12話

パレットなSummer Festival!(1)

 真夏日となった今日は八月半ば。


「あの……るりさんとトキって、どういう関係なんですか?」


 るり先生との授業が休み時間に入ると……とうとう堪らなくなって、あたしは彼女に訊ねた。

 ごくりと生唾を飲み込み、るりさんの顔を見つめながら返事を待つ。

 あたしは、十二分に真剣なつもりだった。

 けど。


「ん? 大学時代の先輩後輩だよ?」


 彼女は問いかけの意図を汲み取ってはくれなかったらしい。

 あっけらかんと答えるるりさんにあたしはため息を吐き、つい続く言葉が濁った。


「あの――そうじゃなくて……もっと、個人的な話なんですけど」


 もごもごとしゃべるあたしに、るりさんは考え込むそぶりを見せる。

 彼女は「んー?」と声を漏らしながら手をあごに添え、言葉の意味を理解しようとしていた。

 眉をひそめ、不可思議そうにしていたるりさんの表情は真剣そのものになっていく。

 あたしは、そんな気難しく眉を寄せていく彼女をだんだん見ていられなくなった。

 恥ずかしいような、申し訳ないような気分になり、不意の拍子で目線を逸らす。

 その後、精一杯の声を振り絞って――


「その……二人って、付き合ってたりするんですか?」


 ――あたしは彼女に、ここ最近の気掛かりをぶつけた。

 この時、普段なら休憩時間中は握りたくもないと思うシャーペンの存在がひどく恋しかった。

 休憩時間に入るや否や手から放り出したシャーペンは机上に転がっている。

 あたしは空を握るしかない両手を持て余し、それがただでさえそわそわしていて落ち着かない心に拍車をかけていった。

 そんな心境で、あたしは逸らした目線を再びるりさんにちらりと戻す。

 すると、彼女は驚いたような顔をしていた。

 けど、それもほんの短い間のことだ。

 るりさんは直ぐに現状を飲み込んだらしく、形の良い唇と力強い瞳を楽しそうに歪め――


「あたし達が恋人同士かってこと?」


 ――彼女は、あたしの問いかけから核心部分を抽出したような言葉で答えた。

 それは、あたしの問いかけの意図を再認するための繰り返しだ。

 けど、どうもあたしには、それが彼女にからかわれているように思えた。

 しかし、だからといってここで押し黙る訳にもいかない。

 あたしが「はい」と短く返事を絞り出すと、るりさんは「そっか」と言い笑って続けた。


「やっぱ、従妹ちゃんとしては気になるのかな」


 るりさんは椅子に座りながらぴんっと伸ばした背筋を緩め、姿勢を楽にする。

 そのまま、猫のように背を丸めながら彼女は机に肘をつき、絡み合わせるように両手の指を組んだ。

 そして、そっと指の甲にあごをのせ――


「残念ながら、恋人じゃないんだな。あたし達は」


 ――ちっとも残念そうに聞こえない間延びした声で、あたしにそう告げた。

 その一言に、あたしはただただほっとする。


「そ、そうですか……」


 けど、今さっき感じたばかりのほっとした安堵感――それが、既に心の中でしぼんでいた。


 『恋人じゃない』


 そう言ったるりさんを信じていない訳じゃなかった。

 でも、もしかしてという不安感に、あたしの気持ちは簡単に上塗りされた。

 るりさんの答えは『今、恋人じゃない』と、二人の関係を答えただけだった。

 だから、るりさんの想いが彼に……。

 いや――なにより、トキの想いが彼女に惹かれているんじゃないか……。

 そんな、本人でしか確かめようのない気持ち。

 誰にでも簡単に打ち明けるような感情でない本当の気持ち……あたしはその欠片でいいから、それをるりさんから見つけたかったのかもしれない。

 だから――


「あの……その話とは、また全然関係ないかもと思うんですけど……」


 ひどく、ぐちゃぐちゃにかき混ぜられたような心を抱いたまま。

 るりさんに抱いてしまった不安感……せめてそれだけは悟られないようにと。

 何色もの絵の具を混じり合わせたような声色で。


「るりさんとトキって、学生時代どんなだったんですか?」


 ――あたしは、るりさんにそう訊ねた。

 すると、彼女はこてんっと首を傾げ、あたしを見つめたまま目をぱちぱちしてみせる。


「学生時代? そんなのが気になるの?」


 その顔が、あんまりにも不思議そうだったので、あたしは思わず、そんなに変なことを聞いてしまっただろうかと自分の言動を振り返った。


「あ、あの――あたしそんな変なこと訊きましたかっ?」

「いや、そういう訳じゃなくてねっ」


 慌てるあたしを落ち着かせようと、るりさんは指を解いて手を前に出す。

 どうどう、と動物でもなだめるような彼女の手付きに、あたしはもにょもにょと口をつぐんだ。


「あたしはてっきり。もうちょっと浅緋ちゃんに食い下がられると思ってたからさ」


 この『食い下がる』というのが何を意味するのかはすぐにわかった。

 るりさんは『二人が付き合っているのか』について『恋人同士じゃない』と答えた。

 その答えの真偽について、あたしにもっと追求されると思っていたんだろう。

 実際、彼女の予想はあながち間違ってない。

 だって、本当は今もあの答えに『食い下がりたい』気持ちもあった。

 けど、今現在のあたしの胸中は、訊きたいことを直接的に訊けないもどかしさでいっぱいだ。

 自分の心中にある見栄や気恥ずかしさ……それらが、あたしの言動を縛っている。

 だから、そうした自分の心に口にしたい言葉を選定され、あたしは素直な疑問や訊ねたいことが声にできないでいた。

 なのに、そんなあたしとは裏腹に、るりさんはなんともあっけらかんと声を紡いでいく。


「嘘は言ってないし本当に恋人同士じゃないとはいえ、さっきの言い方はちょっと軽口じみてたかなと自分でも思ったからさ。あっさり話題が変わって少しだけびっくりしたよ」


 この時、あたしの中では未だに話の本題が変わってないことに、ちょっとばかり心が痛んだ。

 そのせいで、後ろめたい想いが胸の内に滲みだす。

 けど、それ以上にるりさんに対するうらめしさがあたしの中で募り出した。

 色んな感情にがんじがらめになった胸中でいるあたしには、今の彼女の言い草はなんとも自由で気兼ねの無い風に聞こえたのだ。

 つまり。


「るりさん……ひょっとして、あたしのことからかってたんですか?」


 発揮されたるりさんの悪癖。

 あたしはそれに眉をしかめ、ちょっとした抗議のつもりで居ずまいを崩した。

 ぷらーんと足を机の下に放り出し、彼女の返答を待つ。

 すると、るりさんは拝むように軽く手を合わせ、笑いながら謝辞を述べた。


「そういうつもりはなかったんだけど。ふふ――ごめんね。どうも最近、君にも軽口叩いちゃうな」


 本当に悪いと思っているのだろうか……?

 るりさんは得意のウィンクを決めながら、茶目っ気たっぷりに会釈する。


「別に……いいですけど」


 反省の色を見出すには彼女の表情はあまりにもあざやかだ。

 あたしは、自身が抱く後ろめたさもあって、これ以上むくれるつもりにもなれなかった。

 ただ――


「それと……あたしは、るりさんが嘘つくような人じゃないと思ってるから、食い下がったりしなかっただけです」


 ――これだけは言っておきたいと思って、あたしは文句をこぼすように声を絞り出し、直後に口を尖らせた。

 今、声にしたことは紛れもなく本心だ。

 でも、それとは別に、まだ彼女に全幅の信頼を向けられない自分が歯がゆくもあった。

 そんなあたしの感情に気付くそぶりもなく、るりさんは照れたように笑みを浮かべ、頬の横に垂れる髪を指先で撫でるように払う。


「で、あたしとトキの学生時代だっけ?」


 そして、不意に彼女は話を戻し「そうだなぁ」とつぶやいて虚空へと思いをはせた。

 しばらくもせず、るりさんは懐かしさでやわらかくなった声でゆっくりと語り始めたのだ。

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