3.お買い物・男子編

 ショッピングモールはとにかくばかでかかった。というか広かった。

 駐車場にたどり着いてモールにエレベーターで上がると、さっそく男女別行動となった。

 まあ、当然か。もともとパティの服を買いに来たわけだし。タクシーの中でちらっと聞こえた限りでは、下着とかも買うらしい。

 ……そんなところに連れ込まれるのは勘弁だから、別行動はありがたい。

 れお兄にはタクシーに乗る前に行きたい店のことをこそっと伝えておいた。タクシーで移動中に調べとこうかとも思ったんだけど、遊真たちと喋ってる間に着いちゃった。


「俺、ここに来るの初めて」

「俺も。てかこの間オープンしたばっかりだろ」


 真壁と遊真もキョロキョロ見ながら歩いてる。僕としてはとっととあのお店に行きたいんだけど、場所もよく分かってない。案内板を発見して店の場所を確認すると、今僕らがいる場所はモールの一番東寄りで、行きたい店は一番西にあるらしい。


「うへ、ここまで歩くのか? この人だかりの中を」


 真壁が嫌そうな顔をする。

 そうなんだよな。

 思ってたとおり、すごい人なんだ。今日はそれでも平日だから、働いてる人たちは来てないだろうからこれでも少ないはずなんだけど。

 モールの通路って広いんだよ。六人横に並んでてもまだ余るくらい。なのに、歩くときには人の間をすり抜けなきゃならない。どんだけいるんだよって話。

 歩くだけなら別に苦でもない。……あ、ごめん。ちょっと嘘。運動馬鹿の真壁なら端から端までフルスピードで走ってもお釣りが来るだろうけど、僕や遊真はそれほど体力に自信がない。

 どっちかっていえばインハウスタイプだから。

 でも、これがこんなに人がいなかったら僕もはしゃいで走ってただろうな。

 もう子どもじゃない、と思ってはいるけど、楽しいことは嫌いじゃないから。


「まあ、いいじゃないか。たまには運動しろよ? 理仁」

「うへ、藪蛇」


 れお兄はそう言って目的の店に向かって歩きだした。四人だからまだはぐれずに済みそうだけど、これが麻紀姉たちと合流して八人になったら、ぜったいはぐれるな。

 途中で面白そうな店を見つけては、四人で突入した。ワイシャツ専門店とかあってびっくりした。

 まあ、僕らにはまだ用のないものだけど、れお兄は真剣にワイシャツを選んでたみたい。気がついたら手に紙袋を持っていた。


「へえ、れお兄、こういうの好きなんだ?」


 袋を覗き込みながら言うと、れお兄はニッコリ笑って僕の髪の毛をぐしゃぐしゃにかき回した。


「今度学会の手伝いをすることになってね。スーツは成人式の時に作ったから一応あるんだけど、まともなシャツがなかったから」

「へー。ネクタイとかもすんの?」


 真壁が真似して袋を覗き込む。


「もちろん。まだ締め方はうまくないんだけどね」

「ふぅん、俺らもこういうの着るようになるんだよなあ」


 真壁の言葉にちらりと想像してみて……思わず吹き出した。


「なんだよっ」

「いや、真壁がスーツ着てるところを想像したらっ……」


 どう考えても似合わない。ただの想像なのに、スーツに着られてる感が半端ない。腹を抱えて大笑いした。

 横を見ると、遊真も俯いたまま肩を震わせている。


「ひでぇ、お前ら……」

「まあまあ。君たちがこういうのを必要とするのは六年も先のことだ。その頃には皆背も伸びて面持ちも変わって、似合うようになっているよ。僕だって君たちぐらいの時には童顔でスーツなんて着たら七五三に間違われてただろうから」


 れお兄は苦笑しながら言い、歩きだした。

 確かにれお兄は昔から童顔で悩んでたっけな。背も低かったし。

 僕がれお兄と知り合ったのは六年前。丁度れお兄が今の僕と同じ年の時だ。

 きっとスカート着たら似合っただろうなあ、と思う。たまに麻紀姉がそんなことを言っていじってた気がする。

 でも、高校に入った年にぐんと背が伸びて、あっという間に麻紀姉を追い越した。今は、麻紀姉が高いヒールの靴を履くととんとんぐらいの高さだ。

 僕もあれくらい伸びるだろうか。

 真壁はともかく、遊真にもちょっとだけ負けてる。三人でつるむようになった時からそれは変わってない。

 でも、最近はめぐやるかにまで追いつかれてきた。

 そのうち見下されるんじゃないだろうか、と思う。


「あー、身長欲しい」

「なんだよそれ」

「うっせ」


 真壁が上から覗き込んでくる。頭半分高いだけだろーが、ちくしょう。


「まあ、焦らなくても背は伸びるから」


 れお兄がにこにこしながら僕の頭をぐしゃっとする。いいよなー、れお兄は。童顔が悩みって言ってたけど、背も高いし体つきだって無駄な脂肪がついてない。

 きっと大学でもモテモテなんだろうな。

 なにせ、こうやって僕ら連れて歩いてるだけで、ちらちらこっちを見てる女の子たちが結構いるし。


「お、次あの店に入ろうぜ」


 一歩先を行く真壁が店を指差すと駆け出していく。この人混みの中、よく人にぶつからずに走って行けるもんだ。


「元気だなぁ」

「全くだね」


 遊真の言葉に同意する。いや、僕らだって別に歩きたくないとか言うわけじゃない。ただ、この人混みに疲れたんだよな。店に入ろうとすれば人の波を書き分けなきゃならないし、ぶつかりそうになって怖いオッサンにぎろっと睨まれたりもするし。幼児の泣き声は耳をつんざくし。

 たかだか一キロも歩いてないのに、くたびれた。


「もう疲れたか? 理仁」

「だいじょうぶ」


 れお兄の声に僕は元気一杯な笑顔で返す。うん、今度来るときは人の少なそうな平日にしよう。これだけ人で溢れてると、見たい店にたどり着くのでさえ一苦労だもんな。それに、面白そうな店、結構多いし。


「理仁、遊真、早く来いよ〜」


 真壁が向こうで手を振っている。よりによって人並みの向こう側だ。

 遊真と顔を合わせると、ため息をついてうなずいた。


「行くか」

「そうだな」


 人の波を見極めて、飛び込む。れお兄はと見れば、すでに真壁の横で手を振っている。こんな人混みをあっという間に渡ったのか。

 れお兄を見た途端に誰かにぶつかった。あわてて平謝りして、ぶつかって平謝りして……なんとかたどり着いた時にはくたくただった。……主に精神面で。


「おう、お疲れ。この店なかなかおもしれーぞ」


 僕らが来るのを待ってくれてたらしい。嬉しそうに店の中に入る真壁の後ろをついて僕らも入り口のゲートをくぐった。

 本の横には服、入浴剤、お酒、CDにDVD、パーティーグッズにアロマキャンドル……。


「こっちに来てみろよ、メタルパズルまであるぞ」


 真壁の声が奥の方から聞こえる。最近では珍しくなった物理パズルだけど、リバイバルしたとかで量産されたんだっけ。それよりはこっちの映画グッズのほうが僕としては面白い。それに、電子工作キット。

 ここに並んでるキットはどれもれお兄からもらって作ったことのあるものばかりだ。

 むしろ電子部品のショップに行きたいところだけど、これも近くにはないんだよな。大抵はネットショッピングで済むけど、もっと大きな街に行けば直接商品を見られるところもある。ジャンク品とかからパーツ取って組み立てるとか、やっぱりロマンじゃん?

 まあ、映画やアニメの影響を受けてるとは自覚してるけど。

 そういえば、腕の端末デザイン、変えたかったんだよな。真壁の迷彩カラーも遊真の腕時計型もかっこいいけど、もっとさりげないのがいい。

 ちらっと側で電子キットを眺めていたれお兄のを見ると、シルバーのリストバンド型だった。ああ言うのもかっこいいな。


「どうかしたかい?」

「そのリストバンド型、かっこいいなって」


 素直にそう言うと、れお兄は微笑み、僕の左手首を見た。そこにあるのは、何の変哲もない白いバンド。……子供用の柄入りじゃないだけマシだけど。


「そろそろ理仁も変え時だな。専門店に行くと現物が見られるよ。どうせなら見に行くか? このモールにもあるらしいし」


 いつの間に把握したのか、モールのマップを僕の前に展開してくれる。広い上に三階まである巨大モールだからか、丁度東と西に一軒ずつマーキングされている。


「うん、見に行っていい?」

「どうせなら麻紀たちと合流してからにするか? 麻紀の許可がいるんだろ?」


 そうなのだ。腕の端末デバイスの契約者は父の名前になってて、代理として麻紀姉の名前が登録されている。

 最初に契約したのは小学校入学時だから、まだ両親はこっちにいたんだよな。入学してすぐ、行っちゃったけど。

 それから、体の成長に合わせて何回か交換した。これがないと学校の課題も出来ないから、壊れた時は問答無用で交換できるんだけど、それ以外で交換したいときは契約者の許可がいる。

 二十歳になったら自分で好きなように変えられるんだけど、まだまだ先の話だ。


「あっちの買い物、まだかかるのかな。もうちょっとかかるんなら見ておきたい」

「わかった。ちょっと聞いてみるよ」


 れお兄は麻紀姉にコールして、すぐ僕の方を向いた。顔には苦笑が浮かんでいる。


「まだまだ全然らしいよ。先に行こうか」

「うん。真壁たち呼んでくる。入り口で待ってて」


 僕は口元がにやけるのを隠して店の奥に向かった。

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