パレットなSummer Festival!(6)

「全くもう。もういいですよ」


 清々しいとさえ思える諦めを胸に、あたしは『勉強へ戻ろう』と自分に言い聞かせた。

 しかし、そんな矢先――


「ねぇ、そんなに気になるかい?」


 ――薄く色の差した唇があたしにそう問いかけ、思わず困惑が声になる。


「えっ?」


 この瞬間、あたしは自分に向けられた言葉の意図をまだ理解できていなかった。

 だからつい首を傾げ、『勉強へ戻ろう』とした頭でぼやっと考え始める。

 机上に転がるシャープペンに向かって手を伸ばしながらの、ほんの短い思考……。

 そして、冷えた銀色に指先が触れた途端、あたしは、あっ――と、一つの答えに思い至った。


「あの……トキがしてた相談、のことですよね? あたしに関する」


 確信はなく、あたしは正否を訊ねるような口調になってしまう。

 すると、るりさんはあたしに向かってわるいことにでも誘うように微笑み――


「うん。そうだよ」


 ――と、艶のある唇で扇情的に、でもとても優しく告げた。

 それだけのことで彼女は、あたしに芽生えた『勉強へ戻ろう』という気分を簡単に摘み取ってしまう。

 あたしは、先程散々はぐらかされた話を、今度こそ聞けるかもしれない……そんな期待で胸が膨らんでいった。

 だけど――


「でもね、浅緋ちゃん」


 ――一瞬の期待で終わる。


「君は、どうしてそんなことを気にするのかな?」


 それはまるで、答案の間違いを指摘するような声で放たれた一言だった。

 予想もしなかったるりさんの言葉で期待に膨らんだ胸はしぼみ、あたしは固まってしまう。

 無意識に唾を飲み込み、そんなに気にしてはいけない、おかしなことを気にしてしまっただろうか? と、胸の中で疑問を抱き、言い訳のような言葉を思い浮かべた。


 別に、深い理由なんてなかった。ただ、気になってしまっただけ……。


 トキがあたしをどんなふうに思っていてくれたのかを。

 彼が、どんなふうにあたしのことを考えてくれていたのかを。

 それが、どんなふうに今に繋がっているのかを。


 そう、深い理由なんてなかったんだ。


 けど、今それを彼女に伝えることは悪い告白に思えて、あたしはきゅっと唇を結んだ。

 不自然に肩に力が入る。

 ぞくりと背中が冷えて、冷房の効き過ぎを疑った。

 そんな中、ちらりとるりさんの表情をうかがう。

 この時、別段彼女は怒っている様子でもなかった。

 だから、と思い切って口を開く。


「どうしてって……自分のことですし、少し気になって。別に、深い意味は……ないです」


 それは、建前だった。

 その短い建前を伝えるのに、ひどく舌がつりそうな気分だった。

 しかし――


「そんなに、自分がトキ君にどう思われてたか……ううん。今、トキ君が君をどう思ってるのかが気になる?」


 ――建前は、あっさりと崩れ去った。

 たった一本の糸を引き抜かれ、ほつれるのが止まらなくなった布地のようにボロボロとあたしの建前が壊れていく。

 今までの質問の意図を、この一瞬でるりさんにすべて見抜かれた気がした。

 気付かれたくなかった、見られたくなかった自分を丸裸にされた気分だ。

 結んだ唇が、返す言葉を持たないことを象徴しているようだった。

 あたしはしゅんと肩を落とし――


「……怒ってますか?」


 ――思わず、そんなことを訊いてしまう。

 すると、るりさんは優しく「いや、怒ってないよ」と告げ「ただ――」と、付け加えた。


「――君は、自分がどれくらい大切にされているのか、もっと自覚してもいいかもしれないね」


 内緒めいた彼女の言葉にあたしは首をかしげる。

 そして、固く結んでいた唇をゆっくりと解いた。

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