夏コミュニケーション(2)

「つまり、余計な気を遣って嫌われたと」

「はい」 


 だいたいの経緯を話終えると、先輩は簡単に要約した言葉をバッサリと俺に浴びせかけた。


「うーん。女の子の持ち物だしねぇ。下着でも入ってたんじゃない?」


 先輩の言葉に、浅緋の線が細い体を彩る布地を想像してしまいそうになる。

 その直後、先輩の言う通りだったらと考えてぞっとした。

 もし、そうだったとしたら浅緋にとって俺は『自分の下着を持ち運びたいと迫った変態』と、いう認識をされていてもおかしくない。


「あれから、ろくに口を聞いてもらえてなくて……先輩の言う通り俺がデリカシーのないことをしたからですか」


 気分は暗く沈み、意識せずとも声色が低く低く落ち込んでいく。


「あー……ごめん。冗談のつもりだったんだけど」

「冗談に聞こえませんよ」


 冗談だと言う先輩の謝罪を聞いても、なんだか自然と視線が床に落ちてしまった。

 全身がずしりと重くなったような気さえする。


「あちゃー……今の君には洒落しゃれにならなかったみたいね。ほら、そんな落ち込んでないでさ。こっち向いてごらんよ」


 そんな俺を見兼ねたのか、先輩は困ったような笑いを浮かべて俺に顔を上げさせた。


「あんまり考え込んじゃダメだよ? もうその時のカバンの中身なんて確認のしようがないんだしさ。それに、難しい年頃だし。ただ単に君と反りが合わなかっただけかもしれないし」

「……先輩、俺の傷口に塩塗り込んでません?」


 先輩の目をじぃっと見つめる。すると、彼女は「あはは」と誤魔化すように笑った。

 その後「ごめん」と、呟き、一つ咳払いをして見せる。

「で! あたしが思うに今の君達に大事なのは挨拶だねっ」


 自信満々と言わんばかりに胸を張り、ピシッと恰好良く俺を指さして先輩は言い放った。


「挨拶ですか?」

「うん。だって、君達の間にはそもそも会話がないんでしょ? だったらそれは単純にコミュニケーション不足だよ。だから、まずは一番簡単なコミュニケーションをしようよ。朝起きたら『おはよう』出掛ける時は『いってらっしゃい』夜寝る時は『おやすみ』って」


 先輩は、おはようからおやすみまでのジェスチャーを、全て手をひらひらと振ることで表現して見せ、にっこりと俺に笑顔を向ける。


「あ、もちろん。挨拶する時はその仏頂面、なんとかしてねっ」

「そ、そんなんで良いんですか?」


 俺は仏頂面と言われたことなんてそっちのけで先輩に詰め寄った。

 彼女の言っていることは、なんだか当たり前という気がする。

 打開策と言うには、ちょっとパンチが足りないと感じたのだ。

 すると、先輩は「近い近い」と俺を押し退けると、こどもを叱るような優しい語気で続けた。


「君さ、そんなこと言うけど今朝だってちゃんとその浅緋ちゃんと挨拶できたの?」


 呆れたように言う先輩の言葉に、今の自分は『当たり前』と感じた挨拶でさえ、 浅緋とまともにできていないんだ、ということを思い知らされる。


「できてなかったです……」

「でしょ?」


 彼女はクスッと笑い、これまでとは違う諭す様な大人びた声色に変えて言葉を紡いでいった。


「まあ、言いたいことはわかるよ。他に話したいこともたくさんあるんだろうしね。例えば、ほら、電話をする時に『もしもし』って言うでしょ? あたしはあれって『これからあなたと話したいよ』って、気持ちを伝える言葉だと思うんだ。だから君も、浅緋ちゃんときちんと話したいならその気持ちを伝えるための挨拶から入ってあげなきゃ。朝起きて天気の話をしたいなら、『おはよう、今日はいい天気だね』学校の様子が訊きたいなら『おかえり。今日は学校どうだった?』みたいにね。そうやって、少しずつ浅緋ちゃんのことを知るための取っ掛かりと、自分のことを伝えるための取っ掛かりを作って行けばいいと思うよ」

「取っ掛かりですか?」

「うん。だって取り付く島もないんでしょ? なら、取り付くモノを作らなきゃね。それに、おしゃべりが好きな女の子は多いから。案外、最初の取っ掛かりさえ作ってあげたら、浅緋ちゃんも自分からいっぱい話してくれるかもしれないよ?」


 そう言うと先輩は、しゃべった分のエネルギーを補給するみたいに三度俺の弁当箱へ指を伸ばしていった。最後に「好きなモノとか趣味の話とかね」と付け加えて。

 そんな先輩を視界の端に捉えながら、俺は浅緋との取っ掛かりについて考えていた。

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