛とした瞳が刃を落とした刀身かなにかに思えてくる。
本音の透けた言葉なんて簡単に切り払われ、心の奥を見透かされている気がした。
「あのっ……――」
何か言わないとと思うのに何を口にしていいかわからない。
あたしは作り笑いを顔に張り付け、静かに自分を責め始める。
最初からあたしの聞き方が――訊ねたこと自体が間違っていた。
聞きたいことがはっきりしていた癖に、あたしはそれを濁してしまった。
ろくに踏み込みもしないくせに、二人の想いを知りたがった。
あたしは、あたしが知らない二人の話を聞いて、るりさんやトキの想いをどれほど量れると思っていたんだろう。
途切れた声を飲み込み、あたしは気付くと息を止めていた。
短い沈黙の中で肺が重たくなっていく感覚に襲われ、息苦しさと後悔にどんどん気持ちが沈んでいく。
胸が破れてしまいそうで、自分ではどうにかできそうになかった。
いっそ、るりさんに叱ってもらえればと、そんなことまで考えてしまう。
そうだ……あたしを気遣うような言葉なんて、ほしくはなかったのかもしれない。
もっと、あたしをたしなめてくれても構わなかった。
いや、本当はどんな形だってよかったんだ。
あたしは今――どんな言葉でもいいから、この人から……言葉がほしいと思っていた。
そんな時、前触れもなくるりさんの視線が虚空に移る。
無意識に、その視線の先を目で追ってしまう自分がいた。
あたしの心の内を、何もかも見透かしそうなその視線を。
じっと見合うのが、怖いとさえ思ったその視線を。
何かを懐かしむように、思い出すように虚空に向けられた、その視線を。
あたしは、つい目で追っていた。
まるで、るりさんに見惚れてしまったみたいな時間が、ほんのひと時流れる。
次に彼女の視線が移ろいだ時、凛とした双眸はあたしに注がれていた。
そして、何かを思い出したように解かれた唇は、可笑しそうにあたしに語り始める。
それは、まるで宝物を見せびらかしたいこどものような声で――
「そういえばさ、その一か月後くらいだったよ」
――おもちゃ箱をひっくり返すように『言葉』があたしの前に広げられた。
「トキ君に君のことを相談され始めたのは」
直後、あたしの思考は電池が切れたように停止する。
思いもしなかった話題に、完全に虚を衝かれていた。
「……へ?」
言いたいことがつっかえていたあたしは、思わず変な声を漏らしてしまう。
「あたしのことを、相談? るりさんに? トキがですか?」
この瞬間、驚くほどあたしの口は滑りが良くなっていた。
あまりに簡単に声が出てしまい、現金な反応をしたと咄嗟に自分の口を手で覆う。
そうやって気恥ずかしさで身じろぐあたしを見て、るりさんも口元を手で隠した。
けど、別に彼女は気恥ずかしくってそうしている訳じゃない。
るりさんはただ、あたしの反応を見て笑っているのを隠したいだけなのだ。
くすくすと細い笑い声が治まると、一呼吸置いて再び彼女は口を開いた。
「ああ、君がまだ小学生をやっていた時分のことだよ。身に覚えがあるだろう?」
そんなたった一言であたしはトキがした相談の内容を想像し、一瞬で理解する。
加えてスイッチを入れたみたいに頭が昔のこと思い出した。
その途端、顔がかあぁっと熱くなって、心と体がいっぺんにくすぐったくなる。
あたしはとても正面を向いていられなくなり、すぐさま視線を俯けた。
ただそれでも、どうしても恥ずかしくて、くすぐったくて、とても顔を上げていられない心境なのに、当時のトキがどんなことを話していたのか気になってしまい、知りたくなってしまい、訊きたくなってしまう。
だからたどたどしく、恐る恐る訊ねる。
「あの、トキは…………トキは、るりさんに、どんなこと相談したんですか?」
「やっぱり、気になる?」
「それは……まぁ」
しかし、あたしがおずおずと顔を上げてみた時だった。
るりさんの表情に、また笑みが差していたのだ。
彼女はつい先ほど治まったばかりのくすくす笑いを、今また堪えていた。
にやっと唇を結び、必死に笑い声を飲み込む姿はまるで……悪戯したことにいつ気付くだろうかとわくわくしているこどものようだ。
るりさんの様子に、あたしは思わず眉をひそめた。
そして、まさか、とも思いつつ頭を働かせてみる。
だが、あたしは考え出してすぐに一つの『まさか』な予想に行き着いた。
「るりさん……ひょっとして今、あたしをからかって楽しんでません?」
あたしがこどものようにむくれていたと気付いたのは、この直後。
自分の声が拗ねたように聞こえ、無意識に頬を膨らましていたことを、この時に自覚した。
同時に、るりさんの楽しそうな顔を見て『まさか』だった予想も確信へと変わる。
彼女は開いた花のような微笑みをあたしに向け――
「いや、からかうつもりはなかったよ。だけど、そうだね。どうも最近、君相手にも軽口叩いてしまうな、あたしは」
――反省の色がちっとも見えない弁解を嬉しそうに語った。
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