5.お買い物・合流編

 三階にある喫茶店前が合流地点だった。少し早めに来た僕らは早めに列に並んで人数分の席を確保したのだが……。


「なんだよそれ、どんだけ買ってきたの、麻紀姉」


 僕はそう言うのが精一杯だった。

 だって、八人分の席の周りに紙袋が山積みされてるんだぞ?

 最初は椅子の上に置こうとして、二つ席が埋まったところで見かねたお店の人が籠持って来てくれたんだけど。……それも一杯になって、通路にはみ出してる。


「だって、パティちゃんの普段着でしょ、正装でしょ、寝間着でしょ、靴でしょ、下着……」

「ストップストップ! 麻紀姉、わかった。もういいから」


 あわてて麻紀姉の口を塞ぐ。満席の喫茶店でする話じゃないっての、まったく。


「まあ、おかげでいいストレス発散になったわ。いい運動にもなったし」

「僕は逆にストレス溜まったよ……」


 隣のテーブルを見る。あ、八人分の席は確保したけど、テーブルはひっつけられないんだって。仕方がないから四人ずつ座ったんだけど。

 僕、麻紀姉、るか、れお兄。向こうはめぐ、パティ、真壁、遊真。真壁と遊真はちょっと年上のパティ相手になんか緊張してる感じ。

 昨日もそうだったっけ。いつもでない奴らを見るのってなんかくすぐったい。

 めぐはパティを甲斐甲斐しくサポートしてる感じだ。

 ほっとくと真壁と遊真で勝手にしゃべりだすから、パティが一人にならないように気をつけて話に巻き込んでる。

 こういうところ、めぐってよく見てるよなあと思う。僕やるかが困ってる時とかも、さらりと手伝いをしてくれたり、助けてくれたりする。

 同い年の十四歳か? と思うこともある。

 よく、年上の兄弟がいると大人っぽくなるって言うけど、僕もるかも例外なのかもな。

 そう思ってるかに目をやると、ちょうど視線があった。

 昨日よりは機嫌が良さそうだ。笑って見せると、ぷいと横を向かれたけど、怒ってる風ではないからいっか。


「で、面白い店とやらはどうだったの? 理仁」

「うん、面白かったよ。見たことない文房具とかかばんとか、ノートとかパズルとかすごかった。いろいろ欲しかったんだけど、値段がすごくて諦めた」

「あら、そうなの?」

「うん、だってボールペン一本で千円とか普通でさぁ」

「まあ、輸入雑貨がメインだったからね。あそこはどちらかというと大人の男性向けの店だ」

「へえ、それは一度見てみたいわね。れおは何か買ったの?」

「ああ、僕は丁度探していたノートが見つかったから」


 れお兄はそう言ってかばんをぽんと手で叩いた。

 鮮やかなオレンジ色のノートは分厚くて使いやすそうだったな。お値段もよかったけど。

 ああいうのをさらっと使いこなせる男になりたい。


「そういえば麻紀、理仁が腕の端末を交換したいらしいんだけど」

「え? 壊れたの? ちょっと見せて」


 麻紀姉はそう言うと僕の左腕をぐいと掴んだ。いてっ、麻紀姉ってば力だけは強いんだよな。


「壊れたんじゃないよ。子供っぽいからかっこいいのにしたいんだ」

「壊れてないんならいいじゃない。そのままでも」

「でも、今時白のままってほとんどいないよ? 真壁も迷彩色だし、遊真も、るかもそうだろ?」

「え? ええ、あたしは今年の誕生日に買ってもらったやつだけど」


 そっぽを向いていたるかは、いきなり呼ばれて驚いたのか、目を丸くしながらも左腕を見せてくれた。

 シースルーピンクで銀のラメが動いているのが見える。るかって意外とかわいいモノ好きなんだよなあ。ボールペンとかもピンク多いし。


「そう。……じゃあ、今年の理仁の誕生日に買ってあげる。いいのは見つかったの?」

「うん、ここのモールの一階に専門店があってさ。時間あったから、ゆっくり見て回ってたら見つけたんだ」


 僕は腕輪を触ってさっきみつけたあの端末の画像を出した。


「へえ、これ、ずいぶん幅が広いわね」

「うん、リストウェイトにもなってるんだ。本当は左手だけでいいんだけど、左右つけないとバランス悪いからダミーの右手分もセットなんだって」


 幅五センチほどの黒い輪っかになっていて、着脱も比較的楽にできる。サイズの調整も聞くからこれなら成長してからでも使えるし。それ自身が少し重たいらしくて、筋力トレーニングにもいいんだって。一石二鳥とか三鳥とか店員の人が言ってたっけ。


「でも、こんなに重たいものつけて細かい電子工作とかできるの?」

「あ……」


 麻紀姉の指摘に僕は言葉を失った。

 そうだよ、作業の時に外したりしないもんな、慣れてくれば問題ないだろうけど……。


「うん、これは却下。もう少し体が出来上がってからになさい。誕生日までにデザイン選んでおいて」

「はーい」


 麻紀姉の判定が下っちゃった。残念だけど、もう少し大きくなったら買おう。

 僕ももっと大きくなりたいし、せめてれお兄ぐらいの身長は欲しいから。


「るかは何か買ったのか?」

「え? あたし? あ、うん。買ったというか買ってもらったというか……ちょっとだけね」

「ふぅん。見せてよ」

「はぁ? 見せるわけ無いでしょっ! なんでこんなところでっ」

「なんでだよ。別にいいじゃん」


 なんでこんなに激しく反応するんだろう。別にくれとか言ってるわけじゃないんだけどな。

 唇を尖らせると、麻紀姉が僕の耳を引っ張った。


「いてて、なにすんだよっ」

「むっつりスケベかと思ったら赤裸々スケベなのねえ、あんたってば。今日の買い物の目的はなんだったかもう忘れた?」

「なんだよそれっ、覚えてるよ、パティの服だろ?」

「そう、下着や靴下なんかも買ったわねえ」

「えっ」


 下着。

 そういえば言ってたじゃないか。下着を買いに行くから別行動って。

 顔が熱くなるのが分かって僕は下を向いた。


「ごめん……」


 そう言ってるかをちらりと見るとすごい目で睨まれた。恥ずかしい。

 あー、また怒らせた。昨日泣かせて今日も泣かせて……。最低。


「もういいわよ。……まったくもう。デリカシーがないんだから」

「うん、ごめん」


 ため息つきながら許してくれた。

 あっけらかんと笑ってるのがデフォルトのはずなのに、ここしばらくるかの突き抜けた笑顔を見てない気がする。なんか寂しい。


「ま、るかを泣かしたらわかってると思うけど」

「れお兄、マジ怖いんですけど……」


 冷ややかに笑いながら僕を睨みつけてくる。

 笑ってるのに目が怒ってるのって、すげえ怖い。れお兄だからなおのこと怖い。普段柔らかい雰囲気の人だから、落差がすごいんだよな。

 頼んだコーヒーフロートをあらかた飲み干した頃にようやく食事が配膳される。かなり人気店らしいんだよね。外にもまだすっごい人が並んでるし。僕らが並んだ時点で一時間待ちとか出てたし。

 それにしても、列で待ってる人のお父さん率が高かったのがなんとも。

 やっぱり女の買い物って時間が掛かるのが普通なんだろうな。

 聞いた限りじゃ合流するまでずっと服を選んでたって言うし。そんなに何を選ぶようなことがあるんだろうと思ってしまう。

 僕らはさくっと決めて買うか、面白そうな店に突入するかのどっちかで、そんなに時間かかってないと思うんだけどなあ。


「そういえば理仁」

「え?」


 いろいろ考えながらランチプレートをやっつけてたら、るかに呼ばれて顔を上げた。


「あたしも明日かられお兄と一緒に理仁のうちに行くから」

「……えええっ? なんで?」

「なんでって、麻紀さんに頼まれたの。明日からまたしばらく出張だって言うし、あんたと兄貴とパティの三人だけにしておけないじゃない。だからあたしもそっちに行くわ」

「麻紀?」


 れお兄も知らなかったことらしい。眉根を寄せてむっとした顔をしてた。


「仕方ないじゃない。猫星人を曲がりなりにも預かるんだから、間違いがあっちゃ困るでしょ? 理仁のこともれおのことも信用してるけど、間違いがあってからじゃ困るから、ストッパーとしてるかちゃんにお願いしたの」

「あのねえ……」

「れおが何言ってもこれは覆らないから。ね、るかちゃん」

「はい。ちゃんと見張っておきます」

「るか、お前ねえ……」

「お母さんも兄貴が理仁の家に入り浸りになってお世話してもらうの、気にしてたし、だめって言わないと思うよ」

「そりゃそうかもしれないけど……」


 れお兄ははぁ、とため息をつき、るかと麻紀姉を交互に見た。

 麻紀姉は唇を尖らせてそっぽ向いてるし、るかはやる気満々でれお兄を見返してる。


「わかったよ。……但し、二階には決して上がらないこと。客室とか他の部屋にも入らないようにね。勉強は家でやるのか?」

「うん、そのつもり」

「じゃあ母さんにはそう伝えておいて。僕は毎朝十時には理仁の家に行くから、それまでに終わらせたらタクシーで一緒に行こう。間に合わなかったら自力でおいで」

「別に自力で行くわよ。それに兄貴はフライボード乗らないの?」

「考え事ができないからね」


 そうだった。

 前に考え事しながらフライボード乗ってて、落っこちたって言ってたっけ。

 大した怪我じゃなかったって聞いたけど、それ以来やめたんだろうなあ。


「何なに? るか、明日も理仁んち行くのか?」

「なによ、うるさいわねエロキング。だからどうしたっていうのよっ」


 隣のテーブルから真壁がやってきた。さっきの話が聞こえたんだろう。

 それにしても、エロキングとは言い得て妙だ。真壁の下の名前は王子と書いてキングと読むし、すぐ下ネタ口にするしな。

 同じクラスの女子には総スカン食らってる。でも、見た目がいいから下級生とかからラブレターもらってたっけ。

 王子と書いてプリンスとは読まないのかと聞いたことがあったけど、なんかよくわからない理由でキングにしたらしい。

 真壁んとこの両親もぶっ飛んでるよなあ。普通の人に見えるんだけど。


「じゃあ、俺らも遊びに行っていいか?」

「別に構わないよ。いいよね? 麻紀姉、れお兄」

「ええ、人が多いほうが安心できるしね。構わないわよ。あ、泊まりとかは事前に連絡しといてよ? 帰ってこないって連絡来るの、あたしのところなんだからね」

「はーい」

「まあ、あんまり羽目を外さないようにな。それと、僕は基本、二階の研究室にこもってるから、何かあったら連絡してくれ」

「わかったよ、れお兄」


 ということは、お泊りもオッケーってことだな。ありがとう、麻紀姉。

 れお兄がいるから未成年だけで集まってるわけでもないし、麻紀姉も安心してくれるだろうし。


「よし、じゃあさっそくお泊り会、計画すんぞ」


 真壁もよくわかってる。僕もにやりと笑って親指を立てた。


「任せた」

「おう、任せろ」


 真壁はにやにやしてテーブルに戻った。遊真ときっちり計画立ててくれるに違いない。

 去年はこんなことなかったし、今年の夏はなんか楽しい夏になりそうな気がする。

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