2.悪友ども

 藤原の家の前にはすでに二人とも到着していた。


「こんにちは」

「こんにちは、大野さん、早瀬さん」


 めぐの声に応えて二人を苗字で呼ぶのは星野遊真だ。今日もジーンズと白地に格子柄のシャツを羽織っている。学校に来るのとあまり変わらない格好だ。首のあたりまで伸びた髪の毛はさらさらで、細い銀縁眼鏡の奥の目は柔らかく笑っている。


「おはよう、遊真くん。早いわね」

「あ、ひでえ。俺は?」


 るかもそう声を掛けると、横から王子キングがずいと割って入ってきた。こっちは普段と違い、何かのキャラクターが染め抜かれた真っ赤なランニングシャツに短パンという格好だ。


「うるさい、エロキング」


 眉をひそめてじろりと睨むと真壁はニヤッと笑う。


「ひでえなあ、るかちゃん。俺のどこがエロだって――」

「で、理仁はまだ寝てるの?」

「さあ。君たちが来るのを待ってたからね」


 遊真はそう言い、家のベルに手を伸ばす。


「俺完全無視? ちょっとー」

「そう。だいぶ待たせちゃった?」

「いや? 僕は五分前。真壁は十分前って言ったっけ?」

「おう。ここはいつものランニングコースだからな。一周して戻ってきたところだ」

「ああ、道理で汗臭いと思った」


 鼻を摘むようなしぐさをして眉をひそめると、途端に王子は真顔になって自分の体臭を確認し始める。こういうあたりは素直でいいのだが。

 めぐは笑いながらるかに肘鉄を食らわせた。


「るか、意地悪しないの。真壁くん、大丈夫だよ。そんなに臭ってないから」

「あ、そう? 何ならひとっ走り行って風呂入ってこようかと思ったけど」

「よせよ、真壁。せっかく全員揃ったんだ。風呂入るなら理仁に借りればいいだろ?」


 走り出しかけた王子のタンクトップの首根っこを掴んで引き止める。


「じゃあそうする。早く行こうぜ」


 応答のないのに業を煮やして王子は扉に手をかけた。横に引っ張ると、鍵をかけ忘れたのかすんなりと開いた。


「理仁ぉ、おーい。いねえのかぁ?」

「藤原くん、こんにちはー」

「理仁、いないの? 鍵もかけずに不用心ねえ」


 口々にいいながら四人は玄関に足を踏み入れた。

 いつもなら左手の部屋からとっとと出てくるはずだが、今日は反応がない。


「……ほんとに留守か? 不用心だな。まだ寝てるんじゃないか?」


 遊真はぽいと靴を脱ぐと廊下を進んだ。勝手知ったる家だ。理仁の部屋の扉のノブに手を掛けると手前に大きく開けた。


「理仁、いつまで寝て……うああっ!」

「何、どうしたんだよ!」

「来るなっ!」


 遊真はくるりと後ろを向くとすぐ後ろに来ていた王子に頭突きを食らわして部屋の外に押し出すと扉を閉めた。

 腹をさすりながら起き上がった王子は遊馬の胸ぐらを掴んだ。


「おい、遊真、どういうつもりだよっ」

「どうかしたの?」


 王子の後ろから覗くと、遊真は耳まで真っ赤にして扉を塞ぐようにして立っていた。


「遊真くん、顔真っ赤。何があったの?」


 しかし遊真は真っ赤になったまま黙り込んでいる。


「星野くん、誰かいたの?」

「なに? 理仁いたの? 俺見えなかったけど」

「僕がどうかした?」

「だからお前がいるかどうかって話をだなぁ……って、お前いるじゃん」


 王子の声に振り向くと、めぐとるかの後ろに理仁が立っていた。


「理仁、あんたどこにいたのよっ」

「どこって、洗濯物干してたんだよ。何? お前ら遊びに来たの?」

「遊びに来いって言ったのはお前だろ? なのにお前いねーし。何でか知らないが遊真に頭突きされるし」

「何で僕の部屋の前に……」


 そこまでいいかけて理仁は目を見張って王子と遊真を振り返った。


「部屋の中、入ったのか?!」

「ぼ、僕は何も見てないからっ!」


 そう叫んだのは遊真だった。顔は真っ赤なまま、顔を背けている。


「遊真が邪魔して俺は入れなかったけど。誰か客が来てるのか?」

「あ、ああ、そう。そうなんだ、客が……だから今日は」


 慌てたように理仁が扉を背にして遊真と王子を玄関の方に押しやった。

 その時、そっと背後の扉が開いて三角の耳が覗いた。赤茶色の毛並みが見える。理仁はあわてて扉に向き直ってそれ以上開かないように押さえた。


「理仁、お客様?」

「あ、あの、パティ、こいつらすぐ帰るからっ」

「わたし構わないけど……? ご挨拶していい?」

「え、でも」

「それとも……迷惑?」

「めめめ迷惑だなんてことはないけどっ、でもっ」

「挨拶したい。だめ?」


 途端に理仁は黙り込んだ。後ろから見ていても耳が赤くなっているのが見える。

 るかは眉根を寄せて理仁の後頭部を睨みつけた。


「じゃあ……いいよ」


 理仁は体をずらして扉を開き切った。

 そこには藍色のワンピースを身につけて少し恥ずかしそうにうつむく女性が立っていた。その頭には、さっきも見えた赤茶色の三角の耳がぴくぴくと動いていた。


「こんにちは、パティと言います。えっと……理仁のつがいになりにきました」

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