2.お泊り会 一日目 朝

 八時に間に合うようにと五時には目覚ましをかけた。おにぎりにするごはんも炊き立てのほうがおいしいしね。

 起きたらすでにれお兄はキッチンにいた。


「おはよう、理仁。ごはんは少し多めに仕掛けておいたよ」

「おはようれお兄、ありがと」


 お弁当に使えそうな重箱は昨夜奥の納戸をひっくり返して見つけておいた。

 僕は一度も見たことがないけど、きっと麻紀姉や母さんが子供のころには使ってたんだろう。

 献立はお子様仕様にした。といっても僕が喜びそうな品を選んだってだけだけど。

 なにせ、これを食べる四人ってのがどういう人かわからない。麻紀姉以外の三人が子供なのか大人なのか、男なのか女なのかも分からない。

 だから、僕らが好むピクニック弁当にする。卵焼きやウインナー、ポテトサラダや唐揚げを嫌う人はそうそういないだろうし、大人向けの辛いのとかはもし子供がいたら食べられないだろうしね。

 流れるような所作でれお兄は次々とフライパンでおかずを作っていく。

 僕はといえば、ゆでたジャガイモと卵をつぶして、おにぎりを握る担当だ。


「ついでに僕らの朝ごはんも作るから、お皿並べといてくれる?」


 れお兄の指示にささっとお皿を四枚並べる。ごはんは全部おにぎりにして、重箱に入らなかった分を朝ごはんに回す。

 全部のおかずが出来上がって、重箱に詰めて並べたところでパティと麻紀姉が下りてきた。


「おはようございます、ごめんなさい、お手伝いできなくて」


 ぴょこんと頭を下げたパティの耳はへにゃっと前に倒れている。本当は起きて手伝うつもりだったのかな。このくらいなら二人いれば十分なんだけど。


「気にしないで。朝ごはんできてるから座って。麻紀姉も……」


 僕は言葉を切って目を丸くした。

 戸口には、麻紀姉が立っていたんだけど……なんか、どう言ったらいいんだろう。

 ふんわりした丈の長い白いコットンスカートに、同じく白いコットンのフリル付きブラウス、それから、丈の短いボレロ。

 ふくらはぎの真ん中ぐらいから足元までが丸見えで、ストッキング履いてるのが見える。

 髪の毛も、いつもみたいに束ねてなくて、耳のそばの一房ずつを編み込んで、残りはさらりと下ろしている。

 髪の毛下ろした麻紀姉なんて、風呂上り以外で見たことない。

 なにより、こんな女の子チックな服装してるのなんて……記憶にない。普段は動きやすさ優先でパンツスーツ一択なのに。


「……麻紀?」


 ふと気が付けば、僕より前にれお兄が立っている。

 僕からはれお兄の表情は見えなかったけど、れお兄が口を開いたとたん、麻紀姉は「ごめん!」と階段を駆け上がってしまった。

 当然れお兄はそれを追っかけてって……。

 僕とパティは顔を合わせると、肩をすくめた。


 ◇◇◇◇


 しばらくして降りてきた麻紀姉は、さっさと食事を摂ると風呂敷包みを片手にタクシーで出かけて行った。

 タクシーに乗るときにちらっとれお兄を睨んでたっぽいけど、何かあったのかな。

 見えなくなるまでタクシーを見送ったれお兄は、なんだかうれしそうな表情をしている。


「れお兄」

「ん?」

「なんかあったの?」

「え?」

「嬉しそうだから」


 するとれお兄はニコニコしながら僕の頭を撫でた。


「明日の夏祭り、麻紀が一緒に来れるってさ」

「わ、そうなの!? よかった」

「ああ、重箱も今日返しに来て、こっちに泊まるって言ってた」


 なーんだ、あの後そんな話してたのか。

 急に二階に上がって、なかなか降りてこないからなんか問題あったのかと思ってた。

 それなら明日のお祭りは遊真のお姉さんに来てもらわなくても大丈夫かな。


「それにしてもびっくりしたなぁ」

「何が?」

「麻紀姉、スカート持ってたんだ。いっつもパンツスーツだからびっくりしちゃって」

「ああ、そうだね。僕も初めて見た」


 意外だったけど、ああいう格好も似合ってたな。


「さてと、今日はどういうスケジュールだった?」


 家に戻りながられお兄が聞いてくる。


「えっと、まずは買い出し。近くのスーパーまでみんなで行くつもり。れお兄も来てくれる?」

「ああ、もちろん。……星野はいつ来る?」

「星野?」

「あっと……星野天音。遊真の姉だろ?」

「へえ、天音あまねさんって言うのか。多分遊真と一緒に来ると思うよ」

「それなら大丈夫かな」


 僕が首をかしげていると、れお兄は苦笑しながら僕の頭をまたなでた。


「買い物は全員で行くんだろう? 僕一人じゃ見られないからね。プールは両親が来るから任せておけば大丈夫だろうけど」

「あーうん。そうだね。わかった」

「で、そのあとは?」


 僕は腕の端末で計画書を開いた。


「お昼は冷やし中華食べて、それからプール。夕方にみんなでカレー作って、そのあと学校まで行って肝試し」

「学校で肝試しか。立ち入り許可は?」

「とってないよ。そんなことしたら電気つけられちゃうし」

「そりゃそうだけど……うーん、父さんから一応一言入れておいてもらうか」

「えー」

「在校生と言えども夜間はセキュリティ入ってるからね。肝試しで侵入したらセキュリティ会社に通報が行って捕まるよ?」

「……やっぱりまずい?」


 れお兄は眉根を寄せてうなずいた。


「やるんなら、学校の近くの廃寺跡のほうがいいんじゃないか? あっちはセキュリティ入ってないだろうし」

「うーん、ちょっと考える。夜の学校に忍び込むのって面白いかなって思っただけだから」

「まあ、気分はわかるけどね。僕らもよくやったし」

「え、れお兄も?」


 びっくりして目を丸くすると、れお兄はにやにや笑いだした。


「ちょうど今の理仁と同じ年頃にね。僕らもまだやんちゃだったし」

「そっか。……うちにれお兄が来たのって、ちょうど今の僕ぐらいの時だよね」

「そうだね」


 あの当時は八歳、れお兄が十四歳だった。今の僕が十四歳、あの時のれお兄と同じだ。


「まあ、できるかどうかちょっと掛け合ってみるよ。だめって言われたら変更場所は考えておいて」

「うん、わかった」


 いよいよ僕らのお泊り会が始まる。

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