4.お買い物・女子編
「ねえねえ、これ。かわいくない?」
下着専門店なんて初めてだった。
いつもは母の買ってきた一枚千円以下のものばっかりだし、それ以上高いのって、贅沢な気がしてた。
なんだけど。
「可愛い……」
めぐが持ってきたブラは薄黄色にオレンジの花が染め抜かれていてとっても可愛かった。
母の買ってくるものは基本が白で、こんな可愛い色のは見たことがなかったのだ。
「買っちゃえば? るかのって白のスポーツブラばっかりでしょう?」
「うん、お母さん、あれしか買ってこないんだよね」
「やっぱり。体育の時間にはいいんだけど、お洒落したい時もあるでしょ?」
「う、うん」
めぐの言葉にるかはちょっと頬を赤らめた。
「せっかくだから下も揃えたら?」
「でもこの値段だよ?」
るかは値札を見せた。今着ているものの数倍、お小遣いがあっという間に尽きる金額だ。
「それに、サイズが……」
「えー? るか、去年よりおっきくなったよね? そうだ。ここって専門の店員さんがサイズ測ってくれるんだって。やってみない?」
「えっ、そんな、恥ずかしい……」
引っ込めた手をめぐが握った。
「だいじょうぶ、一度わたしもやってもらったことあるんだ。あ、そうだ。パティさんも一緒に測りませんか?」
「えっ?」
すぐ近くで同じように可愛らしい……但し、るかが手にしているサイズとは明らかに違うサイズのピンクのブラをためつすがめつ眺めていたパティはびっくりして顔を上げた。
「うん、パティさん、胸おっきいし、ちゃんとサイズ測って買った方が絶対いいですよ。店員さん、すみませんが三人のサイズ測定をお願いできますか?」
側でにこにこ見ていた店員さんは、すっと寄ってきた。
「ではこちらへどうぞ。更衣室は三つありますから、中に入ってお待ちくださいね」
「え、ちょっ」
「はいはい、後ろがつかえてるよ」
めぐに後ろからぐいぐい押されて嫌だという暇もなくるかもパティも更衣室に押し込まれた。
◇◇◇◇
「お買い上げありがとうございました」
にこにこと店員に紙袋を手渡され、見送られる。
るかは後ろを歩く麻紀を振り向いた。
「あの、麻紀さん、やっぱり……」
「るかちゃん、それ気に入ったんでしょう? それに、自分にあったサイズのものをつけないと、肩こったり形が悪くなったりするんだから。気にせず使ってちょうだい」
「でも……もらえません。お代、払います」
そう、るかとめぐの一着分、パティの六着分をすべて麻紀が支払ったのだ。
パティの分については、猫星協会から滞在費として支払われると言っていたからいいとして、自分の分……しかも下と揃いの一式分は払ってもらうわけにはいかない。
しかし麻紀は引っ張り出してきた財布を押し返した。
「いいから。理仁と遊んでもらってるお礼よ。それに、そろそろおしゃれを覚えてもいい頃だと思うわよ?」
「でも」
「じゃあ……そうねえ、しばらくまた出張で戻れないから、理仁とパティのこと、お願いできる?」
「えっ」
麻紀の言葉にるかは目を見開いた。
「もちろん、嫌でなければ、だけど。理仁はしっかりしてるから、一人でも大丈夫だって言うんだろうけど、やっぱり一人にしとくのは不安だし……れおは研究もあるから頻繁に様子を見に来てくれるって言ってたけど、そうなると同じ家の中に男二人で女の子はパティちゃん一人でしょう? やっぱり……ねえ。だからるかちゃんに監視、お願いしたいの。それはお礼ってことで先払い。どう?」
麻紀の不安はるかの不安でもある。理仁はまだ中学生だけど、パティは大人だ。一つ屋根の下、間違いがないとも限らない。
るかは口元を引き締めて顔を上げた。
「はい、分かりました。任せてください!」
「よかった。じゃあ、よろしくね」
麻紀の笑みにるかも笑顔を返した。
「るかー、麻紀さん、はぐれちゃいますよー?」
少し先の方でめぐが手を振っている。押し問答していた間に置いていかれたらしい。
「あ、もし不安だったらめぐちゃん呼んでもいいわよ」
「大丈夫です!」
足を早めながらるかは言い切った。
どう大丈夫かなんて考えてなかった。ただ、理仁の家を訪ねる理由をもらえたことが嬉しくて、それだけで夏が大好きになりそうで、胸が高鳴る。
すぐ後ろで麻紀が「がんばってね」と呟いたことには気がつかなかった。
◇◇◇◇
次に入った店はカジュアル専門店らしく、値段も手頃だ。るかもめぐもTシャツを一枚ずつ選んだ。
パティはといえば麻紀の見立てたシャツとカプリパンツに着替えている。
ついでにサンダルも合わせてそのまま着て帰ると伝えたらしく、すでにタグは切られている。手には大きな紙袋がすでに二つぶら下がっていた。
「うわー、一杯買ったんですねぇ」
「ええ、ここは安いし、綿シャツのいいものが揃ってたからね。スカートと、あとホームドレスもあったから買っちゃった。寝巻き代わりになるわよ」
「すみません、こんなに一杯」
おどおどしながら頭を下げるパティの耳はやっぱりへにょっと倒れたままだ。麻紀の勢いに負けっぱなしなのだろう。尻尾も力なく揺れている。
「さて、あとは正装ね。ドレスとスーツ、どっちがいい?」
「えええっ、まだ買うんですかっ!?」
悲鳴のような声が上がる。麻紀は苦笑を浮かべた。
「うん、一応公式な場所に出ることがあるだろうから、準備しとかないとね。まあ、男子たちを長く待たせるのも何だし、ささっと済ませましょ。さっきれおから電話もあったし」
「え、そうなんですか? 兄貴、何か言ってました?」
「うん、こっちがあとどれぐらいかかるかって。なんか理仁が行きたい店があるらしいわ。さ、行くわよ」
大荷物を担ぎ直して麻紀は歩きだす。塩を振られた青菜のごとくしおれたパティがよろよろとあとに続く。
両手にがっつり紙袋をぶら下げてあちこちに引っかかって、見ているだけでハラハラする。
パティの背中を眺めていたらめぐが振り向いて声をかけてきた。
「さすがに疲れたねー」
「うん。めぐ、そのサンダルで足痛くない?」
「それは大丈夫。パティさん、すごい荷物だよね。あーまた引っかかってる」
「一度車に起きに戻ったほうがいいんじゃないかな」
「でも、駐車場って反対側でしょう? もう一往復するのはちょっとしんどいかなー」
そう、駐車場はモールの端っこで、今るかがいるのは反対の端のほうが近い。もう一度ここまでこの人混みを練り歩くのは、いくら空調が効いていても辛い。
「るか、荷物持ってあげたら?」
「な、なんであたしが」
「だって、大荷物持ってないの、るかだけでしょ?」
はっとめぐを見ると、気がつけばショルダーバッグのほかに大きな紙袋を手にしている。
「いつの間に買ったの?」
「さっきのTシャツ屋さんでお気に入り見つけちゃって、まとめ買いしたの。るかは荷物少ないでしょ?」
にっこり笑うめぐにるかは唇を尖らせた。これぜったいわざとだ。
「ほら、また他の人にぶつかってる。このあたりじゃ猫星人は珍しいから、ほっとくと人が寄ってくるよ」
見てる間に、前から来た集団に荷物を引っ掛けて頭を下げている。
「し、仕方ないから持ってやるわよっ」
なんかかっこ悪いのを自覚して、るかは顔が赤くなるのを感じた。
「るかってかわいいよね」
「めぐ、あとでひどいからねっ」
ぷんと頬を膨らませると、早足でパティに歩み寄り、左腕に引っかかってる紙袋に手をかけた。
「え?」
「見てらんないのよ。危ないじゃない。貸しなさいよっ」
「え、持ってくれるの?」
「だから言ってんじゃないの」
照れもあってぶっきらぼうに言うと、パティは嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます! こんな人混みの中を歩いたことなくって、助かります」
「いいからほら、手を離して」
手にした紙袋は結構重かった。一体何をどれだけ買ったのだろう。たぶん見てない間に他にもいろいろ買ったのだろう。
「ほら、行くわよ。麻紀さん待ってるから」
「はい」
人波ではぐれそうなパティの手首を掴むと、るかは早足で歩きだした。
ちらっとめぐを探すと、にこにこしながらるかに手を振っている。
いつものことながら、めぐに嵌められた感がありありだ。でも、いろいろ悩んで動けないるかの背中をいつも押してくれているのもめぐだ。長いつきあいだから分かる。
めぐに分かるように口角をあげて、前を向く。
手の先にいるパティを許したわけじゃない。でも、昨日みたいなことはしたくない。
……めぐにも理仁にも心配かけるだけだもん。あたしだって負けない。
ぐっと手に力を入れて、るかは麻紀の背中を見失わないように追いかけた。
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