3.買い出し完了
「うひー、あちい」
玄関になだれ込んでみんなで上がり框に腰を下ろした。なんでいきなりこんなに暑くなるんだよ。まあ、プール日和とは言えるけど、それにしてもまだ午前中なのに、暑い。
れお兄が一番最後に入ってきて、僕らの様子を見て笑い出した。
「れお兄、なんで暑そうじゃないのー?」
「さあね。ほらほら、早くリビングに入ってエアコンかけて。アイスが溶けるぞ」
「あっ、そうだった」
僕は慌ててアイスの入ってる袋を引っ提げるとリビングに飛び込んでエアコンを入れた。
アイスを先に冷凍庫に入れてから玄関に置きっぱなしの食材を取りに行こうとしたら、れお兄が持ってきてくれた。その後ろから遊真の姉さん、
遊真によく似てる小顔で丸い顔。眼鏡かけたらそっくりになりそうだ。髪の毛も遊真と同じで猫毛でふにゃふにゃの茶色い髪の毛だ。そこだけ見たら可愛い人なんだけど。
遊真と違ってすらっと背が高く、体つきもがっちりしている。筋肉質なのが一目でわかる。タンクトップにミニジーンズって姿を初めて見たときは、思わず顔を赤らめた。
まるで、初めて会った時のパティみたいだったから。あの時のパティを思い出したせいだ。
「れお兄ごめん、ありがとう」
「いいよ」
「天音さんもありがと。タクシー代いくらだった?」
「ちょっと待って、レシート出すわ」
箱に入った食材を床に置き、パンツの後ろポケットからレシートを出してくれる。食材もタクシー代も花火も全部、あとでみんなで割り勘にするつもりだ。
僕はおつりが出ないように小銭を準備して渡すと、天音さんは笑って手を振った。
「これぐらいいいわよ。それにあたしの分もあるんでしょ?」
ちらりと彼女が床の食材に視線をやる。もちろんそのつもりだ。
「じゃあ、遊真に渡しとくね。今回の会計、遊真なんだ」
「あら、そうなの?」
「さあさ、天音も休憩して。冷蔵庫にアイスがあるからそれ持ってって」
「はーい」
天音さんはれお兄の言葉に素直に従うと、リビングに行く。れお兄、天音さんのこと呼び捨てにしてるんだ。そういえば同級生って言ってたっけ。
「ほら、理仁も一服しておいで」
れお兄がリビングのほうを指さす。真壁もるかもめぐもエアコンの風がよく当たるところに伸びてる。
まあ、仕方ないよね。
タクシーでみんなで行ったスーパーはエアコン効いてたけど、タクシー乗り場で順番待ちしてる間にじりじり暑さでやられた。こんなことならタクシー呼んどくんだった、ほんと。
タクシーの中は涼しかったけど、降りて荷物担いでここまでくる間にへばった。
いちど冷却された後でもう一度あの暑さの中に出ると、ほんとに溶けそうになる。
「ありがと。ちょっとだけ休む」
解けたらまずい冷凍食品だけ冷凍庫に放り込んで、あとはれお兄にお願いして僕もリビングに行くとごろりと体を横にした。
アイスを差し出されたけど、僕は手を振って断る。
実は夕べなかなか寝られなかったんだよね。
お弁当の献立考えてたわけじゃなくて、なんだかワクワクしすぎなのか寝付けなかった。
今日はお弁当作らなきゃいけなかったから、五時に目覚ましかけたけど、何時間寝られたのかな。
おかげですっごい眠い。
「理仁、大丈夫ですか? 目の下が黒いです」
すぐ横にいたパティが心配そうに僕の顔を覗き込んでる。そういえば、昨日も今日もなんだかんだと忙しくて、ヘルスチェックしてもらってない。まあ、あれからもうずいぶん経ったし、怪我したとかって感じはちっとも残ってない。遊びすぎて眠たかったり体がくたびれたりするのは当たり前だし、ときどき夜中に体が痛くなるのも、れお兄に聞いたら成長痛とかって言って、体が成長してる証拠だからって言ってたから特に心配してない。
「うん、大丈夫。昨夜わくわくして眠れなくて。パティは? 疲れてない?」
「はい、大丈夫です」
にっこりわらうパティに、僕も笑顔を返した。
「今日は忙しいから、疲れたと思ったらちゃんと休憩してね。ご飯作ってプール行って昼寝してご飯作って肝試し。明日もあるし」
「はい」
「あ、そうだ、プールって結局どこに行くの?」
パティの向こうから声がする。るかの声だ。
「市民プールにするつもりだけど」
起き上がろうと思ったら真壁が答えた。まあいいや。計画立案者に任せとこう。
「えーっ、高くない? あそこ」
「屋根付きで、ロッカーに鍵かかるところって言ったらあそこしかないだろ? 学校のプールでお前、ビキニ着られるか?」
「えっ……ば、ばかっ!」
確かにそうだよな。学校のプールは屋外だし、更衣室はただの下駄箱状態だし、ふつうは学校指定の水着。可愛い水着で行くととんでもない目にあう。……うん、いろんな意味合いで。
「真壁のエッチ! エロキング!」
「またかよ」
ちっと舌打ちしてるのが聞こえる。まあでもプールとか海とかって妙に期待して盛り上がるから仕方ないよな。こればっかりは男だから仕方ない。うん。
僕だって、パティやるか、めぐの水着姿に興味がないわけじゃないし……。
とか考えながら体を起こすとるかと視線があった。涙ためてうるうるの目で僕の方を睨みつけて、馬鹿って叫ばれた。なんだか理不尽だ。……僕が考えたこと、ばれてないよね。
「さてと、じゃあごはんの準備はじめよっか。冷やし中華だからそんなに手間かからないかな。パティさん、るか、手伝ってくれる?」
「僕も手伝うよ」
立ち上がろうとしたら、なぜかるかに抑え込まれた。
「あんた、寝不足でしょ。……そんな体調でプールに行って溺れたりされたら困るのよっ。ごはんできるまで寝てなさい」
「じゃあ、代わりに僕が手伝う」
そう言って腰を上げたのは遊真だ。珍しく積極的だな。そういえばパティのデバイス用バッテリー作るとか言ってなかったっけ?
「遊真、あれ作らないの?」
「えっと……そのつもりだったけど、スケジュール目白押しだろ? とりかかったところでご飯になりそうだから。プールから帰ってきたらやるよ」
「そっか。わかった」
「理仁、ほんとに寝てろよ?」
遊真は僕を見て眉根を寄せた。
「そんなにひどい顔になってる?」
「うん、なんか寝不足ですって顔に書いてある。スーパーでも支払い間違えかけたろ」
「あー、うん。……ごめん。じゃあ寝るわ」
今日も明日も明後日も、楽しみは続く。いきなり初っ端から寝不足でダウンとか絶対嫌だ。
みんなの言葉に甘えさせてもらおう。
「理仁、布団引いてやろうか?」
真壁が寄ってきた。顔を上げると、天音さんもいなくて、リビングには僕と真壁しか残ってない。
「いいよ、重病人じゃあるまいし。タオルケットだけくれる?」
「おう、取ってくらぁ」
今日と明日はリビングでごろ寝だ。その準備もちゃんとしてあって、部屋の隅には布団とタオルケットが積んである。真壁はそこからタオルケットを取ってきて僕にくれた。
「じゃあ、ごめんね。少し寝る」
目を閉じてキッチンから聞こえる水音とエアコンの風の音に耳を澄ましているうちに、僕は気持ちよく眠りに落ちて行った。
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