第九話 仙丹と携帯端末(デバイス)(7/25~26)

1.嘘と真実と

『ああやっとつながった!』

「姉様?!」


 携帯端末デバイスの振動に気がついたパティは、コールの主にびっくりしてとびついた。聞き慣れた声が流れ出した。


『あんた、一体どこにいるの! こっちではあんたが行方不明になったって大騒ぎよ! 連絡ぐらい入れなさいよっ!』

「え……家には伝言残してたでしょ?」


 猛烈な勢いで喋る姉が烈火の如く怒っているのは把握したけれど、伝言は入れておいたはずだ。それで騒ぎになってるなんて言われても……。


『知らないわよっ、あたしあれから一度も家に戻ってないんだからっ! 本当にうちに電話したの?』

「もちろん。でも、誰も出なくて……」

『おかしいわ。父さんも母さんも、あんたから連絡があるかもしれないって家を空けてないのよ? シーリーンとミーシャも家にずっといるし。電話したんなら気がつかないはずがないのよ? 別の家に電話したとかじゃないでしょうねっ』

「でも、本当に電話したのよ?」

『まあいいわ。……じゃあ、なんであんたが行方不明だなんて話になってるのよ』

「それがね……」


 パティは今までの顛末をざっと話した。姉には理仁を怪我させた時に電話したし、こっちに無事着いたことは知ってるはずだ。


『なるほどね。あんた、ほんとにあたしの言ったこと信じてたのねえ……』

「え……?」

『とにかく、現地の受け入れ組織に連絡しなさい』

「……猫星協会に?」

『ああ、そっちはそういう名前なのね。あんたが来ないって騒ぎになったのは、その猫星協会が騒ぎ立てたからみたいよ。まあ、あんたからの定時連絡が途切れて、お父さんが問い合わせしたのがきっかけらしいけど。あたしには電話してきたくせに、定時連絡忘れてたの?』


 姉の詰る声にパティは思わず身を縮めた。


「ご、ごめんなさい。あの時は理仁のことで頭一杯になってて……付き添ってる間に寝ちゃったみたいで」

『まったくもう……あんたはほんとにぼんやりなんだから。で、どうなの? もう動けるの?』

「……あのね、姉様。事故で怪我させた子に、仙丹使ったの。だから、まだ動けない」

『え……』


 電話の向こうで姉が息を呑んだのが聞こえた。


『あんた、まさか……』

「うん……使ったの」

『どうして……そんな馬鹿なこと』

「だって、理仁の怪我が酷かったの。……あのままほっといたら後遺症が残ってた。だから使うしかなかったの」

『神殿でちゃんと説明聞いた? その仙丹は普通の仙丹と違うのよ!』

「え……?」


 パティの反応に電話の向こうの姉はため息をついた。


「そんなこと、聞いてないよ? ただ、渡されただけで」


 あの時、パティのデータを見た神官がそういえば『三人目ならもう知ってるでしょう』とか言ってた気がする。それって、上の兄弟から聞いてるはずだってことだったの?


『……神殿の怠慢ね。吊るし上げてやらなきゃ』

「ただの仙丹だと思ったから、理仁の治療に使ったの。……まずかったの?」

『その理仁って子、変なところはない? おかしくなったりしてない?』

「……姉様? そんなに危ないものだったの?」

『危ないなんてもんじゃ……』

「何? 何て言ったの? 姉様?」


 あわてて端末を見たが、ピーと言う音とともに、バッテリー切れのサインが出ているだけだ。


「こんな時にっ……」


 こんなことなら、この家の電話番号を教えるべきだった。……よく考えたらここの番号も知らなかったけど。

 かばんをひっくり返して充電用のパックを探すが見当たらない。規格が違うかもしれないからこっちの星では充電ができないかもと思って準備しておいたはずなのに。船の中で落っことして来たのだろうか。それとも、理仁とぶつかったあの時、落っことした?

 せっかく船の売店で買ったのに。

 ふと地球まで乗ってきた船のことを思い出した。設備も装備も古く、乗ってるクルーたちは不景気そうな顔でいつも不機嫌だった。むしろ船内の売店の売り子のほうが機嫌よく、三等客室の住人であるパティにも優しくしてくれた。

 だから、ちょっと割高だとは思ったけれど、船を降りるときに充電用パックを多めに買ったのに。

 パティは弾かれたように立ち上がった。この星にも猫星の携帯端末のバッテリーが入手できるのだろうか。この間は気がつかなかったけれど、あの巨大なショッピングモールに行けばなんとかなるかもしれない。

 扉を開けて廊下に出ると、丁度れおが部屋の鍵をかけているところだった。


「パティ? ……そんな格好で一体どこに行くつもり?」

「えっ?」


 言われて寝る前だったことを思い出した。今日は可愛らしいアリスブルーのネグリジェだ。麻紀のチョイスだったのだが、胸元が大きく開いているのだ。


「あっ、そ、そのっ。えっと、これの充電パックの入手方法、知りませんかっ!」


 胸元を隠しつつ、パティは手に持っていた携帯電話デバイスを突きつけた。れおは目を丸くしたが、しげしげとデバイスを眺めて、やがて首を横に振った。


「残念ながら、見たことがありません」

「そうですか……」

「ただ、教授プロフェッサーの知り合いに猫星の方が多いですから、聞いておきましょう。麻紀にも連絡しておきますね。急ぐんですよね?」

「え? あ、はい。姉と通話中に切れちゃって……大事な話、してたのに……」

「ああ、なるほど。……その、お姉さんのコールが分かるなら、僕の端末を貸しましょうか?」


 そう言うとれおは腕の銀色のリストバンドを外した。


「それがその……番号も覚えてないんです。バッテリー切れなんか考えてなくて」

「ああ、そうですか。……では、心当たりをあたってみましょう。連絡は理仁に入れますから」

「す、すみません。お願いします」


 頭を下げると、れおはすでにきびすを返して階段を降りるところだった。

 もしもこっちで長く逗留するのなら、腕時計型の地球のデバイスを手配してもらうほうがいいのかもしれない。

 ……でもとりあえずは理仁の観察が最優先だ。

 姉の言葉が脳裏に蘇る。

 理仁に使った仙丹が普通の仙丹と違うだなんて知らなかった。

 普通の仙丹は医療用のナノマシンだ。それ以上の機能はない。パティもそのつもりで理仁に使ったのだ。

 あの時姉は『危ないなんてもんじゃない』そう言った気がした。

 そんな危険なものを持たされていたの?

 何のために?

 理仁の今の状態は救急キットで日に二度チェックしている。でも携帯用簡易救急キットで分かるのは理仁のバイタルデータだけで、注入したナノマシンの動作なんて確認できない。

 今すぐにでも理仁の部屋に行って確認したい。でも、すでに時刻は午後十時を過ぎている。理仁ももう寝ているかもしれないし、パティも寝間着に着替えてしまっている。頭に血が上ってる時ならともかく、冷静になったあとではこんな格好で男の子の部屋に行くなんてさすがに出来ない。

 パティは部屋に戻って救急キットを取り出した。

 通常は待機モードにしてあるからバッテリーの消費は少ない。待機モードでも理仁に異常があればすぐアラートが鳴る。

 枕元の机に展開すると、理仁のライフデータが空中に表示される。

 一刻も早く姉に連絡を取りたいのに取れないジレンマで胸が痛む。


 ――猫神様、どうぞ理仁に何も起きませんように……。


 せめてもの慰みに祈る。こんなに真剣に祈ったのは久しぶりだった。

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