第三話 幼なじみたち(7/23)

1.同級生

 ジーンズの一分丈パンツとTシャツで居間の床にごろりと寝転がる。首まででバッサリ切った黒髪が最近伸びてきて首の後ろがくすぐったい。

 そろそろ切らなきゃな、とか思いながらはごろりと寝返りを打った。

 夏になると居間の床はじゅうたんの上に竹の敷物が敷かれていて、昼寝するには丁度いい冷たさだ。空調は効いてるはずだけど、起き上がってると頭のほうが暑い気がして、やっぱり横になってしまう。


「これ、またこんなところに寝て。ごろごろするなら自分の部屋でやりなさい」


 畳んだ洗濯物を手にした母親が睨みつけながら横を通っていく。


「だってぇ、ベッドの上暑いぃ」

「じゃあ自分の部屋の床で寝なさい」

「じゅうたんあって暑いぃ」

「わがまま言わない。和室は嫌だって言ったの、あなたでしょう?」

「そりゃそうだけどさぁ」


 和室になると寝るのは布団だ。ベッドに憧れていたるかにとっては布団は論外だった。


「それより今日の分の宿題は終わったの? 今日はお兄ちゃんが帰ってくるんだから、それまでには終わらせなさいね」

「えーっ、なんで?」


 るかの兄れおは昨年から県外の大学に進学して、夏と冬以外は帰ってこない。今年の夏は早くに戻ってくるらしい。

 るかは兄を嫌いではない。むしろ頭もよく自分を甘やかしてくれる兄は大好きだ。

 大学に入ってからはあまり一緒に遊べてないのが唯一の不満だ。


「荷物が多いらしいから、車で迎えに行くのよ。ついでに夕ごはん、外で取ろうかってパパが」

「外食? やったっ!」


 床から起き上がることなく両手両足を伸ばして万歳をすると、母は諦めたようにため息をつき、「宿題さっさと終わらせなさいね」とだけ言って立ち去った。

 るかは足を浮かせて自分の体の上に持ってくると、勢いをつけて立ち上がった。体の軟らかさはまだ衰えていない。


「そうと決まったら、とっとと終わらせてっと」


 キッチンの冷蔵庫から冷えた紅茶のペットボトルを取り出す。一口飲んで二階に上がろうとしたところで腕の端末が震えた。


「はいはーい」


 声だけで応答すると、二十センチ四方のモニターが立ち上がった。


「おはよ、めぐ。今日も暑いねー」


 画面の向こうの彼女に声をかける。モニターには黒髪を背中に流した黒目ぱっちり色白のめぐが微笑んでいる。学校に入る前からのつきあいで、幼なじみの大野めぐみだ。

 前は隣の平屋に住んでいたのだが、最近三階建の一軒家を建てて引っ越した。それほど遠くないから学区は一緒で、今の学校でも隣のクラスだ。


『おはよう、るか。ってもうすぐお昼だよ?』

「いーの。どこかの業界では何時になってもおはようって挨拶するってこの間聞いたし」


 ぐびっと紅茶を飲むと、めぐはくすくすと笑った。


『るかってば、そういうの好きよね』

「ほっといてよね。で、何か用?」


 ぷん、とそっぽを向いてるかが言うと、めぐは笑うのをやめて「あのね」と口を開いた。


『星野くんから連絡があったんだけど、藤原くんがね』

「理仁?」


 るかは画面に向き直った。画面のむこうのめぐの目が笑っている。


『うん、お姉さんが出張中で、遊びに来いって言われてるんだって。るか、行かない?』

「い、行っても、いいよっ」


 そう答えながら、今日の予定を計算する。夕方には兄貴を迎えるために出かけるから、五時に戻って来ればいいし、今はまだ午前中だし、るかの家はめぐと理仁の家の丁度中間地点にあるから、めぐが迎えに来るまでの三十分で今日の分の宿題を終わらせればなんとか行ける。


『じゃあ、三十分後に迎えに行くね。着いたらコール入れるから』

「わかったーっ」


 通話を切るとるかは二階に駆け上がった。三十分しかないのだ、一分一秒も無駄にできない。

 部屋に飛び込んで据置型端末を立ち上げると、今日の予定分を次々とこなしていく。

 最近は全ての宿題や課題が全部オンラインで据置型端末に送られてくる。毎日どこまでやったかも教師側には通知されてて、デスクにかじりついてる時に担任から3Dチャットが飛んでくることもある。

 小学校の頃はまだ、やらずにやったと誤魔化すことができたけれど、今は全くごまかせない。母にもカリキュラムの進捗状況は通知されてて、毎日の課題がこなせてないとおやつが減っていく。

 座学以外の部分は腕輪で監視されている。毎日いくらかの運動をすることも課題に含まれていて、どういう運動をしたかまで記録されている。

 きっかり三十分でコールが入る。るかは課題を終わらせると端末をスリープさせて、階段を駆け下りた。


◇◇◇◇


「おまたせー」

「全然待ってないよ」


 家の前で待っていたのは、つばの広い麦わら帽子を被っためぐだった。ノースリーブの白いふりふりのエプロン型ドレスは裾がふわりと広がっていて、長い黒髪と相まって洋装の日本人形のように見える。手元に抱えているのは白いフライボードだ。

 るかは自前の真っ赤なフライボードを地面に下ろしながら周りを見回した。


「あれ、遊真は?」

「星野くんたちとは藤原くんの家の前で合流って話になってるから」

「そっか。って、あれ? たちって、遊真とあと誰がくるの?」


 嫌な予感がしてるかは眉を寄せた。


「えっと、真壁くんって聞いたけど」

「げっ、エロキングが来るの?」


 るかは思わず声を上げた。エロキング――真壁王子まかべきんぐが来るとか聞いてない。


「るか、その呼び方はやっぱりどうかと思うよ?」

「エロ筋肉バカって呼ぶ方がいい?」

「……それもひどいと思う。真壁くん、悪い子じゃないよ?」

「そりゃまあ、脳筋だからね」


 フライボードに足を乗せて、二人で滑空を始める。それほど高い場所でなく、会話をしながらでも安心して飛べるスピードに調整する。


「それにしても、なんで理仁がエロキングや遊真と仲がいいんだろ。全然性格も違うのに」

「幼なじみだって聞いたよ?」

「あ、そうなんだ」

「わたしとるかと一緒だね」


 めぐはにっこり微笑んでくる。その笑顔がすごく眩しくて、るかは頬を赤らめた。


「あ、そういえば今日は早く帰らないといけないんでしょう?」

「え?」


 めぐの言葉にるかは振り向いた。


「るかが降りてくるの待ってる間におばさまに会ったの。出かけるって話をしたら、夕方までに帰ってきてって念押されちゃった」


 舌をぺろりと出してめぐは笑う。


「もう、母さんってば過保護なんだから」

「まあ、前科持ちだから仕方ないよ」


 めぐと遊びに行って時間を忘れるのはいつものことだ。腕輪にコールが入っても無視してることも多いし。


「で、何かあるの?」

「うん、兄貴が帰ってくるんだって。それ迎えに行って、夕食を外で食べようって」

「あ、れおさん帰ってくるんだ」


 めぐの声がこころなしか嬉しそうだ。そういえば子供の頃からめぐは兄貴が好きだったっけ。兄貴がこっちにいる間にめぐを家に呼んで一緒に遊べないかな。


「兄貴の予定、聞いとくからさ。また遊びにおいでよ」

「うん、ありがと」


 うふふ、とめぐは嬉しそうに笑う。兄貴と並ぶと美男美女で絵になるんだよな、めぐって。

 兄貴が長くこっちにいられるなら、近所の神社の夏祭りに連れてってもらおう。夜は子供たちだけで出たらダメって言われる程度にはまだ子供扱いされてるから、兄貴を保護者代わりってことで連れ出してもいいよね。

 夏休みの楽しい計画を妄想しながら、るかは口元をほころばせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る