パレットなSummer Festival!(10)


「あら、いいじゃない!」


 手紙のことを話すなり、かおるさんは少女のように微笑んだ。

 しかし、あたしは笑顔を返すことができず、持ち帰った新聞を手慰みに丸めてため息を吐く。


「でも……あたし思い出したの」

「何を?」

「自分が受験生だってことを……」

「あー……なるほどね」


 そう、あたしは受験生なのだ。

 しかも、成績があまりよくない受験生……。

 つまり、悲しいけど遊んでいる暇がない。

 本当ならあさぎちゃんのお願いも手早く断って、勉強机に向かわなければならないのだ。


 だが――。


「はぁ……」


 ――実際のあたしは、そうできずにいた。


 あさぎちゃんの魅力的なお願いを前に後ろ髪を引かれ、どうしようもなくため息が重なる。

 気付けばあたしは頬杖を付きながら「どうしよ……」と情けなくつぶやいていた。


(受験のことを考えれば断るべきなんだろうけど……でも――)


 つい、視線が手紙へと流れてしまう。

 丁寧に綴られた文字列と、文面に添えられた花の絵を見てしまうとやはり決断が鈍った。


(――こんなの読まされちゃったらなぁ……)


 一度目を通してしまったら、あさぎちゃんの『遊びに来たい』という想いが咲き誇るこの手紙を無下にできる筈がない。


 けど二つ返事で『いいよ』と言える程、あたしは現状を楽観していなかった。


 あさぎちゃんと遊ぶことを考えると、たった一日……。

 ううん、半日だとしても『今、本当に遊んでしまっていいのか』という不安が生まれる。

 もし今、勉強から離れてしまえば張りつめた糸がぷつりと切れるように受験に対する気持ちも途切れてしまうんじゃないか……。

 そんな考えが頭を過って素直に遊びたいと思えなくなってしまうのだ。

 だけど。


「浅緋ちゃん、息抜きも必要よ?」


 かおるさんは『しかたのない子ね』と呆れながら、こどもに言って聴かせるように笑う。

 母親を想わせる彼女の表情がくすぐったくて、あたしはさっと顔を伏せた。


「それはわかってるつもりだけど……今は遊んでる余裕なんてないと思うし。それに勉強せずにあさぎちゃんと遊んで……もし受験に失敗したらって思うと――なんていうか……すごくかっこわるいじゃん」


 胸の奥で渦巻いていた想いが、言葉にした途端ひどく情けなく聞こえる。


 でも――。


「そう思えるなら、大丈夫じゃないかしら?」


 ――唐突に根拠のなさそうな明るい声が耳に入り、あたしは顔をあげて訊ねた。


「どういうこと?」

「んー? 浅緋ちゃんはあさぎちゃんと遊んだ後、今よりもっと勉強に打ち込めるってことよ」


 かおるさんの返答にあたしはこてんと首を傾げる。

 あさぎちゃんと遊んで、今より自分が勉強に打ち込めるだなんて自信を持てなかったからだ。


「そう、なの……かな? 本当にそう思う?」


 しかし、不安を拭えずにいるあたしに、かおるさんは「もちろん」と頷いて続けた。


「だって浅緋ちゃん、あさぎちゃんにはかっこ悪い所みせたくないって思ってるでしょう?」


 まるで白状しなさい、とでも言うような微笑み。

 あたしは、かおるさんの言葉を否定できないまま、まごつきながら答える。


「それは……うん……」


 すると、かおるさんは満足気に頬を緩め、口角をあげてぱっと笑顔を咲かせた。


「だったら絶対大丈夫! その気持ちは浅緋ちゃんのがんばる原動力になるもの」


 だが。


「う、うーん……?」


 かおるさんの笑顔と言葉では未だ納得ができず、あたしは唇を固く結んで唸る。

 つん、と思わず唇が尖っていく中、かおるさんは再び「じゃあ」と言葉を重ねた。


「例えば、浅緋ちゃんがあさぎちゃんと一緒に遊んで受験がうまくいかなかったとしましょう」

「縁起でもないよ……」


「でも、もしそうなってしまったとして、その時、浅緋ちゃんはどんなことを考えるかしら? ああ、あの時あさぎちゃんと遊んだから集中力が途切れたんだ……なんて考える?」

「そんなかっこわるいこと、絶対考えないよ」


 即座に否定の言葉が飛び出る。

 直後、かおるさんは「ふふ」と細い笑みを漏らし、唇に指を寄せて「そうね」と口にした。


「むしろ、浅緋ちゃんはあさぎちゃんを言い訳にしないためにってがんばる筈だもの」

「……あさぎちゃんを言い訳にしないために?」

「そう。あさぎちゃんと遊んだことが問題にならなくなるくらいに、彼女にとってかっこいいお姉ちゃんでいるために……ね?」


 この瞬間――。


「あ、そっか……」


 ――胸の奥でつっかえていた何かが、すとんと落ちてくる。


「あたし、あさぎちゃんもがんばる理由にできるんだ」


 今、この瞬間なら、あさぎちゃんと遊んでも絶対に勉強をがんばれると言える気がした。

 だって、あたしを大好きだと言ってくれた女の子を失敗の言い訳にする訳にはいかない。

 あの子にとってかっこいい向坂浅緋でいるためにもがんばる。


 うん……それは、勉強机に向かう理由として十分だった。


「かおるさん、あたしあさぎちゃんに遊びに来てって返事書くね」


 自然と声色が明るくなり、口にする言葉は弾む。


「ええ。上手にガス抜きなさい。せっかくだし夏祭りに合わせて来てもらったら?」

「それ、すごくいいかも!」


 綿あめを手にはしゃぐあさぎちゃんの姿が浮かぶと、あたしはもう止まらなかった。


「ふふ。どうせならほのかちゃんも誘って行きなさい。皆で行くならお小遣い弾んであげる」


 にっと歯を見せて笑ったかおるさんは、すっかり姪を甘やかすモードに入ったらしい。

 あたしは未だにこそばゆいその好意に甘え……。


「じゃあ、その……お願い、かおるさん」

「まかせなさいっ」


 かおるさんの満足気な顔を目にすると、あさぎちゃんの手紙を片手に自室へと走った。



 自室に入るなり携帯を開き、ほのかへとメッセージを送る。

 その後、親友から機嫌の良い返事を受信すると、あたしは財布を持って外へ出た。


 熱くなった自転車のサドルにお尻を着けないようにまたがり、ペダルを漕ぎ始める。

 車輪の勢いが増すと、あたしは町の文房具店を目指して滑走した。


 せっかくあさぎちゃんに返事を書くんだ、どうせなら綺麗な便箋を使いたい。

 どんな柄を選べば彼女は喜んでくれるだろう?

 そんなことを考えながら、あたしは向かい風に衣服を膨らませた。


 ……そういえば、勉強以外で何かを書くというのはずいぶんと久しぶりだ。

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