恋文とらいおん(3)
人に振られたこともないし、振ったのは今回が初めてだった。
翌朝になって、もうこんなことこれっきりにしてほしいと、心底願う。
あの後、家に帰って妙な罪悪感から逃れるのは至難の業だった。
お風呂に入ったり、部屋に戻れば好きだった図鑑を片っ端から本棚から引っ張り出したり、トキに夕食はオムライスがいいとリクエストしたり、それをよく食べ、枕に顔を押し付けて叫んでみたり……。
その結果、最終的には、好きでもない相手と付き合ってた方が絶対に後悔したし、より面倒くさかった。と、いう開き直りの境地に落ち着いた。
それに、もう夏休みも間近に控えているせいか、時間経過が問題を解決してくれるだろうという期待もあった。
今日と明日学校に行けば夏休みだ。
二日間は気まずいだろうけど、たった二日、それも半ドン授業と終業式を残すだけ。
夏休みにさえ入ってしまえば、成瀬君が仮にあたしに振られたことを引きずっていたとしても、時間が彼を癒してくれると思う。
一周回って、そんな楽観した気分で自転車に跨り、あたしは中学校を目指した。
けど――
「ねぇ、聞いた? 成瀬君が……」
「聞いた聞いた。向坂さんに振られたって」
「かわいそうだよねぇ」
あたしは書いて字の通り『楽観視』していた。
教室に着くと何故かあたしが成瀬君を振ったことでクラスの話題は持ちきりだった。
おおっぴらにがやがやと話されている訳ではない。
けど、囁くように、クラスのあちこちで同じ話題が人を変えて繰り返されている。
おそらく、こういうのは『気まずい』ではなく『針のむしろ』と言うんだろうなぁ。
右で話し声がしなくなったと思えば左から。
左で話し声がしなくなったと思えば右から。
後ろから視線を感じ、前からも視線を感じ。
そんなことが四方八方で繰り返されていた。
誰かに助けを求めようにも、クラスに頼れる友人なんていない。
当事者同士の成瀬瀬君に助けを求めることもできやしない。
言い訳をしようにも、振ったという事実は変わらないし。
かと言って――
「好きでもない男を振って何がいけないの!」
と、大声でクラス中に聞こえるように叫ぶ。
――なんて、ことがあたしに出来る訳はなかった。
けど、なんでこんなにクラスに話が広まってるんだろう?
それも、昨日の今日で。
そんなことを疑問に思っていると、いきなり教室のドアがバンッ! と、叩きつけられるように開いた!
「向坂浅緋さんっているっ?」
それまで、クラス中で囁かれていた陰口が、その一声で一斉に止む。
同時に、あたしの心臓も止まったかと思った。
「こ、向坂さんなら……あそこに」
クラスの女子の一人が、そっとあたしを指す。
その途端、今度は心臓が早鐘のように鼓動を打ちだし、あたしは血の気が引く思いだった。
誰かが、あたしを訪ねて来たのはわかる。
でも、クラスメイト達の影に隠れてどんな人が来たのか声以外何もわからなかった。
「ありがと」
短いお礼をクラスメイトに向けて、教室のドアを叩き開いた声の主があたしに近付いてくる。
そこでようやく彼女の全容が見えた。
一見、小柄に見える女子生徒で、あたしよりも背が低い。
でも、活発そうないかにも部活をやってます風のショートボブの髪型と、のしのしと妙に力強く思える彼女の歩調がありもしない妄想をあたしの脳内に生み出した。
ガタッと、彼女は誰かの机にぶつかりながらも、最短距離であたしの席に向かってくる。
そして、あたしの目の前に止まると、じいっとあたしの顔を凝視した。
「ねえ! あなた、向坂浅緋さんっ?」
小柄な彼女らしい可愛い声だと瞬間的に思う。
でも、今はこの可愛らしい声からどんな言葉が飛び出すのかと内心びくびくしていた。
「そ、そうだけどっ」
後ろめたいことは無いんだから、目線だけは逸らさずいようと自分に言い聞かす。
「あなたが成瀬君を振ったって、ホント?」
「それは――」
今までクラスメイトが散々陰で囁き、噂していたことを、彼女は真正面からあたしに問い詰めた。その真っ直ぐさや正々堂々とした態度にあたしは思わず感心してしまう。
良い子、なのだろうなと感じた。
けど、そう感じたのも束の間。こんな直接的な行動に出るこの女の子に、距離を詰められ逃げられない状態で、自分が何をされるのかっという心配が圧倒的に勝る。
この子に対して抱いた第一印象は、怖い! だった。
この子はあれだろうか、成瀬君のことが好きだったりしたんだろうか?
もしかして、今はあたしが成瀬君を振った
あたしは殴られたりするんだろうか?
「本当なのっ?」
言いよどむあたしに、彼女は再度詰め寄った!
黙っていてもきっと良いことは無い。
たぶん、こういう子はうじうじと何にも言われず黙り込まれるのが嫌いだろうと、勝手に想像して、覚悟を決めた!
「本当だけど、それがなんなのっ」
そう、口にした瞬間だった。
彼女の細い腕が、ぐいっとあたしに向かって伸びてくる。
殴られるっと、思った瞬間、彼女の両手にあたしの両手はがっちりと挟み込まれていた。
……見様によっては、握手のようにも見える。
あたしが困惑する中、彼女は興奮した様子で叫んだ。
「私、向坂さんと友達になりたいの!」
きらきら……と、言うよりも、一見血の気の多い瞳に覗き込まれ、もといにらまれ。
あたしは、針のむしろからライオンの前に引きずり出された心境だった。
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