第十二話 兆し(7/29)

1.プリン杯

 パティは左腕にはめた端末をそっと撫でた。ようやくモニターが立ち上がったりしない触り方を覚えたのだが、今は着信の有無を確認したかった。

 立ち上がったモニターには新着の情報はない。

 一応家族全員の番号にはこちらから掛けてみた。

 でもつながらない。

 メッセージも入れたけれど反応はない。もしかしたら未登録の番号からの着信もメッセージも受け付けない設定にしてるのだろうか。

 だとしたら――どこにかけてもつながらないはずだ。

 こんなことなら、あの五分の間に姉に電話を掛けるんだった、と落胆する。

 こちらの番号さえ姉に知らせておけば、家族みんなに伝わるだろうし連絡も入れてくれたに違いない。


「どうかしたの? パティ。カンニングはだめだよ?」


 理仁が目ざとく声をかけてくる。パティは慌てて口元に笑みを浮かべて首を横に振った。


「違う違う、ようやく使い方慣れてきたなと思っただけ」


 ごまかすようにそう言うと、理仁は安心したようにうなずいて作業に戻った。

 パティも手元のボウルを取り上げ、泡だて器を取り上げる。

 キッチンのテーブルをぐるりと囲んで、一斉にみんな手を動かしている。真壁も遊真も、理仁も。

 今日は、みんなでプリンを作ろうという話になったのだ。

 始まりは、真壁がプリンを食べてるときにふとこぼした「こんなのだれでも作れるだろ?」という一言だった。

 めぐとるかの猛追がすごかった。

 るかがまず最初にかみついた。

 次にめぐが「じゃあ、真壁くんにも作ってもらう?」って合いの手を出して……あっという間に全員参加の『プリンカップ』なる食べ比べ競争に決まった。 

 条件は、材料は共通のものを使って、全部自分で作ること。

 蒸し器は数がないから一人ずつ順番に使うことになるが、その火加減や火からおろすタイミングも自分で決める。

 レシピサイトの参照は不可。こっそり見てるのがばれたら失格。罰ゲームとして熱いさなかにアイスクリームを買いに行くことが決まっている。

 互いに食べあって、一番おいしい人に一票入れる。

 イベント好きなのか何なのか知らないけれど、あっという間にイベントになってしまった。しかも賞品まで決まっているらしい。

 こういう仲の良さは本当にうらやましい。


「今日はふつうのプリンだけじゃなくて焼きプリンもしてみよっか」

「おーいいねえ」


 真壁がすかさず同意する。めぐはにっこり微笑んだ。


「理仁くん、オーブン使っても大丈夫よね?」

「大丈夫」

「めぐ、焼きプリンっていつもと何が違うの?」

「蒸し器で蒸すか、オーブンで焼くかの違いね。コンビニの焼きプリン、るか好きでしょ?」

「あ、うん。大好き」

「自前で焼きプリン作るのはわたしも初めてだから楽しみ」

「へぇ。家でも作れるんだ」


 二人の会話を聞きながら、出来上がった液体を耐熱カップに移す。みんなでそれぞれ食べあって感想を言い合うことになってるから、一人で八個がノルマだ。

 プリン用のカップはさすがに足りなかったからと、使い捨ての安いプラカップが準備してあった。

 それにしてもプリンが合計四十個以上並ぶとすごい。


「それにしても毎日プリンばっかり作ってて、飽きねえ?」


 蒸し器の番をしている真壁が口を開くと、るかが唇を尖らせた。


「飽きたなら食べなきゃいいじゃん。今度から真壁の分はなし」

「あ、ひでぇ。俺だけ仲間はずれかよ」

「飽きたって言ったじゃないの」

「言ってねえよ。作るの飽きねえかって聞いただけじゃん」

「……あたしだって次の卵料理に進みたいわよ」


 るかはすねた口調でそうつぶやくとぷいと席を立った。


「るか? 蒸し器の番、次るかだよ」

「トイレっ」


 噛みつくように言ってるかは二階に上がっていった。


「あーあ。しばらくこもって出てこないぞ」


 理仁が非難めいた口調で言う。パティはめぐと顔を見合わせて、首を傾げた。


「あの、ほっといて大丈夫?」

「ああ、大丈夫。……るかって気が強いからね。真壁君に言い負かされたのが悔しいんだと思う。素直じゃないから」


 素直、というのがどこにかかる話なのか分からなかったが、めぐはそれ以上喋らなかった。


 ◇◇◇◇


 プリンカップは当然のごとくめぐが優勝した。次点はるかで、真壁に勝てたと喜んでいた。明日からは別のものを考えると言いながらめぐとるかは帰って行った。

 明日はいよいよお泊り会だ。午前中から買い出し、お昼ご飯のあとプール、夕食にカレーをみんなで作って、夜には肝試しだ。ちょっとわくわくする。

 るかの両親はプールに行く前にはこっちに来るらしい。

 晩御飯にはれおも降りてきた。食後の片づけも終わり、お茶で一服しながら、腕の端末を叩く。

 着信履歴はやはりない。

 こちらから連絡を取ることはやはり望み薄なのかもしれない、とパティはため息をついた。


「れお兄、食後にプリン食べる?」

「プリン?」

「今日は全員で作ったんだよ。僕が作ったのもパティが作ったのもある。れお兄の分も麻紀姉の分もあるよ」

「麻紀の? しばらく帰ってこないんじゃなかったの?」


 れおが首をかしげている。


「なんか急な用事で戻ってくるってさ。帰ってこないんなら明日みんなで食べようかと思ってたんだけど」

「そっか。麻紀が来るのか。……何の用事で?」

「さぁ。なんか弁当作れって言われたけど」

「弁当?」

「ピクニック用に四人分でおにぎりがいいんだって」


 途端にれおの表情が険しくなった。


「ピクニック……誰と行くとかは聞かなかった?」

「潜入捜査らしいよ」

「そうか。……じゃあ俺も手伝うよ」

「えっ、れお兄、帰るんでしょ? パティに手伝ってもらうからいいよ」

「久々に顔も見たいし、泊まるよ。それにいつも理仁に食事作ってもらってるしな。恩返しだ」


 にっこり微笑むれおに、理仁はパティをちらっと見ながらうなずいた。


「じゃあ、お願いします。……パティ、そういうことだから、朝はゆっくりしてていいよ」

「えっと……はい」


 いつもお世話になっているのはパティも同じなのだが、理仁の手伝いができるほどのスキルがないのは痛いほどわかっている。

 理仁がれおに助力を頼むのなら、きっとれおのほうが料理の腕もいいのだろう。

 そう結論付けて自分を納得させたものの、男二人に食事の世話をしてもらっている自分に忸怩たるものを感じざるを得なかった。

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