9話 そして、きっと今この瞬間だ。あたしには、心に決めたことがあった。
あたしが決めたこと(1)
あさぎちゃんの服からドウガネブイブイを引っぺがした夜以降、あたしとあさぎちゃんの距離は、ぐっと縮まったと思う。
ドウガネブイブイのおかげで、と言うのは複雑な気分だけど、あの夜があったから今のあたし達があるんだ。経緯はどうあれこの時にあさぎちゃんと打ち解けられて良かったと思う。
友達になることが出来て、本当に良かったと思う。
◆
でないと今この時、あたしはあさぎちゃんに全く何もできないままだったろう。
八月上旬、県内の病院であさぎちゃんのお母さん――尼崎さんの手術が行われた。
あたしは、かおるさんと一緒にあさぎちゃんに付き添って手術に立ち会うことになり、手術前には尼崎さんと対面する時間もあった。
尼崎さんはなんというか、素のあさぎちゃんと同じ方言を話す、かおるさんと気が合いそうな元気の良い人だった。
手術前の人を前に、元気が良いと言うのも変な言い方かもしれないけど。
たぶん、あさぎちゃんの前で明るく振る舞おうとしていたんだと思う。
しかし、手術が始まれば、あさぎちゃんの様子は一変した。
『手術中』と書かれた赤いランプが灯ると、あさぎちゃんはきゅっと口を結んでしまう。
そして、彼女はあたしの隣に座り、擦り寄るように体を預けてきた。
あたしもあさぎちゃんも、手術の成功確率は高いと言う話を事前に聞かされている。
でも今、何を言っても無責任になってしまいそうで、あたしはただただ黙ってあさぎちゃんを抱いて時間を過ごした。
あさぎちゃんに、こんなことしかできない自分がくやしい反面、こうしてあげられることを良かったとも思いながら……。
◆
そして『手術中』のランプは消灯する。
消灯時の大きな音に一瞬体を震わせ、あたしはあさぎちゃんと一緒に立ち上がった。
しばらくもせず、医師があたし達三人の前に現れる。
結果から言って、あさぎちゃんが悲しみにくれるようなことはなかった。
医師の話では、あさぎちゃんのお母さんは術後の経過が良好であれば、一週間程で退院できるそうだ。
これは、喜ばしいことだった。
医師の話を聴き、あさぎちゃんはやわらかい笑顔を浮かべる。
そして、健やかな寝息をたてる尼崎さんの横顔を嬉しそうにみつめていた。
そんな様子を見て、あたしは心の底から良かったと、ホッとする。
でも同時に、あさぎちゃんが家に帰る日が近づいている現状に一抹の寂しさを感じていた。
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