第十一話 お泊り計画(7/28)

1.お泊り計画

「こんなもんでどうだ?」


 と、真壁が自信たっぷりに出してきたのは、手書きのA4用紙二枚。


「お前、手書きの文字へたくそだなぁ」

「うるせえよっ」


 テーブルに広げられたそれを拾い上げて腕の端末に読み込ませているのは遊真だ。二枚とも読み込ませてから僕ら全員の端末に送ってくれる。


「さんきゅ。……えっと」


 一枚目は夏祭りに行って、川岸で花火して、学校で肝試ししてうちに戻って居間で全員でごろ寝。

 これは最初に真壁が考えてたプランそのままだ。

 変わってるのは、居間――今みんなでこれを読んでる場所――にごろ寝ってところ。


「ちょっとっ、あんたたちと同じ部屋でごろ寝とか、何考えてんのよっ!」


 顔を真っ赤にしたるかがかみついた。やっぱり、と僕は苦笑を浮かべる。


「えー? 何期待してんの、お前。まさかここに布団並べてパジャマで寝るとか考えた?」


 けらけら笑ってる真壁に、るかは拳を食らわす。

 まあ、わからなくもない。僕だってちょっとだけ期待したし。るかのかわいいパジャマ姿とか。

 ……妄想だけで前かがみになりそうだ。


「女の子はデリケートなんだからっ! やっぱりあんたなんかエロキングで十分よっ!」


 るかはそう口走ってから僕のほうをちらりと見て眉をひそめる。

 わかってる。真壁が女子たちからそう呼ばれてるの、僕も知ってるし、男子の間でもよく揶揄うのに使われてるんだよな。

 真壁はああいうタイプだから、女の子には受けが悪いらしい。ひどい子なんか口もききたくないって言ってるの、聞いたことある。

 でも、だからこそ。

 何度でも突っかかっていくるかのエロキング呼ばわり、男子の間ではすっかり「夫婦喧嘩」に取られてるんだよね。

 だから……僕はるかがそう呼ぶの、やなんだ。

 でも、真壁は僕の気持ちとか、全然気が付いてなくて。


「ちぇーっ、その名前復活かよっ」


 とか唇を尖らせながらも目はにやにやしてる。

 たぶん……真壁はるかが好きなんだ。


「なぁ、お前からも言ってやってくれよ」


 真壁がふいに僕のほうを向いてるかを指さし、唇を尖らせる。

 僕は気のないふりをして肩をすくめた。


「真壁、うるさい。るかも暴力禁止な」

「ほらみろ」

「あんただって叱られてんじゃないのよっ」


 二人を同程度に宥めて、二枚目に目をやった。


「居間でごろ寝って、修学旅行の枕投げしたいんだろ、真壁は」

「おっ、わかるぅ? そーなんだよ。せっかくみんなでお泊りするんだぜ? みんな別々の部屋で寝るとかつまんねーだろ?」

「それなら男子と女子で部屋分ければいいじゃないのよっ」

「どーやって?」


 真壁がまたるかを煽る。


「そんなの簡単じゃない。ここの居間、ふすまで仕切れば別の部屋になるじゃない。それで……」

「ふすま一枚で仕切られてもかわんねーだろ? それにキッチンに行こうと思ったら結局部屋ん中通らなきゃならねえし」

「そ、それはっ男子がキッチン側の部屋を使えばっ」


 本来ならそれぞれの部屋は廊下に面してるから、直接廊下に出られるはず、なんだけど。

 部屋を分けることがなくなって……っていうか、両親が旅に出て、真壁たちがうちに集うようになってから、居間を客室に使わなくなった。で、廊下に面したふすまは本棚とかでふさがれてる。

 三部屋つなげた一番奥はソファとか置かれてて、応接室としてふすまで仕切ることができるようには残されてるけど、この間ソファを部屋の片隅に片付けたから、そっちから出入りする扉はふさがれているし。


「いいんじゃない、それで」


 二人の言い争いに僕は口を出した。


「せっかくのお泊り会なんだからさ、敷布団とタオルケットだけ持ってきてここでごろ寝しよう。もちろんエロいことなしだからな、真壁」

「あったりめーよっ。もともとゴロゴロしながら喋るのが目的なんだからなっ」


 勝ち誇ったように真壁は腰に両手を当ててふんぞり返る。


「ちょっと、理仁っ。お風呂上がりにここでごろ寝とかありえないからっ」

「じゃあ、昼間にプールでも行くか?」

「え?」


 るかの慌てたような口調に僕は別の提案をする。

 市民プールならいつでも開いてるし、だれでも行ける。プール上がりにはシャワー浴びるわけだし。


「おー、昼間のプールいいねえ」

「ちょ、ちょっとっ。理仁、あんたこれ以上あたしたちに何させたいつもりよっ」


 真壁の目が脂下がるのに比例して、るかの目が吊り上がってる。

 別にプールぐらいいいと思うんだけど。学校のプール授業では普通に水着着て見せてるくせに。


「市民プールが嫌なら学校のプール行く?」

「なんで学校に行かなきゃなんないのよっ」

「でも、肝試しもルートに入ってるよ?」

「それは別よっ」

「理仁くん」


 かっかしてるるかの隣でにこにことおとなしく話を聞いていためぐがふいに口を開いた。

 声音からは怒ってるようには思えない。


「プールに一票」

「ええっ!」


 るかと、それからパティも声を上げてた。

 というか、僕も上げた。まさかめぐが賛成してくれるとは思ってなかったんだよね。


「ちょ、ちょっとっ、めぐ? 何言ってんのよっ。こいつらの前で水着になるのよっ?」


 隣に座るめぐにくってかかるるかに、めぐはにっこり微笑んだ。


「だって、パティさんも水着買ってたし、せっかくだもの」

「えええっ! いつの間にっ」


 ふかが全身で振り返ると、パティは顔を真っ赤にしながら両手で隠した。


「あ、あの、この間のお買い物のときに……麻紀さんがっ……」

「おー、麻紀さんぐっじょぶだぜっ」


 真壁、さわやかに親指立てて見せる。


「それにるかも新しいの買ったんでしょ?」

「あっ、あれはっ……スポーツジム用にっ」

「白いワンピ型の水着が?」

「あの、そうじゃなくってっ」

「そんじゃ、市民プール追加な」


 るかの声をぶったぎて真壁が一枚目の案に手書きで追記する。


「紙のほうじゃなくてデータのほうアップデートしてくれよ、真壁」

「えー、めんどい」


 遊真がぶつぶつ言いながらデータをも一度スキャンして、データを送ってくれる。

 今度は紙が更新されたら自動で更新されるように設定してある。さすがだ。


「あとはまあ、いいんじゃない? あ、でもこれだと晩御飯作ってる時間ないわよ?」

「え?」

「ほら」


 めぐは自分の端末でデータに時間を書き込んでいく。

 集合時間、プールまでの移動、プール終わってお昼タイム、それから一度家に戻って着替えて、夏祭りの会場行って、花火して、肝試しして、帰って風呂入ってごろ寝。


「うーん、プールのあと、何時に出るかよね」

「てかよ、夏祭りの会場で買い食いして終わりじゃね?」


 真壁の指摘にあ、と声を上げる。

 そうだよな。屋台も出てるしすっかり買い食いするつもりだった。だから夕食とかすっかり抜け落ちてたんだ。


「うーん、それも捨てがたいわね。……ねえ、二泊三日にしない?」

「め、めぐ?」


 めぐの提案にるかは引き気味だ。が、僕としては異論はない。


「いいんじゃない? 初日はじゃあプールはなしで、昼食べてから集合ってのは?」

「んー、となると、夏祭りと花火と肝試しが一日目?」

「肝試しは二日目でいいんじゃないかな。二日目に朝からプール行って昼食べて、昼寝してから夕食作って、肝試し」

「それなら逆がいいんじゃない?」

「え?」


 遊真の案にめぐが待ったをかけた。珍しい。


「夏祭りの前日からお泊りということにして、初日にプールと肝試し、で、翌日の夏祭り、浴衣着てみんなで行かない?」

「うわ、それいい!」

「おー、いいねえ。夏祭りの浴衣なんてエロいし」

「あんたねえっ!」

「パティさんの浴衣はわたしのを貸してもいいし」


 るかが早速賛成する。うん、浴衣なんてめったに着ないし、パティにも珍しい体験をしてもらえる。

 めぐの案に僕はうなずいた。


「うん、じゃあそれでいこう。合宿中の献立は僕とめぐで決める、でいい?」

「おう、任せるわ」

「そうだね。なるべく全員で作れるようなメニューにしてくれる?」

「わかったわ。だいたい大まかなメニューは考えてあるから」


 めぐに視線をあわせると、にっこりとうなずいた。


「じゃあ、細かいことはあとで話そう。食材とか買いに行くのは男子って話しだったよな。初日の昼間に行っとく」

「……それ、みんなで行かない?」


 二泊三日に泡を食っていたるかだったが、ようやく浮上してきたらしい。

 買い物ぐらい、少人数でぱっと行ってぱっと帰ってくるほうが早いに決まってるんだけど、みんなでわいわい言いながら買うのも楽しいってことはこの間知ったし。

 僕は力強くうなずいて笑みを見せた。


「うん、じゃあみんなで」

「おー、なんか合宿っぽくなってきた感じ」


 真壁はなんか嬉しそうだ。合宿って僕もつい言っちゃったけど、お泊り会、だったよね。


「じゃあ、これでお出かけOKの場合のスケジュールはいいよね」


 浮ついてた雰囲気が途端に霧散する。

 うん、わかってる。

 僕だってこのプランでお泊り会、したい。パティを連れ出してこの町、ううんこの星のいいところを見てほしい。

 わかってるんだ。でも。

 麻紀姉とれお兄がうんと言わなきゃ成立しない。

 一応メッセージは入れてあるし、時間のある時に折り返し連絡ほしいって言ってあるけど。

 二人からの返事はない。

 昨日の今日だから、仕方がないのかもしれない。でも、夏祭りはもうすぐそこだし、パティの迎えだっていつ来るかわからない。

 焦りだけは確実に僕の中に蓄積してる。


 次、と二枚目の資料をめくる。

 真壁には、パティが外出できない場合のお泊り会のプランも立ててもらってたんだ。

 パティの外出許可がでなくても、お泊り会自体をなしにするのだけはしたくない。

 やるのなら、ちゃんと楽しめるように、と。


 それに目を通そうと思ったとき。

 真壁はふいに机の上に置いてあった二枚目を裏返した。


「――この案、取り下げるわ」

「え?」


 真壁はそういうと自分の端末で二枚目のデータを消去した。共有設定になってたのが仇となって、全員の端末からもデータが消える。


「真壁?」

「……俺、すっげーやりたい。夏祭り行って、花火して、プールで泳いで肝試しして、カレー作って。それ以外、やりたくねえ」


 ぐっとこぶしを握り締める。

 ぐるりとみんなの顔を見回すと、みんながみんな、うつむいている。

 僕だってそうだ。

 できることなら、この夏を楽しみたい。パティと一緒の夏なんて、今年しかないんだから。


「あ、あの、みなさん。……お気持ち、うれしいです。でも、わたしは……」

「『でも』なんて聞きたくない。なあ、理仁、なんとかならねえか?」


 顔を上げた真壁は見たことないくらい真面目な顔をしてた。

 つられて顔を上げたみんなも。るかもめぐも目に涙をためて。

 パティも、困った顔のまま、僕を見ている。

 どきりと心臓が跳ね上がる。

 僕に何かができるわけじゃない。ただの十四歳だ。警察関係者である麻紀姉と、れお兄を知ってる。それだけの、ただの中学二年生だ。

 でも。

 僕だってやりたいんだ。

 こんな涙顔、させたくはない。パティもるかも、めぐも。……遊真や真壁も。

 じゃあ、どうすればいい?

 考えろ、藤原理仁。

 パティの外出ができないのはなんで?

 ここにパティがいると知られたら、パティに危険が降りかかる。そして当然一緒にいる僕らにも。

 だから、パティがここにいると知られないようにしなければならない。

 外に出たらだめなのは、パティが猫星の人だから。

 でもそれはもう知られてると見たほうがいい。

 きっと麻紀姉のことだから、この近隣の警備は強化してるに違いない。

 その警備の人たちも納得させられる、麻紀姉とれお兄を納得させるだけの材料をそろえれば……。


「……理仁?」

「……麻紀姉たちを納得させられる方法、あるかもしれない」


 僕はそういうとるかの顔をじっと見つめた。

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