2.お出かけ
僕が話し、足りないところはパティが補足して、あの日あったことを話す。
昨日も遊真たちに話したから、昨日よりはうまく説明できてると思う。
僕はちらちらとるかを見ながら話を続けた。るかは僕とパティを交互に見ながら話を聞いている。
昨日は来たと思ったら急に帰るとか言い出すし、なんか変だ。
れお兄が来るから帰るって言ってたけど、それなら最初から来れないって言ってくれればよかったのに。
今日も今日でいきなりパティにつっかかるし……番がどうのって言ってたけど、なんでいきなり泣いてんだよ。
僕、やっぱりなんかしたのかなあ。
そう思ってじっと向かいに座るるかを見ていると、視線があった。
目が見開いて、それから睨まれて目をそらされた。……なんで赤くなってんだよ。
「なるほど、だいたい把握したわ。猫星人のパトリシアさんが道に迷って、街灯から落っこちたところに理仁が運悪く居合わせた。怪我をした理仁をタクシーでうちまで運んでくれて、治療を施してくれた。これが昨日までの話」
「はい」
「で、パトリシアさんは、その、成人の儀式のために地球に訪れている。相手については詳細は聞いていないの?」
麻紀姉の言葉にパティは頷いた。
成人の儀式というのは聞いたことがない。日本では成人式っていうのがあるけど、あれって特に何かするのかな。知らないんだけど。
「その、姉が教えてくれたところによると、猫星の古式に則った成人の儀式では、行くべき星は示されるんですけど、儀式の相手は自力で探すのだそうです。一目見たらわかる、と」
「へぇ、なんか運命の相手を探す旅みたいだね」
れお兄の言葉に頷くが、るかは頬を赤くしてパティを食い入るように見つめている。やっぱり女ってこういう運命の相手的なストーリーは好きなんだな。
「で、あなたはうちの理仁を儀式の相手だと?」
「……わかりません」
ずいぶん悩んだあとでパティはぽつりと言った。
「でも、理仁にはとても迷惑をかけてしまいましたし……」
ちらりと僕を見たパティは真っ赤になって顔を伏せた。
「要するに、かぐや姫なのね、猫星の成人の儀って」
「え?」
麻紀姉の言葉に僕は首を傾げた。かぐや姫ってあれだよな? 月からやってきた親指姫が大きくなって美人になって、寄ってきた求婚者たちをばっさばっさと切り倒して月に戻っていくっていう。
「麻紀姉、それ違う……」
「あらそう? 空から降ってきたお姫様が男を探すっていう意味合いでは似たようなものじゃない?」
「麻紀、それはずいぶんかぐや姫に失礼だよ。それに、子供たちの前であけすけな物言いはどうかと思うけど?」
れお兄の言葉に、麻紀姉はふくれっ面になった。
「ともかく。地球では猫星の成人の儀式は、猫星協会という組織が一手に引き受けていて、パトリシアさんの儀式の相手は猫星協会がすでに選定しているの。儀式の相手はあなたが来るのを待っている」
「え……猫星協会? わたしの、相手……?」
「あ、いい忘れたけど麻紀は警察機構の人間でね。君の捜索願が出ている」
「ええっ!」
れお兄の言葉にパティは目を見開いたが、僕も思わず叫んでいた。
「捜索願って……だって、わたし、ここにいますよ? ……あ、定期連絡、忘れてた……」
その言葉に麻紀姉は頭を抱えてため息をついた。
「ご家族からはあなたが行方不明になったと連絡が来ているし、受け入れ先のホストファミリーからもあなたが来る予定だった日を過ぎても来ないと捜索願が出ている」
「……すみません。でも、わたし、ここにいたいです。理仁に仙丹使ったから、一週間は様子見をしないと」
「仙丹?」
首を傾げる麻紀姉に、僕は口を挟んだ。
「うん、なんか猫星に伝わる秘薬なんだって。僕のために使ってくれたんだ」
「えっ……そんなにひどい怪我だったの?」
麻紀姉の表情が変わる。あ、ダメだ。昔から麻紀姉は僕が怪我したりすると過剰反応するんだよな。……姉貴――つまり母さんに申し訳ないとか思ってるんだろうけど。
僕にとってはもう、父さん母さんと過ごしたより、麻紀姉と過ごした時間のほうが長い。両親のことは写真では見ているし、顔は忘れてないけど、ここまで育ててくれたのは麻紀姉だと思ってる。
……まあ、家事全般まるっきりだめだから、母親とは思ってないけど。うん、父親みたいな人、かな。
「麻紀姉、そんな顔しないでよ。僕が怪我をしたのは、フライボードでスピード出しすぎてたのも原因があるし……」
「……違法行為を堂々と口にするような子に育てた記憶はないわよ」
じろり、と睨まれて僕は口を閉じた。麻紀姉、仕事モードになってる。こうなったら何言っても無駄なのは、この八年でよくわかっている。
「ごめん、麻紀姉」
「申し訳ありません……」
「……ともかく。家には連絡を入れて。たぶん心配していらっしゃるから。猫星協会へはあたしの方から連絡を入れておく。警察へもね。迎えが来るまではうちにいていいけど、理仁への接触は禁止。当然部屋も別よ。理仁はまだ十四歳なんだから……まさか理仁の部屋に寝泊まりしてないわよね?」
ぎくりと顔をこわばらせる。昨日、遊真たちに手伝ってもらって、二階の洋室を彼女のために掃除した。昨夜からはそっちを使ってもらっているんだけど、それまでは……僕の部屋にいたんだよね。
「う、うん。二階の洋室を使ってもらってる。あ! あの……洋服もあんまりないらしくて、麻紀姉の服、勝手に使ってる……ごめんなさい」
「知ってる。この子の着てる服に見覚えあったから。でも……ちっさいみたいね」
麻紀姉がパティの胸を凝視してぽつりとつぶやいた。
「とりあえず、今日はパティの服を買いに行きましょう。昼は途中で食べればいいわね」
「え、でも、今日も遊真たちが来るんだ。昨日パティと遊ぼうって約束もしてるし」
それを聞いて麻紀姉は眉根を寄せた。
「……明日はあたしが職場に戻っちゃうし……れおに任せるわけにも行かないし……わかったわ。じゃあ、今日は全員でショッピングモールに行きましょう。それならいいわね?」
「え! ほんとに?! いいの?」
麻紀姉は忙しいからショッピングモールに連れてってくれたりすることは滅多にない。必要なものは基本、ネットショッピングで完結する。食料品だって、朝足りないものを注文しておけば、学校帰りの時刻には届いてる。
それに、たぶん麻紀姉の言ってるショッピングモールって、駅三つ先にある、この間オープンしたでっかいところだ。夏休みということもあってたぶん、すっごい混雑してるとは思うけど、一度行ってみたかったんだ。
テレビでこの間丁度特集をやってて、面白そうなグッズがいっぱい置いてある店を紹介してたんだよね。
一人で行くのは禁止って麻紀姉から言われてたから、夏休みの間は無理だろうなと思ってたんだけど。
麻紀姉はそんな僕を見て苦笑した。
「理仁、行きたがってたでしょう? それに、遊真くんたちとの約束を破るのは良くないことだし。全員で行けば約束を破ったことにはならないでしょ。彼女の服はフィッティングしてからでないとちょっと難しそうだし……。それに、丁度れおがいるから、男子の引率は頼めそうだしね」
「え? 僕も行っていいのか?」
びっくりした顔をしながらも、れお兄は嬉しそうだ。
「六人も一人で監視できないもの。それに、女性の下着売り場に理仁たちを待たせるわけには行かないでしょ?」
「僕だってもう十四だよ? 勝手にどっか行ったりしないって」
そういいながらも、れお兄が来てくれるんなら、あの店に行っても文句は言わないだろうし。麻紀姉はそういうのに興味がないから、行きたいって言ってもきっと却下されるに違いない。
「でも、れお兄とお買い物は行ってみたいな」
「そうかい? じゃあ、僕も付き合うよ。遊真くんたちは何時に来るんだい? タクシーの手配をしておくから」
「十時に来るって言ってた」
「じゃあそろそろか」
れお兄はそういうと腕の端末を操作して顔を上げた。
「二台頼んでおいたよ。理仁、遊真くんたちには説明しておいてくれるかい? 僕は二階を戸締まりしてくるよ。麻紀は?」
「そうね……あたしもちょっと部屋に戻ってくるわ。三人ともここで待ってて」
れお兄と麻紀姉はそう言って腰を上げた。僕も立ち上がった。
「るかとパティはここにいて。僕も戸締まりしてくる。あ、るか。悪いけどコップ、流しに置いといてくれる?」
「うん、わかった」
るかが立ち上がるのを尻目に、僕も部屋を出た。
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