4.説得
れお兄はすぐに連絡がついた。
モニターに出てきたれお兄は、いつもの私服の上から白衣みたいのを着ている。なんだかお医者さんみたいにも見える。
いったいどこにいるんだろう?
『理仁? どうかしたのか?』
「あ、れお兄? 今日は来ないのかなと思って」
『ああ、ごめん。ちょっと
れお兄の背景に映ってるのはどうやらどこかの食堂だ。もしかして大学に戻ってるのかな。
「うん、実はね。お泊り会のことなんだけど」
『え? お泊り会? ああ、ホントにするんだ』
れお兄は笑いながら答えてくれる。
うん、お泊り会自体はするって話、前にれお兄と麻紀姉に言った時は事前に連絡してくれれば問題ないって言ってたし、大丈夫のはずだ。問題は……。
「でね。月末に夏祭りがあるでしょ? みんなで行きたいんだ」
『夏祭り……ああ、あれか。近くの神社の』
「そう」
僕はみんなで相談した計画を話した。
プールに夏祭り、花火に肝試し。うちで晩御飯を作ることや、れお兄のご両親や遊真の姉さんが付き添いで来てくれることも話した。
『なるほどね。……えっと、日程は三十日、三十一日、八月一日の三日だね?』
「うん、れお兄、来られそう?」
『ああ、大丈夫。なんとかなる。……麻紀にこの話は?』
「これから。……れお兄」
『ん?』
僕はちょっと悩んだ末に口を開いた。
「あの……麻紀姉を説得してくれない?」
『僕が?』
「うん、……僕が言ってもきっとだめとしか言わないと思うんだ。しばらく戻って来られないっていってたし……」
『そうだなぁ』
「パティだって、いつ迎えが来るのか知らないけど、それまでずっと家の中から出られないんじゃつらいよ」
僕の言葉にれお兄はちょっと困ったように笑い、うなずいた。
『わかった。……こっちから連絡入れてみる。でも理仁の方からも連絡はしておいてくれるかい?』
「……ありがとう! れお兄」
『それと、僕の分も猫耳準備しておいてくれる?』
くすくす笑いながられお兄は画面の向こうで手を振った。
◇◇◇◇
「れ、れおっ」
『……やあ、麻紀』
コールを半ば無意識で受信した麻紀は、画面に映った相手がれおだと気が付いて声を上げた。
「島田、うるさい」
後ろから上司の声が飛んでくる。
「あと私的通話禁止」
いきり立って抗議しようとした麻紀は、上司の鬼のようなしかめ面と『外へ出ろ』のジェスチャーに顔をこわばらせて居室を出た。
休憩所まで速足で歩いてからミュートにしていた画面を開く。が、画面はオフにして声だけに切り替えた。
先日、家に戻ったときのことを思い出しかけて、顔に血が上ってくる。――よりによってプロポーズするなんて。
『今の、麻紀の上司? なかなか元気な女傑だね』
声が丸聞こえだったんだろう。れおが苦笑しているのが声からわかる。麻紀はため息を吐いた。
「……うるさいだけよ。何の用?」
努めて冷静に言葉を紡ぐ。映像をオフにしておいてよかった。声を聞いているだけでも動揺しそうになるというのに、顔を見ながらなんてなんの拷問だろう。
『ああ、理仁からお泊り会の話があって』
幸い、れおはいつもの調子で、口調にもよどみはない。おかげで麻紀もだいぶ落ち着いてきた。
れおの説明をざっと聞いた後、麻紀はため息を吐いた。
「で、あんたそのプラン、了承したの?」
『ああ。うちの両親もついてるし、僕も一緒に行くから』
「おじさんまで抱き込んだのっ? 理仁ってば……」
『まあ、それだけ本気なんだと思うよ。気になるなら麻紀も戻ってくれば?』
ソファに腰を下ろすと両手で顔を覆った。冗談じゃない。とにかく今はれおと顔を合わせるのだけは避けたいのに。
「そんな暇ないわよ。……はぁ……彼女の護衛計画作り直さなきゃ」
『あ、それ親父にも教えといてくれる? ずっとついててくれるつもりらしいから、何かあったときに連携しやすいだろ?』
「……上司の許可もらえたらね。で、女性側の護衛は?」
『ああ、
「な、なによいきなりっ」
れおの楽しげな声に、麻紀はどきりと高鳴る鼓動を押し込める。
『ああ、やっぱり覚えてないか。麻紀が実習で来てた時の同級生だよ。理仁の友達にいるだろ、星野遊真って子』
「ええ、遊真君ね。理仁の幼馴染だから知ってる」
『天音は遊真君の姉だよ』
「えっ、そうなの?」
『うん。まあ麻紀は来られないんだから会うことはないと思うけど』
「ああそう……れおからよろしく言っておいてくれる?」
『はいはい。まあ、終わったらお礼は麻紀から言ってよね?』
れおの苦笑交じりの声に麻紀ははいはい、と返す。
『じゃあ、理仁から連絡があったら怒らずに話聞いて』
「え? 理仁から? あんたが交渉役なんじゃないの?」
『まあそうなんだけど、理仁にはちゃんと自分で連絡しろって言っといたから聞いてやって』
「わかったわ」
通信を切ると再び麻紀は顔に手を当て、ずるずると体をソファに預けた。
「まったく……」
唇を尖らせる。れおからの通信でがっつり精神力を削られた。
そうでなくともパティの護衛については頭が痛いのに。
状況は上司の女傑に話してあるが、もっと上の方で話が止まっているのか協会への連絡はどうも行ってないように思える。
以前に比べると世界はとっても狭くなった。協会の人間が迎えに来るのなんて日帰りで来られるはずなのに来ないのは、いろいろ思惑があるのだろう。
それに、上司に内緒でこっそり護衛を増やすのも限界がある。
今のところは非番の知り合いたちにお願いしているけれど、いつまでもそれでごまかせるわけじゃない。
そのうえ、夏祭りだと?
そんな人込みに連れて行ったら攫ってくれと言わんばかりじゃないの。
「……早瀬のおじ様たちもちょっとは考えてほしいんだけどなぁ……」
「なにをぐちぐち言っている」
すぱん、と頭をはたかれて立ち上がると、不機嫌そうな上司が立っていた。反射的に起立して背筋を伸ばす。
上司は自販機のコーヒーを買うと麻紀の目の前に腰を下ろした。いつもグレーのパンツスーツに紫のシャツの上司は座っているだけで威圧感がすごい。紫縁の眼鏡の奥からじろりと睨んでくる。
前に座るのもはばかられて立ったままでいると、座るように促された。
「あの
やはり気が付かれていた。まあ、当然と言えば当然だ。ターゲットが猫星人であることは皆知っているし、口止めも特にしていない。
この人が、休日とはいえ部下の動向を把握していないはずはない、と麻紀は眉根を寄せた。
「……迎えが来ないのは何か理由があるのでしょうか」
「さてな。私は知らん。……島田」
「はい」
空になったドリンクパックをダストシュートに放り込むと上司は立ち上がった。
「護衛計画書は私にも送れ」
思わず顔を上げた麻紀は、上司の視線を目を丸くして受け止めた。
れおとの会話をいつから聞いていたのだろう。
「嫌なら早瀬から送ってもらう」
「い、いえ。……あの、よろしいのですか?」
そういえば、れおの父はこの女傑の後輩だった。どうせ彼女の手に渡るのなら、自分から提出した方がまだいい。
「いいも悪いも、最善を尽くすのが我々だ。だろう?」
「……はい」
珍しく上司はにやりと笑い、居室の方へ帰っていく。
麻紀は力を抜いてソファに背中を預けた。
つまり……護衛計画に必要な人員の手配は容認してくれるということか。逆に言えば、それまで迎えは来ない、ということだ。
早いとこ平凡な毎日が戻ればいいのに、と思いながら麻紀は重い腰を上げた。
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