夏祭り(2)
あたしと青丹さんの課題は、着々と終わりへと向かっていく。
トキに教えてもらったこともあって不安を抱いていた英語と数学の課題も進みが良かった。
後は、二人で協力すれば無理なく課題を終わらせることができると思う。
けど。
「ねぇ、向坂さん。勉強ばっかりだよぉ」
三日、四日と勉強会を続けていく内、青丹さんの集中力は日ごとに落ちていった。
冷房の効いた部屋で互いにカリカリとシャープペンを走らせる時間は、彼女には余剰となる体力が出て来るみたいだ。
寝っころがってばたばたと四肢を動かしたり、ぐぅっと伸びをした後で体を縮めたり、畳の上を転がったりと、とにかく落ち着きがなかった。
「勉強ばっかりって言うけど、時間決めて休憩も取ってるし、勉強終わったら遊ぶじゃない」
「むしろそれだよ!」
横になって天井を見上げていた青丹さんは、がばっと起き上る。
「なんか、毎日こまめに勉強してるのが、学校か塾に通ってるみたいでやだ! それなら夏休みなんだから勉強の日は一日中勉強! 遊ぶ日は丸一日遊ぶ! って、勢いに任せたいの!」
「じゃあ、明日は一日中勉強する?」
チラリと彼女に目線を投げてひやりっと言い放つ。
青丹さんは「うっ……」と短くうめいて口を閉じた。
「ほら、見なさい。青丹さんは絶対毎日誰かとコツコツやらないと、一人で夏の終わりに泣きをみる人だよ」
彼女に向けていた目線を落とし、あたしは再び漢字の書き取りに黙々と従事していく。
「そうかもだけどぉ。私は向坂さんと遊びたいんだもん……」
けど、青丹さんに服の袖をぐいぐいと引っ張られ、シャーペンを持つ手が揺れて字が書けなかった。
これで、今日何度目だろう。あたしはシャーペンを置いて青丹さんに向き直った。
「そりゃ、あたしだって遊びたいけどさ。このままだと、絶対夏休み終わる頃に青丹さんひいひい言うことになるよ?」
「でも、毎日淡々と勉強したくないんだもん」
青丹さんはぐいーっと服の袖を引っ張りながらあたしに寄り掛かって泣き言を吐く。
「もー……重いってばぁ」
彼女の体を引きはがして押し退けると、青丹さんはそのままばたりと体を倒して寝そべった。
すると、彼女の体はテーブルの影に隠れてしまって様子が見えなくなる。
「はあぁ……」
直後に大きなため息が聞こえた。
あたしは青丹さんが気になり、座ったまま畳を擦って彼女の顔が見える位置まで移動する。
青丹さんは、果てのない長い道のりを見るような目でただただぼうっと天井を見つめていた。
「せめてこうっ……なんか目標があったら頑張れるんだけどなぁ」
「目標って……今日中に漢字ドリル終わらせるとか?」
あたしの言葉で、彼女は苦いものを噛んだように表情が渋くなる。
「そうじゃなくて、こう何日までに課題終わらせたらご褒美……みたいな」
「ご褒美ねぇ……」
一瞬、『お菓子』や『どこかへ遊びに行く』という選択肢が思い浮かんだ。
けど、勉強中もお菓子は食べていたし、遊びに行くのも普通に出掛けるだけじゃ物足りない気がする。
何か、夏らしい特別なイベントはないだろうかと、頭を巡らせた。
「……あ、そう言えば。たしか今週末に近くの商店街でお祭りするんじゃなかったっけ?」
一つ、そんなことがあったような、と思い出してぽつりと呟く。
「お祭り……お祭りかぁ!」
青丹さんはあたしと同じようにぽつりと呟いて、寝そべったまま体をぐいーっと伸ばして、だんだん顔が晴れやかになっていった。
「向坂さん! それだよ! それ! 課題が終わったら一緒に行こう!」
がばっと体を起こして、あたしに詰め寄り、今すぐにでも家を飛び出して行きそうな勢いだ。
「い、いいけど。お祭りまでたぶんそんなに時間ないよ?」
曖昧な記憶を一生懸命引っ張り出しながら声に出していく。
「たしか、土曜日から二日間やるってチラシかなんかに書いてあった気がするけど」
今日が木曜日だから、お祭りの最終日に間に合うようにと考えても、今から課題に取り掛かるとして三日ほどしか時間がない。
毎日だらだらと課題をしていたあたし達に、本当に三日で課題を終わらせられるだろうか?
「向坂さん! 私頑張る! 頑張るから!」
たぶん、なんだかんだ間に合わないんじゃないかと薄暗い見通しを立てるあたしと違い、青丹さんはなんだかやる気に満ちていた。
彼女はぐっと両手に力を込めて、今すぐ勉強に打ち込みたいと言わんばかりだ。
「……そこまで言うからには、課題が終わらなかったらお祭りは行かないからね」
「もちろんだよ! 綿菓子も金魚すくいも我慢するよ!」
ポイでも持っているつもりなのか、片手で金魚を掬う動きを再現しながら青丹さんはぶんぶんと腕を振る。
「まだ工作と絵の課題も残ってるんだよ?」
「向坂さんと貯金箱作って、お庭の風景画を描くよ!」
貯金箱か絵の構想でも練っているのか、彼女は指先で空に様々な図形を描いていった。
その様子がおかしくて、思わず、くすっと吹き出しそうになる。
「わかった。じゃあ、頑張ってみよっか」
「がんばる! 私がんばるからっ!」
あたしのゴーサインとも取れる言葉を皮切りに、青丹さんはシャーペンを握り、破竹の勢いで漢字の書き取り課題に向かって行った。
横からそれを眺めていると、ミミズがのたうったような字が沢山混ざっているけど……まあ、これくらいは許されると思う。
若干、最初からこれくらいやる気を出していれば、とそう思った。
けど、たぶんこれが青丹さんの良さなんだと思い直す。
何か目標を決めたらまっすぐ、ひたすら一直線になれる人なんだ。
「がんばってね……ほのか」
夏休みが始まる前、突然自分の目の前に現れた彼女を思い出して、あたしは呟いた。
それが聞こえてしまったのか、ほのかは手を止め、急にあたしに目線を向ける。
「そうだ! 夏祭りにはトキさんにも一緒にいってもらおうね!」
からかうように笑った後、すぐさま書き取りに戻ったほのかに、あたしは一言だけ告げた。
「……青丹さん、そこ字汚過ぎ、読めないからやり直しね」
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