4.着信履歴

 お風呂も済ませた。

 寝る前の歯磨きも済ませた。

 緊張するからおトイレも済ませた。

 寝る前にやること全部おわらせて、パティはベッドの上に座っていた。

 携帯端末デバイスと充電パックを目の前に置いて、深呼吸をする。


「えっと……まずはお姉ちゃんたちの電話番号を書き取って……あ、書くもの」


 ぱたぱたと机からメモ帖とペンを持ってベッドに戻る。

 それから、出番を待っている充電パックをちょんと人差し指でつついた。

 念願の充電パックが届いたのは夕食前のこと。

 呼び鈴に理仁が応じ、やがて手にして帰ってきたのは小さな箱で。

 ぽいと渡された箱には確かに地球の言語で『藤原理仁様方 パティさん』と書かれていた。

 食事が終わって、お皿も洗い終わってから箱を開けると見慣れた形の充電パックが鎮座していて、思わず声が出た。

 理仁がびっくりしてたから、慌てて口を押えて早々に部屋に引っ込んだのだけれど。

 寝る準備が終わるまでドキドキそわそわしていた。

 これで姉様に連絡ができる。

 取り出す手が震えた。

 見慣れた文字のパッケージを見ただけで、胸の奥がきゅうと締め付けられる。

 送られてきた荷物の中には簡単な手紙が入っていた。

 緊急用の充電パックだから五分ぐらいしか持たないこと、起動できている間に必要な電話番号を控えること、地球の通信端末を手に入れてそれで通信すること。

 送ってくれた人はどこかの大学教授らしい。隣の部屋を使ってるれおさんの知り合いで、猫星の研究者だと書いてあった。

 もし機会があれば直接会ってお礼を言いたいけれど、れおさんの話によれば、ここからかなり離れたところに住んでいるらしい。

 連絡先も書いてあったから、あとで電話をしてみよう。

 とりあえず今は、やるべきことに集中しなくちゃ。


 パティはあらためてベッドの上で正座すると、ドキドキしながら携帯端末を取り上げた。

 充電パックはすでに個装をはがしてある。

 儀式みたいに携帯端末に差し込んで少し待つと端末が再起動した。

 起動音がいくつか鳴って、画面が表示される。と同時に通知音が鳴り始めた。


「わっ……と、とにかく電話番号控えなきゃ」


 通知を全部無視して電話帳を開くと、まずは家族全員の星外からつながる番号を控える。それから、友達。

 猫星内の連絡用IDは控えても使えないはずだからとふるい分けてたら、充電パックがちかちかと点滅し始めた。


「うわっ、は、はやっ」


 電話の着信履歴とかメールや伝言の履歴もまだまだダウンロード中なのに。通信機能オフにしてから作業すればよかった。きっと無駄にエネルギー食っちゃってあっという間に空になったんだ。

 最新の電話の着信を見て、姉様からあのあと何回もかかってたこと、父様や母様、兄様、シーとミーからも。

 神殿からもかかってた。

 メールや伝言を見ようとしたら画面が真っ暗になって、着信音ごと切れた。

 五分って本当に短い。

 でも、家族のみんなが何度も連絡を取ろうとしてくれていたことに、じんわりと胸の奥が暖かくなった。

 携帯端末を握りしめて、パティは目を閉じた。

 星を出てこの地球にたどり着いたころが妹の誕生日だったはずだ。

 誕生祝いに出られないのを承知の上で、今回の旅程を組んだのだ。

 年の離れた弟や妹がかわいくないわけではない。

 ただ……成長するにしたがって姉の自分より有能であることをアピールする弟と妹に、自分の居場所を失った。


 ――みんなに祝ってもらえてるんだもの。わたしはいらないよね?


 両親も兄や姉も、パティの誕生日は忘れても、ミーシャとシーリーンの誕生日の祝いは欠かさなかった。

 自分はこの家の子じゃないんだと何度思ったかしれない。

 容姿も才能も頭脳も全部、きっとミーシャとシーリーンのために母様のおなかに置いてきたんだね、と言われたとき、ものすごく傷ついたと同時に、どこか納得している自分がいた。

 だから、家を出ることにした。

 成人の儀式を受けるために星を出ると言ったのは、口実のつもりだった。一度出てしまえばなんとでもなるに違いない。そう思って。

 もともと地球に着いたら伝説の通り、運命の相手を求めて旅するつもりだったし、一人で何とかなるって思ってた。自分はもう大人なんだからと。

 ……とんでもない思い上がりだって今はわかっている。それに。


「心配……かけちゃいました」


 ぽろりと目じりから涙が転がり落ちる。

 帰りたい、なんて思いが湧き上がってくる。


 ――でもだめ。まだ大人の儀式は終わってない。


 充電パックを携帯端末から取り外す。これもきっと遊真くんが欲しがるだろう。デバイスも、こちらにいる限りは充電できないし、もう仕舞っておこう。

 書き取った電話番号を腕の端末に登録するのに一苦労したけれど、これで連絡はつけられるはずだ。

 時計を見ると、日が変わる前だ。猫星との時差はどれぐらいだろう。

 とりあえずつながるかどうかのテストをしてみないと、と一番上の姉の番号にかけた。

 ふつうは呼び出してどれぐらいでつながるものなのだろう。

 星の外からかけるなんて初めてのことだし、星の距離や時差などでつながるまで時間がかかるものなのかもしれない。

 だが、しばらくの沈黙の後、帰ってきたのは相手が圏外にいるというメッセージ音声。

 ほかの家族の番号も一つずつ鳴らしてみたが、どれも同じ結果になった。

 家の番号にかけた時、一分近く経ってからようやくコール音が聞こえた。

 ちゃんとこの腕の端末から猫星まで電話かけられた、と安心したのもつかの間。

 十回鳴っても、二十回鳴ってもだれも出る気配はない。

 普段は母様が家にいるし、買い物に出ていたとしても転送モードにしていくから、家にかけて誰か出ないなんてことはなかったのに。

 四十回を超えたところであきらめて通話を切った。

 何かあったんだろうか。母様が家にいられなくて、転送モードにもできないくらいの何かが。

 もう一度コールしようとしたが、もしかしたらお休みモードで切っているだけかもしれないと、手を振って展開した画面を閉じた。

 明日、時間を変えてかけてみよう。

 ともあれ、連絡できる番号は入手できたのだから。

 カバンに携帯端末デバイスを仕舞いこもうかと思ったけれど、思い直していつも通り枕元に置く。

 バッテリーも切れてるし、誰からもかかってくるはずないってわかってるけど、ずっと枕元に置いていた。

 猫星につながる唯一の希望のように、手を合わせて拝む。これも習慣のようになってしまった。


「……おやすみなさい」


 明日になれば姉や父たちと話せる。

 通話が切れる前に聞こえた気になる言葉の内容も聞けるだろう。

 それを楽しみにしつつ、パティはベッドにもぐりこんだ。

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