パレットなSummer Festival!(8)

「とっ――すまない。ついあたしの話になってしまったね」


 短い謝罪の直後、るりさんは笑顔を取り繕ってしまう。

 でも、夏の間に見慣れた弱みを見せない表情に、あたしは思わず胸を撫でおろした。

 けれど、そんなセンチメンタルはほんの束の間。


「そ、れ、で? 君は彼の中で自分がどれくらい大きな存在なのか、少しは感じられたかな?」

「うっ」


 唐突に飛んできたからかいの声に思わずむせる。

 感傷的な気分は引っ込み、こそばゆい想いが慌ててせりあがって来た。


 しかし。


 体が熱くなるほど嬉しく恥ずかしさが溢れても、どこかで悔しいと思う気持ちが抜けない。

 どんなに大事にされていても、まだ彼があたしをこども扱いしているんだと思えて、つい唇が尖った。


 でも――。


「そんな……よくて妹みたいなものだと思いますよ。可愛げのない、それも手のかかる」

「そうか……案外、そうなのかもしれないね」


 ――遠慮のない肯定が耳を射抜いた瞬間、唇が尖る理由は変わる。


 否定してほしくて言った訳ではなかったけど、すんなり受け入れられてしまうのは嫌だった。

 胸の内で、るりさんに対してのむっとした感情が生まれる。

 しかし、ぽっと灯った彼女への感情は――。


「ねえ、訊いてもいい?」

「構いませんよ……」


 ――たった一つの質問で燃え盛ることなく、マッチの火のように消えてしまった。


「もし、トキ君にとって君が妹なんだとしたら、君にとってトキ君はどんな存在なのかな?」

「あたしに、とって?」


 初恋……好きな人。

 反射的にそんな言葉が浮かんだ瞬間、あたしは恥ずかしさで口をつぐんだ。


 そして、顔が赤くなる素振りさえ見せるものかと、るりさんから目線を伏せる。

 けれど、目的もなく足元へと逃してしまった瞳を揺らしながら、ふと考えた。


 るりさんはきっと、もうあたしの恋心なんて見透かしている筈だ。

 なら、どうして今更そんなことを訊くの?


 熱っぽい顔をゆっくりと上げる。

 目線を彼女へと上らせるために……。


 すると、視界に映り込んだるりさんの笑顔は涼し気だった。

 彼女はまるであたしが問題を解くのを待っているみたいに、ただ静かに唇を結んでいる。


 だからこそ、前髪が影を落とす彼女の表情に、あたしは確信的な閃きを得た。


 そうだ。この人は……るりさんは、わざわざこんなわかり切ったことを訊いたりしない。


 だから、もう少しだけ深く考えてみる。

 一歩でも多く、踏み込んで想像してみる。

 自分が、るりさんに何を訊かれたのかを。


 でも、前髪が影を落とし、どこか沈んで見える表情に、あたしは確信を得る。

 あ、そうだ……この人は、わざわざわかり切った質問なんてしたりしない、と。


「あたしに、とって……」


 反射的に口にしていた言葉をもう一度口にした。


 今度は、自分の意思で。

 心なしか、はじめに声にした時よりもずしりと重く聞こえた。


 トキは、あたしにとってどんな人だろう?


 彼はあたしにとって『初恋の人』だ。そして、今でも間違いなく『好きな人』だ。

 けれど……確かに、あたしはトキのことが好きだけれど――それだけ?

 それだけなのかな?


 …………。


 時計の針が歩を進める音が、こちりこちりと部屋の中に溶けていく。

 そんな中での自問自答。

 あたしは、自分にしか聞こえない声を部屋中に敷き詰めていった。


 だけど――。


「ちょっといじめちゃった?」


 ――不意に謝罪とからかいの混じった声が聞こえて、必死に紡いでいた思案は断ち切れる。


「あっ」


 思わず、愛想のない声が漏れ。


「あれくらいでいじめられたなんて思う程、こどもじゃありません……」


 それは、そのまま不機嫌な返事になってるりさんの耳へ届けられた。


 それから、るりさんははぐらかすように「そうか」と笑ってみせる。

 まるで、さっきした質問は忘れていいよと言うように……。


 だけど。

 いや、だからこそあたしは彼女からそっぽを向いて余計に思案を深めていった。


 あたしは、トキのことが好きだ。

 たぶん、きっかけは中学の時――ううん、もしかしたらそれよりも前から……。


 でもきっと……るりさんだってトキのことが好きだ。

 もしかしたら、あたしと同じくらい――ううん、あたしよりも前から……。


 なら……。


 あたしの好きと、るりさんの好きには、どんな違いがあるんだろう?

 あたしにとって……るりさんにとって彼は、どんな存在なんだろう?


 話し声を失った部屋を再び時計の針が歩みだし、足音がばっこする。

 再開された自問自答は簡単には終わらない。

 気付けばあたしは、もんもんとした気分を抱えたまま休憩時間を終えていた。

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