5話 もしかしたら向坂さんは私の新しい王子様かもしれない!
そして夏休みになる(1)
「私、
放課後、あたしは『あなたが成瀬君を振ったって、ホント?』と、真正面から問い質してきた女の子と教室で二人きりだった。
「よ、よろしく……?」
あたしの前の座席からイスを借りて、青丹ほのかはあたしと向かい合うよう腰掛けている。
にこりとあたしに笑顔を向けている彼女が、あたしには何を考えているのかわからなかった。
青丹さんが教室で私に、友達になりたい宣言をした後、あたしに対する針のむしろ状態は一応収まった。
いや、きっと青丹さんのおかげでうやむやになったといった方が適切なんだと思う。
彼女の登場で、クラスメイト達からの陰口は減り、刺すような視線は野次馬根性の芽生えた好奇の視線に変わった。
好奇の目にさらされるのもそれはそれで妙な気分だったが、悪意に満ち満ちたような雰囲気よりは多少息がしやすかったのは確かだ。
しかし、彼女は登場した直後、朝礼に現れた先生によって自分の教室に退場させられた。
去り際に「放課後にまた来るね」の一言を残して……。
結局、今朝の一件だけでは青丹さんの目的も、友達宣言の真意もわからずじまいだった。
そして後は、半ば流れに身を任せるまま放課後になり、宣言通り彼女が目の前に現れたのだ。
「それで……青丹さんはあたしと友達になりたいの?」
「そう!」
素の無愛想が出て波風を立てないようにと言葉を選んで訊いていくあたしと比べて、青丹さんはなんともあけすけに受け答えをしていた。
そんな彼女にあたしは警戒心を――いや、謎を抱いたまま質問を続けていく。
「な、なんで?」
「えっと、ちょっと変な理由なんだけど。簡単に言うと、向坂さんが成瀬君を振ったからかな」
「あー……青丹さん、成瀬君のことが嫌いだったの?」
天真爛漫に語る青丹さんの言葉から、あたしはそんな推測をしてみた。
『青丹さんは、成瀬君のことが嫌いだった。だから、彼を振ったあたしと気が合うと思った』
と、彼女は、こう考えたのではないだろうか?
「えっ? 私成瀬君のこと好きだったよ?」
もうっ! 訳がわからないっ!
あたしは、思わず頭を抱えて、机の上に突っ伏した。
そこから顔だけを彼女に向け直し、あたしはぼやくように言葉を漏らす。
「……ごめん。わかるように説明して」
青丹さんは楽しそうに「いいよー」と伸びやかに返事をしながら語り始めた。
「えっとね。私、成瀬君のことが好きだったんだけど。向坂さんが成瀬君を振ったって聞いてね――」
「ちょっと待って!」
片手を彼女の口元に向かって突き出し、あたしは思わず青丹さんの話を中断してしまう。
「あたし、ずっと気になってたんだけど。なんで皆あたしが成瀬君を振ったって知ってるの?」
今朝、あたしが学校に着いたばかりの時点では成瀬君はまだ学校に来ていなかった。
にもかかわらず、あたしが教室に入った時点でもうすでにクラス中に噂が広まっていたし、違う教室の青丹さんに伝わるまでになっていた。
今朝の内にどうしてあそこまで噂が広がったのか、あたしは気になっていたのだが――
「昨日、友達からメールが来たんだよ」
「……は? え? メール?」
あたしは、愕然として訊き返した。
そんなあたしを気にも留めず、青丹さんはカバンから携帯電話を取り出し、カコカコと片手で数字列のボタンを押していく。そして――
「ほら、これ」
そう言って、携帯の画面を見せてくれた。
そこには、あたしが成瀬君に告白されて彼を振ったらしく、しかもこっ酷い振り方をしたらしい、という内容の文章が打たれている。
「これ――な、なんでっ?」
「私も人伝に聞いた話なんだけど。昨日成瀬君、振られた後で部活に顔出して恋愛相談してた部活仲間にダメだったって話したんだって。で、その時、居合わせた相談されてない部員にも話が漏れちゃったらしくて、その部員から成瀬君のファンクラブの耳にも入っちゃったのが一番の起爆剤みたいだよ」
つまり、昨日の夜にはもうメールが出回る程の事態になっていたんだ。
というか、あたしの耳に、一つ気になるワードが飛び込んで来た。
「っていうか、ファンクラブって?」
「成瀬君のファンクラブ。あるよ、成瀬君人気者だし」
携帯電話をしまいながら、青丹さんはあっけらかんと答えた。
「ちなみに、私にメールで教えてくれた友達っていうのもファンクラブのメンバーだよ」
「もしかして、成瀬君って有名人?」
「うーん、そこそこね。地元のアイドルって感じ。成瀬君結構カッコいいし、部活で地区大会優勝した時から一気にね。その前から人気あったけどさ」
「ぜ、全然知らなかった……」
どうりであそこまでクラスで針のむしろになった訳だ!
今、ようやく今朝の出来事の全容を知れたような気がして、すっとしたような、一気に疲労感に襲われたような気分だった。
言ってしまえば悪い気もするけど、男を振って一度開き直った身としては、なんで好きでもない男を振ったくらいであんな陰口を叩かれたり、視線を浴びせられなきゃいけないんだと思っていた。
でも、成瀬君は人気者で、そんな彼をクラスで浮いたあたしが振った訳だ。
とばっちりを食らった気もするけど、物事には理由があるんだなと妙に感心もした。
あたしはため息を吐いてから再び机に突っ伏する。
青丹さんは、そんなあたしの肩を叩いて「私の話、続きしてもいい?」と、訊ねた。
「どうぞ……ちゃんと聞いてるから」
たぶん、このあたりから私の無愛想を抑えようという試みは完全に崩れていたと思う。
「私、成瀬君が好きだったんだけど、向坂さんが成瀬君を振ったって聞いて、なんで振ったんだろうってすごい気になったの」
「なんでもなにも、好きでもない男から告白されたら普通断るんじゃないの?」
てきとうに顔を上げながら青丹さんの言葉に受け答えをすると、バンッ! と、机を叩かれた!
「そうそれ! 私なんで向坂さんは成瀬君を好きじゃないんだろうって考えたんだよ!」
青丹さんは、興奮したように立ち上がってあたしに目線を落として、言葉を続ける。
「成瀬君カッコいいし、ファンクラブの子も皆カッコいいって言ってたよ」
「そんなこと言われても、別にカッコいいから人を好きになる訳じゃないし」
「だよね!」
そう言いながら青丹さんは、今度はあたしの手を両手でぎゅっと握りしめた。
「私もね、考えたんだ! なんで、向坂さんは成瀬君を振ったんだろう? 成瀬君のことが好きじゃなかったのかな? そしたらね、いつの間にか私はどうして成瀬君が好きなんだろうって考えてたの!」
嬉しそうにいう彼女の言葉に、あたしは、ついていけないでいた。
「私、なんか昔から惚れっぽいみたいなんだ。初恋は三歳だったし、しかもちょっといいなって思っただけで好きになっちゃうの。幼稚園のタクミ先生も、商店街のお兄ちゃんも、同じ水泳教室だったヨシキ君も、小学生になってからも――」
「待って! 全員覚えてるの?」
ようやく今の会話が、彼女が今まで好きになってきた男の名前だということにだけ気付いてあたしは口を挿んだ。そうでないと、一体何人の名前を聞かされるかわかったもんじゃない。
「あ、うん。私、人の顔と名前覚えるのは得意なんだぁ」
にこりと笑いながらあっさりと言う彼女に呆れればいいのか、感心すればいいのか判断が出来なかった。
「一体、今まで何人に惚れてきたんだか……」
思わず、そんな言葉が口から出て、しまったと、口を塞ぐ。
けど、青丹さんは気にした様子もなく、目線を虚空に投げながら指折りし始めていた。
「待って! いい! 数えなくていいからっ」
あたしは指折り数える青丹さんを見て、ため息交じりに呆れてもいい、と判断する。
「はぁ……それで、好きになった男の名前はいいから続きをどうぞ」
「うん。でね、いつもあたしから好きになって、即行告白して振られるか、ちょっとの期間付き合って振られるかのどっちかだったの。でも、向坂さんが成瀬君を振ったでしょ?」
あたしは一応、失恋話を聞かされている筈……なのに――
「私、自分が好きになった男の子が振られるのって初めてで。自分から告白する前に相手を好きじゃなくなったのも初めてだったから、なんだかおかしくて」
――青丹さんは、ひまわりみたいな、とびきりいい笑顔を咲かせながら言い切った。
「……それは、なんて言うか。恋に恋する乙女って奴から、卒業したんじゃない?」
「そっか、そうかもねっ」
初恋を済ませたかどうかもわからないあたしが何を言ってるんだろう。
でも、青丹さんはおもしろそうに笑って同意して、またイスに座ってあたしに向き直る。
「でね。そうしたら今度は、向坂さんのことが気になったの」
「えっ? あたしっ?」
彼女の告白に驚いて、あたしは体を起こした。
青丹さんの表情は読めない。ただ、今朝会った時みたいにあたしに詰め寄って来る。
「向坂さんは、どんな人を好きになるんだろうとか、どんなものが好きなのかなとか。こんなに気になるなんて、もしかしたら向坂さんは私の新しい王子様かもしれない!」
「あ、あたしは女だからっ!」
青丹さんの中であらぬ方向に自分が美化されているような気がして、あたしは精一杯等身大の自分を伝えた。それがちゃんと届いたのかわからない。
しかし、彼女は「まあ、王子様は冗談として」と前置きして、詰めていたあたしとの距離を少し空ける。
「なんて言うんだろう? 憧れたっていうのかな? カッコいい女の子だなぁって思ったんだ」
その言葉は、至近距離で勢い任せに言われた今までの言葉と比べるとすごくむずがゆかった。
「そんなの、はじめて言われた」
「私も、女の子相手にこんなこと言ったことないよ。だからね、私、これから向坂さんともっと仲良くなりたいなって思うんだ」
青丹さんは、包み隠さず、そう言って無邪気にあたしに笑いかける。
こんな友達がいる学校生活は、もしかすると、悪くないかもしれない。
そう、思い始めた時、あたしは一つ思い出した。
「あの、仲良くは嬉しいけど……明日、終業式が終わったら夏休みよ?」
青丹さんは、あたしの言葉が理解できないと言うようにパチパチと大きな瞳を瞬かせた。
「明日から、しばらく会えない、んだよね……」
あたしは、それが残念なことに思えて声色が沈む。けど、青丹さんは違った。
「向坂さん? 何言ってるの?」
「えっ?」
青丹さんは急に立ち上がって、座ったままのあたしに向かい目線を落とす。
「夏休みなんだから! これから一日中遊べるじゃない!」
あたしにとってそれは、目からうろこが落ちることだった。
学校で会えなくても、別の場所であってしまえばいいんだ。
「そっか……」
今年は、青丹さんと、どこかで遊んだりするかもしれない。
あたしは、一時、そっと想像してみて心が躍った。
けど。
「じゃあ明日のお昼、さっそくお家に遊びに行っていい?」
「えっ?」
それが、こんな急になるとは思わなかった。
「いや、そんな、急に言われても――」
この後、ほとんど無理やり押し切られる形で、終業式後に青丹さんを家に呼ぶことになった。
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